18話 「これからも頼もう」

 「あ”-さすがに疲れた……」

 7時に大学を出たのだが、周りはすっかり暗くなってしまっていた。

 「夏帆、家まで送っていくよ。さすがに暗いし、一人で歩かせるわけには」

 「そんなこと気にしなくていいんですよ? もうかなり日が沈むまでの時間が長くなっていてまだ完全に暗くなっているわけじゃないですし、ここは都会で人も多いですから」

 夏帆はそう言うが、都会と言っても少し繁華街を離れたり細い路地に入ると不気味さのあるところだ。やたら変な呼び込みも多いし、さすがにそんなに物事をはっきり言うのが苦手な夏帆一人だと心配だ。

 「いやいや。心配だし、こうして遅くなってしまったのは俺のせいだからそれぐらいさせてくれ」

 「じゃあ、お願いしようかなっ」

 夏帆は奈月以上にお金持ちの女の子という感じで、住んでいるところも駅の目の前でちゃんと当然のごとく守衛さんがいるところらしいので、駅までで大丈夫ということで駅まで送っていくことにした。

 「健斗君って意外とおっちょこちょいですよね。計算ミスとか色々と」

 「すんません……。落ち着きと丁寧さが無いって小学校のころから言われていること変わらんのだよ……」

 「そういう一面があることも知れて私は楽しいですけどね」

 夏帆を送っていく道中で先ほどまでの実習の話をしながらゆっくりと歩く。

 夏帆は楽しそうに笑ってくれているが、実際のところはこうして遅くに帰ることにさせてしまっていて実害を与えているので俺としては申し訳なさしかない。

 「男って何歳になってもちっとも頭の中が成長しないっていうけど本当だなってつくづく思うよ、本当に」

 「ああ、それなんかよく皆言うらしいですね。健斗君も実感しちゃっているんですか?」

 「しまくりだね。確かに物事の知識とか社会の中で立ち振る舞いとかそういうことは理解しても本質的な感情とか考えていることが小学校高学年から中学生ぐらいからまったく変わっとる気がしないのだよ……」

 20歳になった時もお酒とかたばこが解禁されたということ以外は特に何か大きく変わったことが心情的にも環境的にも何もなかった。ただただ大学の学年が進んでいるなー、年また一つとったなぁっていうぐらい。

 逆に10代が終わっちまったなっていう寂しさが襲ってきたことが一番印象的かも。青春泥沼まま終わっちゃったし。

 「夏帆はどう? 20歳になってというか……まぁ大学に来てからというものの個人的変化はありましたかね?」

 「うーん、正直言うと確かに自由度はあります。勉強さえしていればちゃんと進級できますし高校まで見たいに服装や見た目、学校の行事に拘束されることは無いです。でも……」

 「でも?」

 「その拘束がないと、私みたいな話すのが得意じゃない人間には友達すら作るのが難しい環境なのかなって思っちゃったりはしましたね。ただ、講義を受けてただ実習をこなして……あとは家で勉強。ぶっちゃけ自分で情報管理をしていたら誰にも頼らなくてもやっていけますからね」

 「そうだな……」

 夏帆の言う通り、大学は他人と絡むようなイベントや場所は自分から見つけに行かないとほとんどないと言ってもいい。多分、夏帆は可愛いので目を付けたチャラチャラした男がサークルに誘ったりしたりはしたのだろうが、断っているだろうからな。

 「正直寂しかったです。家に戻っても実家じゃないから家族もいない。どこに行っても大学生の間このまま一人なのかなって」

 「夏帆……」

 「別にいつも一人というわけではありません。周りには少しは話をする人はいます。一緒に講義を受ける人もいます。でもなんか……一緒に何か自分たちで時間を作って一緒に居られたらいいっていう人がいないなって」

 夏帆の言っていることは痛いほど分かってしまう。講義や実習の時だけは仲良く話して関われる。いや、見せることは出来る。でも、その関係から真の友達となるために前に進むにはやはりプライベートの時間を共有することが必要になるだろう。

 しかし、コミュ障にはそのプライベートで”一緒にご飯食べる”、”一緒の遊ぶ”ということに足踏みしてしまうものなのだ。

 理解できないと思う人も多いだろう。なぜ仲良くしている人と一緒に居ることをためらうのか、と。しかし、俺たちのような人種からすればプライベートでしか見せない要素を見られ、そしてそれをマイナスに取られるのではという恐怖が先行するのだ。いつも表面的に必死に調子を合わせている状態、自分の本性をさらけ出せない状態で関わり続けた自分から変わって果たして受け入れられるのだろうか、と。

 「でも、私は健斗君と出会ってこうして優しくしてもらって、仲良くしてもらえてすごく変わりました」

 「俺と出会って、か?」

 俺のその問いに夏帆は大きな声で返事をすると少し俺の前に歩み出てそのままくるっと俺の方を振り返ってこういつもと変わらない笑顔でこう言った。

 「健斗君と一緒に勉強もしたい、ご飯も一緒に食べたい。それ以外のいろんな時間を共有して良いところも悪いとこも楽しくいろんなことを分かり合って……。そんな関係になりたいなって大学生になって初めてそう思う人に出会いました」

 いつもは下品だと星の光を消す生意気な存在だと思う街のネオンの光が夏帆のバックでぼんやりと光り、その光景が相まっていつもの夏帆よりもさらに魅力的に見せるものになる。

 「だからその……これからもよろしくお願いします。実習が終わっても、学年が進んでも。そんなにたくさんの時間じゃなくていいです。たまにご飯を食べるだけでもいいです。ですから……」

 「そんなこと言うなよ」

 「え……?」

 俺は夏帆の頼みを遮り、戸惑う夏帆に俺からこう告げた。

 「俺はこの実習で夏帆と一緒になってから助けられっぱなしで夏帆に何にもお礼できてねぇ。これからしっかりお礼もしたいし、その……なんだ、俺あんまり頭が良くないから夏帆に頼らないと毎回留年の恐怖と戦わないといけなさそうだし。頼むのはこっちからというか……。このどうしようもなくおっちょこちょいで馬鹿なやつをどうか助けてくださいな」

 それを聞いた夏帆はきょとんとした顔をしばらくした後、いつものように耐えられないとばかりに笑い出した。

 「変わりませんね、健斗君は。いいでしょう、私がこれからも健斗君が困った時はいつでもお助けしてあげますっ」

 「ああ、頼むわ。しっかし、後期から夏帆と一緒にやる感覚で実習やったら確実に死ぬだろうな~。夏帆責任取ってくれよ」

 「知りませんよ、しっかり苦労して私の存在に感謝してくださいっ」

 「おおう、無慈悲だ……」



 


 「ありがとうございました。もうあそこのマンションなので、ここまでで大丈夫です。その……送ってもらっていてこういうのもなんですが、帰り道お気をつけて」

 「おう、今日もお疲れ様」

 「お疲れさまでしたっ!」

 「今度遊びに行こうな。良さそうな日を見つけるから」

 「はいっ!」

 今日も一日最初から最後まで夏帆の笑顔は最高に可愛かった。とても癒される笑顔をいつも拝めて幸せである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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