第5話˹夢想˼
「脅物」とそれ以外の党派が戦う事が決まってから三日が経った。
「脅物」が戦闘を仕掛けて来る訳でもなく、あれから戦闘という戦闘は行われていなかった。どの党派も戦闘に備えた装備や備品を用意していたが、必要無かったのではないかと思ってしまう程だ。
「かーけす!」
医療班の一人が懸巣の部屋に入ってくる。相変わらず焦点の合わない目を、医療班に向けた。そして、右に首を傾げた。
「鴫が目覚めたよ!」
「!!?」
懸巣の目に少し光が戻った気がした。医療班は安心した様に、深いため息をつく。
「目覚めたばっかりだし、安静にさせてあげてね?」
医療班の言葉を聞いたのか聞いていないのか、懸巣は足早に部屋を出ていった。
「鴫!!!」
懸巣はノックも忘れて勢いよく扉を開け、大きな声で鴫を呼んだ。呼ばれた鴫は、少し驚いて懸巣を見る。
「ただいま懸巣、心配掛けたな」
まだベッドで横になったままだが、体を横に向けるなど動かすことは出来るそうだ。
「良かった…鴫が死んだら…俺……」
「お、おいおい、縁起でもねえ事言うなよ…」
少し疲れの混じった笑顔を懸巣に向ける鴫。それに応えるように、懸巣も笑ってみせた。が、どこか落ち込んでいる様にも見えた。
「傷跡が少し残った程度で、俺はご覧の通り元気だ。
懸巣、元気出せ、な」
俺ももう元気だ、と懸巣は鴫に伝える。
鴫はゆっくりと体を起こす。少し何かを考えた後、真っ直ぐに懸巣を見つめゆっくり口を開く。
「嘘をつくな」
「え……
嘘じゃねえよ俺は元気になったし戦える!鴫が無事で本当に良かったよ!安心した!!!」
「琥瑠璃さんから聞いた。脅物と戦うことになったっての」
懸巣の顔から笑顔がすっと消えた。
「俺のせいだ、俺があの時「ホラ貝」を吹かなければこうはならなかった。鴫が怪我する必要もなかったし、戦争が始まることもなかった。
謝ってもどうしようもない。帽子に頼み込んで、戦う相手を俺一人にしてもらうつもりだ…勿論、琥瑠璃さんにも他の仲間にも言うつもりないし、出来れば鴫にも黙っておきたかった。
自分のした事くらい自分でどうにか出来るくらいには、強くならねえと。
だから、鴫や琥瑠璃さん、他の党派のみんなが戦う必要はねえから安心し──」
「馬鹿言え!」
淡々と話す懸巣の言葉を遮るように、鴫は大声で言った。部屋の外で待機していた医療班の一人が心配そうに部屋を覗き込んでいる。
「なんでお前はいつもいつも、仲間を頼ろうとしないんだ…っ。
確かにこの戦争の原因はお前だ。けど、お前を恨んでいない、少なくとも俺は。
他の党派や仲間はともかく、せめて俺には頼ってくれ…信じてくれ」
いつの間にか、部屋を覗き込む医療班の隣に琥瑠璃もいた。
「鴫君と懸巣君はどういった繋がりなんですか?」
「いやー、それを私に聞かれましても…」
「それもそうですね。
さて、ここ数日鴫君の事任せっぱなしでしたしお疲れでしょう?僕達の出番は無さそうなので、少し、お茶でも飲んでゆっくりしませんか?
いざ戦争が始まってしまうと、のんびり過ごせる時間も無くなってしまいそうですし…」
苦笑いしながら琥瑠璃は医療班に言う。医療班はぱっと目を輝かせると大きく頷いた。
「琥瑠璃さん達いたのか…」
鴫は懸巣が開けっ放しにしていた扉を閉める。
「十年前のあの日、懸巣は俺に
俺を信じろ
と言った。俺は信じて村を出た。気持ちの悪い脅物と戦った。全く存在すら知らなかった火の能力を知った。それを使った。勝った。
信じた結果、こうして今生きてる。「戦闘派」として戦える。住む場所や居場所も出来た。
俺が過信してるだけかもしれない、けど、俺はお前を信じて救われたんだ。
理由にはならないかもしれないが、俺だってお前には信じてもらいたい。頼ってもらいたい。」
一つ一つ言葉を選びながら、鴫はゆっくりと話す。
そう言えば少し前にも鴫はこんな事を言っていた様な…。懸巣は一人悶々と考える。が、結局記憶は戻って来なかった。
「信じてるよ俺も鴫の事は!強いし、言った事なんでもやってみせるし!!」
「そうだ、俺はなんだってやり遂げる。
……いや違う、俺は弱いんだ、臆病なんだ。だから、道標であるお前を信じてついて行く事しかできない。正直に…言うと、俺は道標が無いと生きていけないんだ」
やはりそうだ。この後鴫が言う言葉は、「お前が生きていないと俺も生きていけない」だ。懸巣は確信を持ってそう思う。
「お前が生きていないと俺も生きていけない、完璧にやってこなすから、俺も、帽子の所に同行させてほしい。俺は絶対に死なないって事を信じてくれ」
あれは夢だったのだろうか。昔、何をしてどこで生きていたのだろう。この戦い方は何を手本にしたのだろう。能力の使い方は基本、能力が使える者に教えてもらうのだ。さて果たして誰に教わった?
記憶が無い。十年前、鴫と出会いそこから「戦闘派」に入るまでの間、一体何をして過ごしたんだ。ごっそり記憶から抜け落ちてしまっている。
「なあ鴫、
俺は十年前から今まで、死なずに生きてきてるか?」
栄えある空虚に完美な祝福を 佐々木 ナガレ @nn-h
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