17話 「良い笑顔ですね……」

 生物、物理、化学それぞれ三週ずつの合計九週で行われる実習も五月も下旬に差し掛かって五週目に入って後半戦に差し掛かって来ている。

 俺たちはGWが明けてからはいまだに物理の実習に取り組んでいる。

 「ぐぬ……。なぜに完璧であると確信していた提出物が再提出で帰ってきてしまったのだ……?」

 「多分この健斗君の引いたグラフの中のすごく目盛り小さいですけど、この小さな一マス分プロットずれているんじゃないですか? ほら、計算で出した値と縦軸のとった値を合わせると……」

 「マジですやん……。よく物理の先生見落とさずに見てるよなこれ……」

 相変わらず俺は夏帆と仲良く実習に取り組めている。仲良くやれている分、作業もちゃんと一緒に確認しながら協力しながら出来て円滑にいつも進んでいるし、レポートや提出物もポンコツな俺一人ではどうすることも出来なくていつもなんとか終わらせるだけだったのが夏帆の力を借りることによってなんとか教員にどんなことを尋ねられてもある程度のことは説明できるくらいの理解はできるようになった。

 例外はあるかもしれないが、どこの班も最初はペアとぎこちなくても一緒に作業をしていればある程度は仲良くなれる。俺たちは一週目からかなり仲がいいが、周りの班としてはここ最近になってからペアと会話していたり、レポートを協力して取り組んでいる様子が見られるようになってきた。

 俺がすでに感じていることとして、実習中は確かに常に評価される身であるということは自覚すべきことであるが、ふざけさえしなければペアと楽しんで実験をするというくらいの気持ちでやれるものであるということだ。

 教員の性格もいろいろだが、基本的にふざけさえしなければ割と皆緩いものだ。中には生徒と普通に雑談している教員だっている。検査機器の順番待ちや実験過程としてしばらく放置しているときなど別に雑談をしていても何も怒られたりはしない。(※おそらく大学によって違います。ご注意ください)

 そんな状態であるからこそ、ペアと仲良くならないと常に無言というのはめちゃくちゃきつい。空いた時間ずっと無言でレポートの内容の共有も出来ないとかやばい。

 その要素からもペアと仲良くなるということは大事だと思う。苦痛にしか思わないことをいくら頑張ってもただ疲労感だけが支配して大事な実技スキルや学んでいる内容について何も頭に入らない。

 「周りのみんなもかなり雰囲気に慣れてきたって感じしますよね」

 「そうだな。やっぱりもともと話す相手とかじゃないと打ち解けるまでにこれくらいはかかるよなぁ」

 「そ、そうですか?」

 「うん。コミュ障は特にね……」

 大学生とかになるとお互いにそこそこ気を遣うということを知ってしまうので、お互いに譲り合ってなかなか距離が縮まったりしない。

 こういう時に最初からガンガン絡んでいけるテンション高めの女子は強いし魅力的だと思う。ただチャラい男子、てめぇらはダメだ。

 「健斗君ってそんなに話すの苦手そうに見えませんけどね?」

 「いや、夏帆とはもうしゃべり慣れてきてるからね。多分、話した事のない女の子の前じゃ全部敬語で話して縮みあがっとるけどな」

 ちなみに一年生のころはまだこうやって実験とかじゃなくて調べものばかりするのが実習だったのだが、そのころは一班二人っていうわけじゃなくて一班五人以上いてそのころ一緒だった女子にはすべて敬語で話してて、頼まれたことは全部断れなくてほとんど調べものを自分一人でやったような記憶がある。俺っていい道具やろ?

 「じゃあ、健斗君は私にとても打ち解けてきているっていると考えてもいいんですかっ!」

 「そりゃあ一緒に飯も定期的に食べるし、勉強もしていっぱい分からないところを教えてもらっているし。もう一緒に居てくれてありがたい限りですよ」

 「えへへ」

 やっぱり夏帆さん可愛いなぁ。夏帆と関わるたびに自然と必ず三回以上そう思ってしまう。

 「でも、やっとみんな打ち解けてきたと思ったらもう後半戦ですもんね……。もうあと半分の期間終わっちゃうと終わりですもんね……」

 「そうだな」

 色んな人と協力をすることは大事とはいえ、やっと打ち解けてきたメンバーともう一緒にこういう時間を過ごせなくなるというのは少し寂しく感じるものだ。

 後期になるとまたシャッフルが入る。どういう基準で振り分けているかは知らないが、少なくとも今周りにいるメンバーはすべて後期には散り散りになってしまう。グループそのものが変わって離れ離れになるパターンもある。

 「健斗君と一緒に実習できるのももうあと半分かぁ……」

 「いやいや。そんな言い方しなくても実習終わっても一緒にご飯食べたり、勉強したり、休みの日に一緒に遊びに行ったりしたらいいじゃない」

 「そう健斗君が言ってくれるのは嬉しいですしそうするつもりですけど、私は健斗君と実習をするこの時間も好きなのでやっぱり終わっちゃうのは寂しいですけどね」

 「ほほう、どういうところが楽しい?」

 「健斗君が何をするにしてもトラブルに巻き込まれて困ったり戸惑っている健斗君がの表情が面白くて好きです」

 「……」

 いや、褒められているのかディスられているのかよく分からない。確かにアスピリン事件以外にもちょこちょこ俺なんかトラブルに巻き込まれるというのは事実だけれども。

 「そういう表情を見るのってこういう時間だけなのかなって思っちゃって」

 「夏帆さん本格的にドSになってきたねぇ……」

 「い、いや健斗君が困っている顔が見たいっていうよりはいろんな表情をしているとこを実習だとみられるなーって」

 「そ、そうか……」

 そういえば、前も夏帆はそんなことを言っていたような気がする。

 相変わらず俺としてはそんなに表情を変えているつもりはないのだが、相当変わっているということだろうか。

 中学時代から自分の感情を封印してからというものの、特に何も感じなかった俺が変わり始めていると前向きにとらえてもいいのかもしれないな。

 そしてもっと夏帆を笑顔に出来たら良いけど一体どうすればいいのだろうか。



 


 「はい、ダメです。佐々木君やり直しね」

 「……」

 「健斗君っ、頑張りましょう! 私は健斗君が終わるまで何時間でも待ちますよっ!」

 「よかったねぇ、優しくて可愛いパートナーがいてくれて。私だったら見捨ててるけどねぇ」

 「本当にそう思います……」

 俺はこの日の実習で実験こそはやり直しにならなかったが、レポートで計算ミスをしてもうここまで書いてしまったら消して直すより最初から新品のプリントに書いた方がいいと言われ、やり直しを命じられた。

 それを言い渡された後、俺は夏帆の顔を見るととても楽しそうに笑っていて意気揚々と俺にそう言った。ああ、なんて可愛らしく残酷な笑顔だ。

 そんなに俺の表情は面白いのか夏帆よ……。何はともあれ、喜んでもらえて何より……ですよ。

 結局この日夜の7時過ぎまで実習のレポートの直しを行うことになった。一緒に居てくれる夏帆は本当に優しいと思う。

 終始俺の顔を見て、とても嬉しそうに可愛らしい笑顔を浮かべていたけれどね。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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