12話 「セクハラと思いやりは紙一重」

 本日のシーン、動物の解剖に関する話が出ます。具体的な作業についてはすべてカットして話を進めますが、血とか臓器とかのお話が出ます。ご注意くださいませ。


 

 今日も午後は実習活動である。今日は昨日四塩化炭素入りオリーブ油を投与したマウスのお腹をU字に切開して、動脈か静脈から血を採取しないといけない。

 これ最初の週からこれやるっていうのがなかなかハードだが、やらないと次には進めない。

 こういうことをいざするってなると、やはり手術をしている医者の人ってすごいと思う。今回自分たちは命を奪うことになるが、本来はそれで人の命を救うのだ。本当に尊敬する。

 実習室に来ると、昨日よりも早く多くの人が部屋に来て準備をしている。その顔には緊張感がある。

 当然命を扱うということはそういうこと。あってしかるべき緊張感だ。

 自分の席まで行くと、すでに神崎さんが席についている。顔は当然緊張感に包まれており、顔色もあまり良くない。

 「佐々木君、今日もお願いしますね」

 「おう、サポートするから肩に力は抜いてな」

 「はい」

 何度もテキストに目を通して作業は確認してきたが、それでもここに来てもう一回テキストに目を通す。

 命を扱うということもあるが、採血するには迅速な行動をしないといけない。起こりやすいトラブルもまとめられているので対処法をしっかり何度も見直す。

 神崎さんを助けるという意味でもそうだが、俺だって初めてやるのでミスはしそうな気がするので絶対に頭に入れる必要がある。

 「やべぇ、昨日テキストに穴が開くくらい確認したのにそれでも頭から飛んでいきそうだ」

 「私もです。って言うか私は絶対に飛ぶのでよろしくお願いします」

 そんな話もしながら、緊張感と戦いながら開始までテキストに書いてある作業内容の確認を神崎さんと一緒に行った。

 するとあっという間に開始を告げるチャイムが鳴って実習指導する教員が部屋に入ってくる。いつもならばチャイムが鳴ってもしばらくざわついているが、今日はしんと静まり返っている。

 「今日はマウスを切開して下大静脈から採血をしてもらう。最初に解剖台に固定するための固定ひもの結び方をここでやるのでまねてそれぞれ一人二つずつ作りなさい」

 このひものつくり方に関しては俺が神崎さんのお世話になった。手先が不器用なのと待ったやっていることの意味が分からなくて、神崎さんに手を取ってもらいながらやっとのことで作ることが出来た。

 「はぁ、やっとできた……」

 「ふふ、佐々木君でも苦手なことあるんですね」

 神崎さんが面白そうに笑っている。ちょっとでも緊張感がほぐれたなら、恥をかいてもよかったか。

 「次に昨日と同じくペントバルビタールを体重に対応した量投与して眠らせてもらう。これは昨日したので問題ないはずだ」

 しかし、それは何度もそう言うことをしてきた教員だからこそ言えることであって皆緊張で手が震えたりするのでなかなかうまくいかないもの。

 「もうこの子が起きることは無いんですね……」

 その言葉だけ言ってはいけないと言おうと思ったが、その神崎さんの顔を見ていたらとてもいう気にはならなかったので聞こえないふりをしておいた。

 きっと皆同じことを思って緊張しているに違いないからな。

 「よし、なんだか異常に時間がかかったが眠ったようだな。今から解剖作業をしている映像を見てイメージをちゃんとつかんでおくこと」

 スライドに映される解剖作業の映像。みんな声は出していないが、表情はなかなか苦しそうだ。しかし、教員はそんなことは気にすることもなくあたかも楽しそうに話す。これは実際の話でぶっちゃけ生物学の教員はサイコパスである。

 そうでもなければ、何度も解剖して教えたり自ら勉強することなど到底不可能なのだろう。

 まさかサイコパスが役立つ職種があるなんてね。余計な感情を考えない人がこういうことは向いているのだろうと思う。

 「では、一人ずつやってもらうのでやっていない方のペアはやっているパートナーのサポートをきちっと行うこと」

 その教員の言葉を皮切りに作業開始といきたいところだが……。

 「神崎さん大丈夫?」

 かなり苦しそうにしている。ほかのところでもそういう人は男女問わず見られる。

 「だ、大丈夫です……私も佐々木君みたいに頑張るって決めましたからね」

 「俺が先やるから、ちょっとずつ休みながら観察して」

 「はい」

 解剖台にマウスを固定してお腹をU字に解剖はさみの刃を入れる。

 


 「よし」

 解剖して下大静脈を見つけたら、事前に注射の針を静脈の方向に合わせて角度調節したものを刺し込んで採血する。

 それが取れれば、無事終了である。

 何とか指示された量よりも少し多いくらいの血を取ることが出来た。

 「おけ。終わったよ」

 「お疲れ様です。私も……大分落ち着いてきました」

 「よし、じゃあゆっくりやっていこうか。焦らなくていいから」

 「はい」

 マウスの腹にはを入れる時は想像以上に深く入れないと脂肪と皮膚でなかなか切れない。これが最初の関門。神崎さんに出来るだろうか。

 「……」

 神崎さんは無言で、しっかりと刃を入れて作業を進める。

 体が震えているので神崎さんの様子に細心の注意を払いながら俺も静かに見守る。

 そして順調に下大静脈から採血を行うところまで来た。

 「ほい、注射器」

 「あ、ありがとうございます」

 しかし、神崎さんの手の震えはかなりのもので注射の針がうまく下大静脈に刺さらずにうまく採血が出来ない。

 「ど、どうしたら……」

 「血があふれても大丈夫、あふれたを血を出来るだけ回収すればいいから落ち着いて」

 実際のところ針をうまく刺して採血するってかなり難しい。大体全体の半分以上が一回失敗して血があふれるので対策もちゃんとテキストに書いてあった。

 「と、取れました……」

 「量も十分だな。お疲れ様」

 「ありがとうございます。佐々木君が支えてくれたおかげでうまくいきました」

 「俺何もしてないで?」

 「そんなことはありません。心配そうに私の背中ずっとさすってくれていたじゃないですか」

 「え?」

 ここで初めて俺は左手が神崎さんの背中にしっかり触っていることを初めて知った。とんでもないセクハラである。

 「す、すまん……!」

 「き、気が付かなかったんですか……?」

 「無意識だな……すまねぇ。こんな緊張しているときにひどいことして」

 緊張状態に乗じてセクハラしたとしか思えない。超悪質なことをしていると自分でもはっきり自覚できるくらいで申し訳なくて恥ずかしくなった。

 「いえ……本当に心配してくれてるんだなって分かりましたから……その……嬉しかったです」

 神崎さんはそう笑顔で言ってくれたが、申し訳なさで何も言えなかった。

 あいつと神崎さんとのかかわり方の距離感は全く違うので、神崎さんと関わるときは気を付けなければならない。

 そう言えば、あいつはうまくやれているだろうか。周りが落ち着いたら少しあいつのところにいかねばならまい。

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