8.最大のライバル!
3人をアイドルにするようにプロデュースして、一ヶ月が経った。夏休みに入って、夢園くんと花城くんはサッカー部の合宿があるので、その間は練習はお休み。
てゆーか、結局夢園くんのお兄さんってどんなアイドルなのか、全然聞けなかったんだけど……聞こうとしても、タイミングが悪かったり、夢園くんが濁らせたり……まさかウソついたんじゃ、とは思ったけれども、花城くんも沙月くんも知ってるみたいだし……もう、いつになったら会えるのー!?
ううん、ヘンに気にしちゃダメだよね! 休んでる間こそ、しばらくできなかったことをやるんだー! 買ったライブDVDや録画した番組を見たり、中野でアイドルグッズを探したり……! そうだ、友達誘おうかな!
十和子ちゃんと万里ちゃんと、中野を満喫した後。クレープが安い軽食店で休みながら、好きなアイドルの話をした……けど、その後にやっぱり、あの3人のことを聞かれた。
「いいなあ、花城くんをプロデュースするなんて! ファンに恨まれてない?」
あはは、最初、にらまれたり迫られたりしたなあ……けど、わたしが花城くんより好きな人がいるってホルプリのことを話したら、それから話しかけられることはなくなった。花城くんに必要以上に近付いたら許さないから、って釘を刺されたけど……はあ、花城くんのファンは過激で怖いなあ。
とりあえず、一通り形はできてるんだけど、どうしてもプロのようなキラキラした感じが見えない。この夏休みが終わったら、学校祭は目の前だというのに……
「何が足りないのかなあ……」
なんて、それをわかってなきゃ、プロデューサーなんて言えないのかも。
テーブルに顔を突っ伏すと、ブルブル、と一瞬だけテーブルが小刻みにゆれた。わっ、ビックリした!
起き上がると、十和子ちゃんはカバンをごそごそと探していた。どうやらスマホからメールが届いたみたい。画面を見たと同時に、ピクリと眉根を寄せたのが気になる。
「ヘンなメールでも来たの?」
ただの広告メールじゃそんなにイヤそうな顔しないもんね。
「……いいえ、いや、そうね……」
なんだかあいまいな返事。なんで、苦笑いを浮かべてるの……?
「アイツから、なんだけどね……」
十和子ちゃんは、ためらいながらもわたしと万里ちゃんにスマホの画面を見せてくれた。
えっと……えっ……
「「え~~~っ!?」」
数日後。二人が合宿から帰ってきて、大会を目前に控えた日も、ダンス練をしたい、と学校に呼ばれた。
「大丈夫なの、大会前なのに?」
「ダイジョーブ、死ぬほど練習したから!
それより、星夜と練習できなくて体がなまりそうだったんだぜ!?」
「一応二人で、ほかにバレないように練習はしたが……ダンス練はどうしても全員が揃わないと上手くいかない」
「うん……ボクも、同じこと思ってたよ。ちゃ、ちゃんと練習したんだけどねっ」
みんな、集まらなくても自主練してたんだ……なんだかわたしは、アレを見て以来心配でいっぱいだよ。
「桜、どうした? 浮かない顔をしているが」
「えっ? ううん、なんでもないよ」
「……まさか、梅原のことを聞いたか?」
ぎ、ギクッ! さすが花城くん……ニブいんだか鋭いんだかわからないなあ。
言っていいのかなあ……もしこれで、みんなの士気を下げたりとかしたら……
「アイツはピアノでも負けず嫌いでな、しかしまさかプロとして披露するとは思わなかった」
わーっ! なんで言っちゃうの花城くん!!
そう、実は十和子ちゃんが見せたメールは、梅原くんからだった。
『俺の初の編曲CDが発売されるにあたり、デビュー記念のコンサートが渋谷のコンサートホールで行われることになった。お前には特別に、招待をしてやる。チケットを発送するので、住所を教えてくれないか』
し、CDデビュー……まるで、プロみたいじゃない! ウソでしょ! って、バカにしたつもりだったんだけど、十和子ちゃんは首を横に振り……スマホの画面を操作したかと思えば、もう一度わたしたちに見せた。
う……梅原、
うぃ、ウィキペディアに、梅原くんの記事が作られてるー!! うわ、音楽事務所に所属してる……天才ピアニストとして紹介されてる……!
きっと花城くんにも同じようなメールが来たんだ……同じエリートだから仲間意識とかあるのかなあ。
「えっ、梅宮CDデビューするの!? すっげえ!」
夢園くん、なんでのん気になれるの!? てゆーか、また名前呼び間違えてる!
むしろ、心配の種が、そのメールの最後の文なんだよね……
十和子ちゃんと万里ちゃんと、う、うざーい! って声をそろえたけど、あの3人にとってはマズいことになったのはわかる。
うちの学校祭の舞台発表は、ステージになる体育館の入り口に、発表するグループの写真と、その下に百マスの方眼紙が貼られるんだけど、そこに一番よかったグループに1人一枚シールが貼れるようになってる。つまり投票制。一番多くもらったグループには優秀賞がもらえるんだって。
たぶんだけど、ステージを盛り上げるってことは、そのシールをたくさんもらわなきゃいけない。あの生徒会長、出ないで高みの見物してるつもりだと思ってたのに……プロのお墨付きをもらって、学校祭で披露するなんて! アイツよりシールをもらわなかったら……アイツのことだから、鼻で笑うに決まってるでしょーね!
なんで、よりによって、最大のライバルがギャフンと言わせたい相手なのよーっ!
「アイツのピアノの腕は、悔しいが一人前だ。作曲のセンスもある」
「花城くん、知ってるの?」
「……かつて、俺も同じピアノ教室に通っていた」
ま、まさかこのパターンは!
ピアノで競い合ってたけど、会長に負けたのが悔しかった……ってヤツ!? ピアノを弾きたくないっていうのも、もしかしてアイツを思い出すから……?
「半分当たりだが、ただ単に俺より腕が上であることを自慢したがるのがウザかったから別の楽器に転向しただけだ」
うわっ、花城くんらしい。よっぽどアイツがウザいんだね!
会長のことを思い出したくないのは、別に自分のプライドとか関係なかったんだ。
「……プロが弾いたら、ボクたち、かすんじゃう、かな」
沙月くんが、不安をあらわにした声色でつぶやいた。
……そうだよね、シールよりも、アイドルがすごいってことを、証明しづらくなるほうがイヤだよね。盛り上げられなかったら、それこそアイドルの価値が下がっちゃう。
みんなはまだアマチュアでも……プロに負けるなんて……
ああ、そうだ……これだけ練習しても、何かが足りないって、感じちゃってるんだった……
「あーっ!!」
わっ、ビックリした!!
夢園くんは突然叫びだし、両の拳を胸の前でブンブンと振る。な、なんでそんなにテンションが高いの!?
「思い出した!」
「なにが!?」
「今日のダンス練ウチでやるぜ!」
「学校でやるんじゃなかったの!?」
「今ウチでやんねーともう機会がないと思って!」
「そもそも知らせていいのか? 一応芸能人の実家でもあるんだぞ」
そ、そうだったー! 夢園くんの家に行くってことは、アイドルである、夢園くんのお兄さんに会えるってこと……!
「それで、夢園くんのお兄さんって誰なの!?」
今まで教えてくれなかったぶん、きっと驚きが大きいのは確かよ! わたしに知らないアイドルはいないんだから!
さあ、教えて! ……あっ、待って! 予想するけど、まさかユキくん……なんてね!
夢園くんの笑顔がなんとなくユキくんに似てるなー、とか、なんでホルプリのデビュー曲を踊ろうとしたんだろう、とか、思うトコはあるけど……まさかそんなビッグな人と身内だなんてなったら、夢園くん、学校じゅうでモッテモテだもんね!
花城くんがわたしを見て、難しい顔をし始めると、わたし以外の2人とヒソヒソと話し始めた。ちょっ、なに話してるの!?
沙月くんがわたしを気にしてから、ごにょごにょと2人に話すと、そろってうなずいた。わたしの疑問を無視して、夢園くんはカバンからタオルを取り出すと、「ゴメン!」と謝り……わたしの目を隠すようにしばった。
「な、なにするのよっ!?」
「プライバシーの損害になるから!」
「それをいうなら侵害、だ」
「あの、ごめんね、芸能人のお家の住所、あんまり知られちゃいけないと思って……」
「このまま後ろ乗れる?」
し、知っても誰かに教えようなんて思わないわよ! ……たぶん!
なになに、そんなにビッグな人なの? ビックリは続くけど、これから誰に会えるかの期待が、さらに胸をドキドキさせた。
白い視界のなか、夢園くんの自転車の後部座席に、誘導されるがままに座らされると、ゆっくりと前進し始めたのを感じる。
うう、やっぱり誰か好きなアイドルに会っちゃったら、うっかり十和子ちゃんに話しちゃいそう。今まで夢園くんにアイドルのお兄さんがいるって理由で、彼がモテなかったのは、そのことを一切周りに話さなかったから、かもしれないし。それほどお兄さんが有名人、なんだよ! ふふん、この時のためにいつもカバンに色紙を用意してるんだ。まさか今日会えるなんて!
「いつも忙しいんだけど、今日だけ完全にオフだったんだ。だから桜が何か聞けるのは今しかないって思ったんだ」
ほら、やっぱ忙しいんだ! これはものすごいビッグなアイドルとしか……!
「とりあえず急ぐぞ」
「兄貴には外に出ないように言ってあるから大丈夫だって!」
花城くんと沙月くんも同じく自転車で移動してるらしい。
「そうじゃない……」
「ちょっとそこの3人、千香ちゃんをどこに連れて行く気かしら?」
夏なのに、吹雪いたような冷たい声。
こ、この声は!
「十和子ちゃん!?」
「待て、橘、そういうつもりはないんだ」
「悪いっ、オレら急いでるんで!」
うわっ、ちょっと、バランス崩れちゃうっ! ただでさえ目の前が見えなくて怖いんだからっ……!
夢園くんの肩にしがみつき、振り落とされないようにバランスを取る。けれど「ひゃっ!?」と、沙月くんが高い声を上げると、夢園くんと花城くんが自転車のブレーキをかけた。
「止まりなさい、どうして千香ちゃんの顔を隠しているのか説明しなさい?」
えっと、十和子ちゃん、これは合意の上なんだけど……! どう説明しようにも、ちゃんと納得してくれる自信がない。
すると、3人がヒソヒソと話しだしたのが聞こえた。十和子ちゃんはわたしのところに行き、「外してもいい?」とたずねた。……しょうがない、正直に話してみよう。ムリにウソをついても余計こじれるだけだろうし、どうウソをつくべきなのかもわからない。
3人も話し合いが終わったのか、橘、と彼女を呼んだ。十和子ちゃんはきっとしかめっ面をしてるだろう。でも、最後まで彼らの話を聞いてくれた。
学校から少し離れてるのか、それまで少し時間がかかった。やっぱり、学校からどういけば夢園くんの家なのか検討がつかない。
セミの鳴き声が聞こえる。どこかに木でも植えられてるのかな? 電柱に留まってるかもしれないけど。
「千香ちゃんにも目をつぶってもらうってことはできなかったわけ? タオルで目隠ししちゃ誤解くらいするわよ」
……えーと、十和子ちゃんは現在、花城くんの自転車の荷台に座っていまして。結局、彼女も同行することになった。そりゃ、彼女もドルオタですから、夢園くんのお兄さんが誰なのか一目見たい……というのが本音で、建前は「本当に千香ちゃんに何もしないのよね?」と、わたしの心配をしてくれてる。建前だけどね。わたしも夢園くんのお家に行く理由に本音と建前があるから、なんとも言えない。
夏休みは後半に入ったばかり。これから何をすればいいのか、お兄さんに聞けるかな。でも、三人はすでに完璧に踊れてるはずなんだ。何が足りないのか、どうして自分でもわからないのか……それも、聞いてみないと。
「着いたっ、オレん家!」
音を立てないように、ゆっくりとブレーキがかかる。降りて、と声をかけられたのでおそるおそる地面に足をつけた。
「タオル外すぞ。少々手荒で悪かった」
ううん、だって、有名人の家だもんね。そりゃ、ちょっとは知ってみたいなー、とか思っちゃったけど。
うう、緊張する……! 一体どんなアイドルだろう。今まで握手会とかに行ったことはあるけど、今から会いに行くのに、握手券の必要がないんだもん。
顔を覆ったタオルを外されると、最初に、普通の家にあるような、シンプルな玄関ドアが目に入った。……ホントに、意外とフツーすぎて、むしろビックリ。
「兄貴には出迎えるように言っといたから! 深呼吸するなら今のうちだぜ? なんせ!」
今のうち、なんて言っておきながら、夢園くんはガチャリと勢いよくドアを引っ張った。十和子ちゃんと手を握り、すう、と思いっきり息を吸ったと同時に。
「いらっしゃい!」
……心臓が、止まったような気がした。
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