9.本物!?
「……桜、橘?」
「ふ、フリーズしてる!」
「ちょっとこの霧吹き使っていいか」
「いいぜ、ただの水だから」
わっ、つめたっ! なに!? ハッ、わたしは一体何を……!?
自分の目の前に誰がいるのかを確認する。夢園くん、花城くん、沙月くん、十和子ちゃん……ユキくん。
もう一度確認。夢園くん、花城くん、沙月くん、十和子ちゃん……
「「ユキくん!?」」
うそっ、なんでわたしの推しメンが目の前に!?
「コイツのことは以前に耳にしていたが、やはり本人が目の前にいるとこういう反応をするか」
「だから、言いづらかったんだよね……」
「あっはは、二人ともおもしれーな!」
「桜さん、だっけ? 弟から話は聞いてるよ、そういえば二人ともこの前のパワレコの握手会にいなかった? あの時は誕生日プレゼントありがとう」
わ、わーっ!! そんな、覚えてくれたの!? あのイベント、二百人も会に参加してたけど!? てゆーか、夢園くんのお兄さんなの、ホントに、ホントだった!!
本物の、ユキくんが、目の前にいるッ!!
ど、どうしよう、涙出てきた、みっともない顔をしているようで、口どころか顔全体を手で覆わなきゃいけない。
「この前のシングル買いました……♪
ユキくんの魅力は筆舌に尽くしがたいものですが、なんといってもそのはにかみがとても好きです……♪」
十和子ちゃん、パワレコの握手会の時に言えなかった、ユキくんに言いたかったメッセージをつらつらと伝えてる。目が恍惚とうるんでる、本当に十和子ちゃんって好きな人の前になるとそうなるよね。
「こ、これがカリスマパワー……!」
「そうなのか?
「おお、光輝! 相変わらず大人びてるなー、そこんトコハヤトにそっくり!」
「忙しい中、練習に付き合ってくれて……ありがとうございます。これ、つまらないものなんですけど」
「星夜もエラいなー、お前がくれるものはいつもつまらなくなんてないぞ?
とりあえず上がれって、部屋片付けてあるからそこに行くぜ。そんで二人を落ち着かせてくれ」
「ラジャー!
おーい二人とも、落ち着けってさ」
「「ムリ……」」
「耳まで真っ赤だぞ、やはりコイツらに雪紀さんは刺激が強かったか」
「と、とりあえず、お邪魔します……」
どうして、夢園くんのお兄さんがユキくんだったのを知らなかったかって?
そりゃ、ホルプリのメンバー全員、ユキ、ハヤト、ユモト、と名前しか公表してないから! 色々謎に包まれたユニットではあるものの、そんなのを気にしないようなオーラの強さがあったから……(でも、やっぱフルネームを知りたいと思った時期はありました!)
ユキくんの本名は夢園雪紀。今年二十歳になったから、弟とは6つ離れてることになる。えーと、芸能事務所に入ったのが十四歳のころだから……ちょうど、わたしたちの歳のときだ!
……と、ユキくんに色んなことを聞いてしまっている。いいのかどうかより、純粋な興味がわたしを動かすのでもう歯止めがきかない。
「おい、練習するんじゃないのか」
「まって! あともう一問だけ!」
花城くんは呆れたとばかりに頭を抱えるけど、一応ユキくんの話に耳を傾けている。
「あの、雑誌のインタビューでは『みんなに夢を届けるためにアイドルになった』って言ってましたけど、夢園くん、えっと、太陽くんが『モテたいから』って言ってて……どっちが本当なんですか?」
「あはは、そんなのあったなー……ぶっちゃければ太陽に言ったほうが本音。『そんな不純な動機をファンに言えるわけないでしょう』って、ハヤトにどやされたからユモトのをパクった!」
が、ガーン!!
うう……わたしの夢が……ユキくんは、アイドルの鑑なんじゃなかったの……!?
「いいか、桜、雪紀さんも人間だ。残念ながら太陽の実兄なんだ」
「「残念ながらってなんだよ!」」
わっ、兄弟のハモり! うう……ホントに、兄弟だ……
嬉しいはずなのに、ショックっていうか、なんか複雑。知ってよかったのか、ダメだったのか……
「あの、雪紀さんが優しいのは、本当だから」
沙月くんがフォローするようにユキくんを上げる。彼が言うなら、本当だろうけど……
アイドルって、みんな女の子の理想の男の子像じゃ、ないんだ……
けど、いま目の前にいるユキくんはたしかにアイドルで、わたしに向けてる笑顔は、いつもテレビとかで見てるのと一緒で……今だって、特別着飾ってるようには見えないし、ユキくんは、普段からこんな感じなんだって、なんとなく思った。
「じゃ、早くお前たちのダンス見せてくれよ! ワクワクしてんだ、どんなものなのか」
「ヒッ、ゆ、雪紀さんから……!」
沙月くん、すごく緊張してる。
そうか、コピーの元の人が見るんだから、緊張して当たり前だよね。(もともとあがり症なところもあるけど……)
「で、なにか言うことはないの? プロデューサー」
わ、わたしですか!?(わ~っ、いまだにユキくんから話しかけられるの慣れないっ! 一生ムリかもっ!)
「え~と……みんな、とってもがんばれてるので、カッコよく踊れてる、はずです……」
「オレにじゃなくて、太陽たちに。ホントに上手く踊れてるのか? 妥協してるとプロなんて言わないぜ」
妥協……そ、そんなこと、ないです。三人は歌とダンスは、ちゃんとできてるほうです。……たぶん。
そりゃ、オリジナルと比べると、まだ素人のようなものかもしれないけど。最初と比べれば夢園くんはマジメに練習するようにしてるし、花城くんは二人を置いてけぼりにしないように呼吸を合わせるようになったし、沙月くんは声をハッキリ出せてるし。
「そうだなあ……えっと、見せつけてやろう、本人に!」
口から出まかせに、それっぽく言ってみたけど、三人ははっきりとした態度で返事をした。
三人が最初の体制に入ったのを確認して、音楽プレーヤーから、インストの『ハグして☆マイガール』を再生する。最初の8拍はうつむいてピタリと止まり、曲のテンポが上がったら踊り始める!
ほら、ちゃんと踊れて……
ふと、ユキくんの顔を見るけど、ユキくんの顔がさっきの朗らかな笑顔じゃなくて、また固まりそうになった。
ユキくん、こんなに真剣な顔するんだ。
まるで一人ひとりの動きを観察するような、揺らぐことのないまっすぐに据えた視線。
やがてサビに入る。三人そろってダンスしているところはいつ見ても感心する。
ね、カッコいいでしょ、ユキくん……!
最後のポーズもよくできてた。基本ができてるんだから、ちゃんとできてると思いたい。
何かが足りないなんて、気のせいなんだよ、うん。
「……なるほどなあ」
なのに、ユキくんは、ポツリとそう呟いて手を後ろに組み、背を壁にあずけた。
なにか、ダメだった……? なんとなく、そういうような気がした。
「いや、お前たちがちゃんと踊ろうとしてるのはわかるよ。ちゃんとコピーできてるもん。
けど、プロデューサーがこれでイイなんて言ったら、変えてもらったほうがいいな」
……え……? 変えるって、なにを?
プロデューサー、を!?
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