第2話


運勢というものは必ず起伏を繰り返すらしい。良いことばかりが続く、というのはその後に必ず大きな悲劇が待ち受けているそうだ。神様がそんな事を決めてその人たちの運命を決めつけてしまったとすれば、俺は神様という奴を一発で良いからぶん殴りたいと思う。二発でもいい。泣いて謝るまで殴りたい。


これは、とあるifの物語。

全てが遅すぎ、全てが無へと還る絶望の物語。俺たちが見た、最悪の世界。


地球に宇宙船がやって来たその瞬間、世界は絶望を知った。何事も無く、ただ楽しかった日々は終わりを告げる。



『速報です。世界の首脳都市の真上に、巨大宇宙船が現れました。宇宙船は現れた後、今も空中で停止しています。NASUによりますと、大気圏外にはさらに巨大な宇宙船が…』

『…人々はUFOを間近で見ようと、沢山の人が都市部に集まっています』

『どうですか?宇宙人の専門家、雨中 仁(ウチュウジン)さん?』

『まぁ、一言で言わせてもらうと…戦が始まる!』

「くそっ!ニュースのせいでアニメがつぶれやがった!」

秋夜はリモコンを投げ捨てると、帰る!と言って部屋を出ていった。

「あー、こりゃ完全に壊れてますわ」

バラバラになったリモコンを手にとって、六花は言った。

「また家の物が壊れた…」

スーパー金持ちの仁でも、自分の家の物が一日一回のペースで壊れればこうなる。

そもそも、今どんな状況かと言うと、卒業後は仁の部屋ではなく仁の家に集まることになり、今日も六花、華乃、秋夜と、お仕事お休みの黒成が来ている。

「おかしい…」

「どうすた華乃?」

テレビを見ながら呟く華乃に、大盛りの焼きそばを抱えた黒成が言った。

「いや、なんで攻撃を仕掛けてこないのかなぁと…」

「縁起でもねぇこと言うなじゃ」

ずるずると焼きそばをすする黒成。

『大変です!宇宙船からモニターが現れ、映像のようなものが写っています!』

「きたかっ!」

「ぶはっ…?!」

興奮した華乃に背中を叩かれ、おもいっきりふきだす黒成。

巨大モニターには、人によく似ているが緑色の肌をしたおじさんが映っていた。

『地球に住む兄弟、いや、ここでは能力者と呼んでいたのだったな。私は、君達を招待する為にやって来た。歓迎の準備は出来ている。残りの人類に用はないが、攻撃はやめておいたほうがいい。我々も、できるだけ沢山回収したいからな。それでは、指定のポイントで待っている』

モニターが収納され、宇宙船は音もなく空に飛んでいき、やがて見えなくなった。

「なんだこれ…」

「こりゃあヤバイって!宇宙レベルで地球がヤバイ!」

唖然とテレビを見る六花とは対称的に、華乃は嬉しそうにパソコンを起動した。

「おそらく、今日中に会議が開かれるハズだ!うまく忍び込んで、情報頂いてやるゥ!」


地球に宇宙人が現れた日、宇宙人は能力者の回収を要求してきた。世界がそれを拒むと、宇宙人はこれでもかと巨大生物達を投下してきた。

世界は人類最大の危機に手を取り合ったが、巨大生物に地球上の人々の戦争で扱われてきた一般の兵器は圧倒的戦力を誇る宇宙人には無意味で。

世界中の能力者達も、必死に応戦していた。

遊部もまた、例外ではなかった。


華乃の研究所には珍しく遊部全員が集まっていた。巨大生物の駆逐を終えた遊部は黙り込む華乃の言葉を待っていた。

「宇宙人共は混乱の中、人々を数十人誘拐した後から動きがない」

華乃は巨大な宇宙船が映るモニターを見て言う。その目は明らかに何かしらの嫌な予感を頭の中に浮かべている真剣な目だった。

「宇宙人共はまだ何かしらの目的があるはずなんだ」

宇宙人共は地球に来てすぐに、能力者の回収が目的だと言っていた。

おびただしい数の巨大生物、圧倒的火力の兵器は数々の家や建物を破壊し、数多の命を奪っていった。しかし人々の誘拐後、それがある時突然止まったのだ。巨大生物は巨大宇宙船に戻っていき、地球全体に嫌な静寂が訪れたのだ。

「巨大生物の駆逐、遊部自体はかなり貢献したが…」

「完全駆逐する前に帰りやがった」

華乃の言葉を待たず、火呂が悔しそうに言う。自らの能力を目一杯、出し惜しみする事なく暴れる事ができるこの機会が失われたのだから。

「何が目的なんだか…」

六花はため息混じりに呟く。目的の分からない宇宙人共に六花は呆れていた。楽しい休日は一瞬で終わってしまった。味噌汁にパンを浸して口の中に放り込む最高のひと時は、事の原因である宇宙人が潰している。

「……」

誰もが口を閉ざしていた。

一瞬の静寂の後、事態は急変した。

「あっ…」

モニターを見守る華乃は、宇宙船の扉が動く瞬間を見逃さなかった。華乃は急いでモニターを拡大し、皆に見えるように別の巨大なモニターに映し出した。

華乃のいつものおふざけは出てこない。ふざけている場合ではなかった。

華乃の頭の中にあるのは、

一番最悪なパターン


《遊部の全滅》


それだけが頭を埋めていたから。




『我々は儚き地球人共に猶予を与える!我々の家畜となり生きながらえるか、抗って死ぬか、どちらかを選択するがいい!我々も利益をあまり失いたくはない!』


「人間っていつから家畜呼ばわりされる立場になったっけ?」

緋音は壁に寄りかかりながら、モニターに映る先程とは違う若い宇宙人を見て笑う。だが、その笑みには怒りの感情が混ざっていた。

「とりあえず、確実に答えはNOなんだよな…」

「そうだな」

六花の面倒そうな声に、仁は相槌をうつ。

「…宇宙人共の家畜になる前に、宇宙人共に殺される前に、宇宙人共を駆逐するぞ」

愛する世界を守る為に、仁は宣言した。結衣との結婚式を挙げている仁はすでに一児の父親になろうとしていた。そんな幸せいっぱいの大切な時期に、こんな邪魔をされたのだから宇宙人に対する怒りは計り知れない。

「皆すまない、巨大生物駆逐の後で疲労しているとは思うが…」

仁のすまなさそうな声に、皆は笑顔で答えた。

「大丈夫だ」と。

その目には、それぞれの幸せを守りたいという覚悟が見えた。

「ってことで行ぎますkッ…?!」

部屋から出ようとした黒成の言葉を遮って凄まじい揺れが襲う。

モニターに映る若い宇宙人は笑ってこう言った。

『まぁ、賢明な判断をしてくれると願っているよ』


「マジかよッ…」

仁は我先にと走り出した。

つまり、皆殺しになる前に家畜となることを選択しろ、ということなのだろう。


我先にと走り出した仁。だが、それよりも早かったのは火呂だ。

限界を超える能力者の火呂は既に諸悪の根源である、あの宇宙船から声を高らかとあげる宇宙人の下にいた。

「おい緑の人ォ!!」

そんなこと叫びながら火呂は宇宙人に殴りかかっていた。普通の能力者でもあり得ないスピードで。

空中に舞い上がった身体は綺麗な姿勢を崩すことなく凄まじいスピードで宇宙人の目の前に到達する。

ヤツに一発ぶちかます準備はできていた。腹が立って仕方がなかったのだ。火呂自身、あの平和な時間が大好きだったから。火呂が認識するうえで最上級の『悪』に正義の鉄槌を下したかったのだ。

振りかざした拳が宇宙人の目の前に迫った瞬間の出来事だった。

「私は緑の"人"ではないんだが」

宇宙人に火呂の姿は見えないはずだった。しかし、宇宙人は目の前に拳を振りかざして跳躍してきた火呂の目をしっかりと、嘲笑いつつ見据えていた。

「軟弱だなァ!」

火呂はその一瞬でヤバいと悟った。回避の行動に移るその前に宇宙人の拳は雄樹の腹に当たっていた。

ズドンと鈍く身体の中に響いた衝撃。火呂の身体は音もなく凄まじい衝撃と光に包まれて消し飛んだ。血も、言葉も、何も残らなかった。

火呂の最期の頭に浮かんだ言葉はなんだったのだろうか。本人そのものの身体も消えてしまった今では何もわからない。


一瞬の出来事だった。

それぞれ駆け出していた仁は、六花は、鷹は、秋夜は、華乃は、黒成は、緋音は、涙音は、

それを見て、或いは聞いて、

立ち止まっていた。

嘘だろ…誰かがそう呟いた。呟かなくとも、全員の脳裏に浮かんでいた。最強の名を持つ火呂に抱いた淡い期待。彼なら確実に宇宙人に一発は浴びせられる。そう信じていた。

だが、その希望はあっけなく敵の一発の拳で消し飛んだ。

握りこぶしが、襲い来る恐怖と仲間を失った悲しみに震えていた。


華乃は誰もいなくなった研究所で火呂の身体の消え方、敵の表情から読み取れる全てのことを脳内で整理していた。

「消滅、した……?」

華乃は頭を悩ませる。

奴等の能力も、奴等の持てる戦力も、何もかも分からない。とりあえず分かるのは、敵はどうしようもなく強いこと。あの火呂が一瞬で無力化させられた。桁外れな圧倒的戦力差に、なす術がなかった。

緋音が仕事で研究中の能力強化を図る薬もまだ未完成。

何もかも間に合っていなかった。

どうして?と考える暇さえ今は無駄で無意味なことは分かっていた。

それでも、機械的に考えていようとしても感情がまとわりついてくる。こんな時の感情論は無駄に終わることが多い。それが分かっているのに……!!

「華乃……」

完全に沈黙し、思考を巡らせていた華乃は誰かの声にびくりと体を反応させ、振り返る。

「うぉ…六花か……」

悲しそうな表情の六花が、部屋の入り口に立っていた。



火呂 身体の消滅により死亡

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る