11話 「おかしな奴」
「はい、本日はここまで。今日も出席カードがあるから忘れずに教卓の前に出しておくこと」
隣で寝ているやつの事を気にしながら講義を受けているとあっという間だったような気がする。
幸せそうに寝ているこいつを起こしたくないという気持ちが講義が早く終わったような錯覚を巻き起こしているのだろうか。
可哀想だが、起こして肩から頭を上げてくれないと出席カードを教卓に持っていけないので起こすことにした。
「おい、ちょっと起きてくれ」
「んー……。あ!」
慌てて勢いよくばっと彼女は頭を上げて起きた。
「寝ちゃってたよ……しかも君の肩にずっともたれかかって寝てたの?私」
「約75分ほど幸せそうに俺の肩で爆睡してたぞ。おかげでこっちは肩が死にそうだぜ」
やっと肩が解放された。なんかよく分からない感覚になっているのでグリグリと肩を回した。
「ご、ごめん……」
「いいって。今日珍しく講義のポイント話していたからメモしてあるから今のうちに写しとけ。俺は出席カード持って行くついでに売店行ってくるから」
「う、うん……」
俺は教卓に積み上げられる出席カードの山に二人分の出席カードを出すと、そのまま教室を出て売店に向かった。
今日の昼ご飯と飲み物とあいつにあげるお菓子を適当に買って戻った。
俺が教室に戻って席に帰ってくると、俺のテキストを開いて今日の講義でメモっておいたことを真面目に写していた。
「ごめんね。肩重かったうえに出席カードの面倒やテキストのメモまで……本当に私、邪魔になっている……」
「あのなぁ……。邪魔だと思ったら75分間も自分の肩でおとなしく寝かしたりするか? 邪魔ならもたれかかった瞬間、肩を跳ね上げてお前の顔は真上に打ちあがっているさ。逆に邪魔って思ってないって証明できたんじゃないか?」
「……」
「それに随分とさじを投げずに色々と今日のために自分でやれること一生懸命頑張っているのにそんなこと出来ねぇよ」
「……あ、ありがと」
初めて彼女が顔を少し赤くしながらうつむき加減にそう言った。
そんな話をしていると、次の講義の教授が教室に入ってきてすぐに講義の開始を知らせるチャイムが鳴る。
この時間の講義は緩いので、彼女にお菓子を渡す。最初はちょっとした恩を感じてお菓子を買ったのだが、今日は随分と意味合いが違っていて自分でも苦笑いが出る。
先ほど随分と寝たおかげか彼女も元気になった。そこでお菓子をつまみながらぼちぼち話を聞くことにした。
「そんなにひどいのか、ペアのやつ」
「うん。昨日話したこと以外にも終わってさっさと帰ろうとしたのに声をかけてきてさ。何事かと思ったら『可愛いね。連絡先教えて』だって」
「想像以上にクズだった……」
そのほかいろいろと昨日の数時間の実習活動だけでクズさが発覚していたようだ。
その話を聞くと改めて彼女はよく一人でも頑張ろうとしているなと感心した。
「はぁ、改めて君と一緒に実習出来たらどんなに幸せだっただろうって思っちゃったよ」
「……」
その言葉はまるで、最初に一緒になればいいという言葉とはあまりにも重みが違いすぎて。自惚れかもしれないが、本当に心の底からそうしたいのだろうと感じる。
「……昨日の実習を見る限りちょこちょこみんなほかの実験机の班の仲いい奴のところに顔出したり、声掛けしているみたいだったからさ。俺もお前のとこに定期的にちょっかい出しに行くわ」
「うん」
「俺がいけない時で辛い時は教員に声かけまくれ。それで何とかなる。あと同じ実験机の中で誰か頼れそうな女の子作るといい」
この問題に関してはあまり俺の中で助けてあげられないのがもどかしかった。彼女には対応策のアドバイスを何個かあげるくらいのことしか出来なかった。
「ふふ、ちょっかい出すとか言われてなんでこんなにうれしくなるんだろうね。私ってやっぱりおかしいのかな」
それでも彼女の顔は嬉しそうに笑顔いっぱいで。
「ああ、本当におかしな奴だ」
こんなにも可愛くておっちょこちょいでいたずらで頑張り屋で。こんな女がなぜ自分の隣に居てこれほど俺の事を頼りにするのだろう。
そんな彼女が最初はうっとおしかったのに、なぜ俺はこんなにも彼女のことを考えることに充実感を得ているのだろうか。
本当におかしなやつだ。俺もこのおかしなやつに影響されてだんだんとおかしくなってきているかもしれない。
「それも悪くないか」
「何が?」
俺がそんなことを思いながらぼそりと独り言を言ったが、その意味が当然分からない彼女は不思議そうにこちらを見ている。
「おかしなやつと一緒に居るっていうのが悪くないなって思っただけだよバーカ」
俺はそう言って彼女の頭をガシガシと撫でた。
「やめてよ! 髪ぐしゃぐしゃになるじゃん!」
「今更だろ。さっきまで俺の肩でゴロゴロしながら爆睡してたのにもう髪崩れているだろうが」
俺はそう言って彼女にやめてと言われたが、しばらく続けてやった。日ごろのいたずらの仕返しだな。
俺もこいつにこんなことが出来るまでに仲が成長したということだろうか。
彼女の髪は触ると柔らかくていい匂いがした。いつまでも触っていられるようなそんな感触を味わうように途中からは優しくなでておいた。
なぜかというと、ガシガシ撫でていたらだんだん本気で機嫌が悪くなりだしたので優しくなでるようにしたら収まった。
女の人にとって髪は命だろうしな。あまり乱暴にしないことにしておこう。
今日の実習を乗り切れば、週末がやってくる。今日も終わったら電話の相手がいつでもできるように準備しておくことにしよう。
彼女が今日の午後もうひと踏ん張りできますように。
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