13話 「オーバーラップした神崎さん」

 指定されたマイクロチューブに採血した血液をいれたらすぐに凝固するので、凝固した後に遠心分離させて血清を採取してまたそれを指定されたマイクロチューブに入れて今日の実習は終了である。

 そしてその血清を用いて、A/G比の測定やAST活性の測定を後日行うのだが、ここですでにZかZZが浮かんでいる人もいるだろうから詳しい話は無し。

 とりあえず、この取れた血清を使って色々と調べるのがこれからの実習内容になるということである。

 「こんなに大変な実習だったのにこの後また後々のことを考える課題をしないといけないのか……」

 正直頭が回っていない。作業に神経を使ったのもあるが、神崎さんに対する一件で俺は完全に冷静さを失っている。

 正直まともな答えを導き出せそうな気が全くしない。

 とりあえず今週の実習は今日で終わりなのだから、週末に各自考えてくるようにということで撤収ではいけないのだろうか。

 「今日も昨日みたいに役割分担、という形で行きますか?」

 「そうだね、そうしよう」

 せめてもの救いは神崎さんが気にしていなさそうにしているところか。

 使った器具はチェックを受けるためと、使い捨てのものはちゃんと分けて処分しないといけないので教員前の実験机の前に種類ごとに洗浄した後提出することになっている。

 (頃合いを見てあいつが行くときに偶然を装って接触するか……)

 多分あいつが教員前に行くことがあるので、どこかのタイミングでさらっと合流して少し声をかけようと作戦を立てている。

 そんなことをしなくても今周りを見渡すと片付け中はみんなリラックスしていて少し話をしたりしているのだが、俺は油断しない。

 なぜか俺にはマイナスの運のスキルが付いている。みんながしているノリで一緒にしたら俺だけ目をつけられて怒られて周りのやつは「ああ、俺たち怒られなくてよかった」顔しているもんな。あれ何なのよ、マジで。

 そういう苦い教訓も含めてどんなことも慎重に慎重を重ねた行動が求められている。

 ちらちらとあいつの様子を確認しながら片づけを行う。案の定、彼女の顔は相当負の感情でおおわれている。あいつをあんな顔に出来るほうが逆にすごいのだが。

 まぁ今日の実習の内容を考えるとそちらの面でも精神的に持っていかれたということかもしれないが、取りあえず彼女に話を聞いてみなければ。

 「佐々木君?」

 「う、うん?」

 「どうかしました? さっきからキョロキョロしてますけど……」

 「なんでもないよ。ごめんね」

 いかんいかん、あんまりおかしな言動をしていると教員だけでなく神崎さんにも不審感をさらに抱かれてしまう。ただでさえ今日前科が付いたというのに。

 そんなことを思っていると彼女が使用済みの注射器を回収して感染性廃棄物専用のボックスに向かったので俺も後を追うことにした。

 「神崎さん、ちょっとごみを捨ててきます」

 「はーい」

 ちょうど活動している生徒の様子を教員は循環していたために、廃棄ボックスの前には教員はいない。完ぺきな接触タイミングだった。

 「おい、大丈夫か」

 俺がそう声をかけると、彼女はパット顔が明るくなった。そして俺の肩を肘で小突きながら嬉しそうにしゃべり始める。

 「私が席を離れた瞬間、急いで飛び出すように私のとこに来ちゃって。なんだかんだ言いながら、私の隣に居たいから来たんじゃない?」

 いつものような煽りな口調が出る分、今日は少し余裕があるだろうか。

 「そうかもな。寂しくて泣くかもしれないから、実習終わって家に帰ったら電話して来いよ。約束な」

 「して欲しいの?」

 「ああ、そうだね」

 「ならしてあげる」

 別にこんなことを言わなくても電話くらいかけてきそうなものだが、大分昨日の荒れていたことを彼女自身の中で気にかけているようなので、これくらい言っておかないと我慢しそうだ。

 もうこいつの前で意地張ってもどうしようもないからね。まぁ張るような意地もないんだけれども。

 「今日もあと少し。もうちょいがんばれ」

 「うん、あとは教員の力借りるわ」

 「おう、そうしとけ」

 彼女とはそれだけ話をすると、俺たちは持ってきた使用済みの注射器を専用の廃棄ボックスに廃棄してそれぞれ自分たちの班の場所に戻った。

 「おけい。片づけこっちは終わったよ~」

 「お疲れ様です。こちらも課題を終わらせたので、ゆっくり消化していきましょう」

 相変わらずの速さである。さすが優等生。

 俺は椅子に座ってまずは自分でテキストの課題と向き合って自分で解いてみる。丸写しだけはダメだ。そもそも教員にバレて減点喰らうし、何よりも自分で理解できないとこれから困ることになるからね。

 しかし……。

 (ダメだ……。全然集中できてねぇ)

 神崎さんが隣で見ているというだけで相当心がざわついている。それは恋心とかそう言うものではなくて先ほどの行為に対する罪悪感である。

 問題の書いている意味もよく分からない。早く解かないと、神崎さんは出来ているのに帰りが遅くなってしまう。

 セクハラはするし、実習の足は引っ張るしこのままじゃ……。

 そんなことを心の中で思い、必死に自分の中で戦っていると___。

 「いいですか、佐々木君。ここはですねぇ……」

 「ちょっと、神崎さん!?」

 神崎さんが俺の隣にぴったりとくっつくようにそばに近づいてペンを持って俺と一緒のテキストを覗き込んだ。

 神崎さんの体が俺の主に左腕に当たる。なんでそんなに至る所が柔らかいのでしょうか。俺とは違う物質でできているのでしょうか。

 先ほどの心の焦りや葛藤はどこへやら、体の左から伝えられる感触に体が緊急情報を発している。体がこわばって動かなくなった。

 「ふふ、これで相殺ってことでいいですよね?」

 神崎さんは俺の耳元でそう言った。俺の後ろめたさに気が付いていたのだろうか。

 「そ、相殺って……」

 「気にしていないことをいつまでも悩んでいる佐々木君が悪いです。なんだか佐々木君を見ていると……なんだか私がいじめているような感じで……」

 いや、ある意味今いじめてますけども!

 「だから、こうしちゃったらいいのかなって」

 「……」

 まったく問題の解決になってはいないが、とにかく神崎さんが気にしていないということが分かったのでそこにはほっと一安心した。

 「おとなしくこの状態のまま聞いてもらいましょうか?」

 「はい……」

 結局自分の言葉でこそまとめたものの、ほとんど神崎さんの力を借りてしまった。偉そうに写すのは~とか言ってたのに恥ずかしい。

 なんだか神崎さんに後半は支配されたようで、家に帰った時にはどっぷりと謎の疲労感に包まれていた。なぜか左腕が異常に筋肉痛である。

 「でも、悪くねぇな。ああゆうのも」

 

 

 

 

 

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