9話 「繊細さがある女」

 俺は実習を終えて家に帰宅すると、そのままベッドにへたり込んだ。

 「さすがに疲れた……」

 神崎さんはいい子だったのだが、やはり神崎さんと打ち解けるまでの妙な緊張感にかなり精神をすり減らしていたのかかなり自分の体が参っているようだ。

 神崎さんがペアじゃなくて、気の合わない人とペアだったら格段に疲労感は増して、これからの実習活動に絶望していたことだろう。

 考えれば考えるほど神崎さんがペアでよかったと思う。

 明日からは肉体的疲労はその時の活動内容によるが、精神的疲労はかなり楽になっているとは思う。

 「あいつかなりペアにイラっと来ていたけど、大丈夫かな……」

 俺のいつも隣にいるあの生意気な女はかなり実習中ペアの男子にイラついていた。っていうかああいう表情を何気に初めて見たかもしれない。ペアがマウスを触るものかなりビビっていた様子が気に入らなかったらしい。

 まぁ、いくら噛むかもしれないとは言っても男子で小動物に怯えるっていうのも情けない話なので気持ちは分からなくもないけれども。

 女の子が怯えるということなら全然仕方のない話っていう風に思えるんだけれども。

 最近の男の子は昆虫など生き物嫌いがかなり深刻らしい。カブトムシやクワガタがゴキブリと何が違うのかという認識らしい。昆虫として共通している足が六本、光沢のある黒い体が嫌なのだとか。

 そんな世の中になっているので生き物に怯える男子が多いのも頷けるが、個人的には男としてちょっとどうかとは思うがな。

 「お」

 そんなことを考えていると、スマホから聞きなれない音が聞こえる。着信音だ。ただでさえボッチの俺な上にその数少ない連絡はメッセージアプリの俺からすればとても久々に聞いた音だ。

 「もしもし」

 『あ、私。メッセージアプリの無料通話からかけた』

 「お前かよ。メッセージ送ったらええやんけ」

 『言いたいことがありすぎて電話かけた。話聞いてよ』

 かなりイライラが募っている様子。話を聞いてみることにした。

 どうやら彼女のペアは動物の一件以外ににも、レポートの課題は全く考えず苦心して自分の書いたものを丸写ししかしなかったとのこと。その上、片付けもせずにぼーっとしていたらしい。

 はっきり言ってたまにいるペアになると自分だけが苦労している”外れ”を引いてしまったようだ。

 『こんな相手と二カ月間も実習同じとか無理!!!!』

 「そういうな。ほかの分野の活動の時ならお前のとこに行って教えたり手伝うことの出来る機会もある。その時は助けるから我慢しろ。そんなことで自分の成績落ちたらしょうもなさすぎる」

 『そうね……。なんだかそっちは円滑みたいじゃない? すっごく楽しそうにやっているのが位置的に嫌でも視線に入るからそれもイラっと来るんですけど』

 なぜに俺たちまで怒りの対象にされているのだろうか。何も悪いことをしていないのだが……。

 『ペアの子、めちゃくちゃ可愛くない?』

 「ああ、めちゃくちゃ美人で驚いた。早速軽く男子に声かけられてた」

 『そして君もそんなあの子にデレデレしちゃってたし……バッカじゃないの』

 珍しく俺に毒を吐いてきた。今までいたずらやおちょくる言葉しか出してなかった彼女がかなり荒れているせいか毒まで吐き出した。

 「まぁ、美人だし頭もいいし助けられぱなっしだったのは認めるけども……。そんなに可愛いからデレデレしたっていう話ならお前の時もそうなったし……」

 『嘘だ。最初から鬱陶しそうにしてたくせに……。いいんだ私はどうせ邪魔な存在ですよーだ』

 かなりいじけている。本当に色々と精神的に疲れてしまったのだろう。

 「邪魔だったらお前が隣に居ることを俺は避けたりしてねぇよ。お前がいるがいいから今もずっと隣居るんだろ」

 『……』

 「辛いかもしれないけど頑張ろうぜ。レポートも今日はその日のうちに実習室でしなくちゃいけなかったけどこういうケースは珍しい。大抵は家に帰って設けられた期日までにやって提出なんだから一緒なグループって事活かしていっしょにやろうぜ」

 『……うん』

 「あとしんどかったら教員を呼んで助けてもらったらいいさ。それで減点にもならんし、一人で考えて分からんままやるほうが失敗する。絶対に教えてくれるか助けてくれるから遠慮なくそのカード使っちまえ」

 俺も過去の実習の班でろくでもないやつがペアになって苦労したことなど大いにある。そういう時は一人でやるんじゃなくて教員に遠慮なく相談するのが一番早い。

 教員が近寄れば、さぼるやつ考えを放棄しているやつや楽しようとしているやつも仕方なくでもやる。

 そういうやつは数年後の実技試験で必ず痛い目に合うのでその時にざまぁみろでいいのだ。いちいち自分たちが影響されていてはたまらない。

 「実習終わったら話は聞くからいつでもかけてこい。いくらでも話聞いてやるから。だから実習中だけは頑張って耐えろ」

 『うん』

 声色からして大分落ち着いてきたな。疲れているだろうし、こういう時は早く寝てもらうのが一番いいと思う。

 「疲れているだろうし早く寝ろ。明日の午前中また講義中か休み時間でも話を色々してくれ。またアドバイスできることもあるかもしれないしな」

 『うん、分かった』

 「よし、いい子だ」

 『ごめんね。疲れているのにいきなり電話した挙句、色々当たり散らかして』

 「いんや。お前がそれぐらい辛かったってことが分かったよ。お疲れさん」

 そうして通話が切れた。

 「あいつもあいつで結構大変だな……」

 いつも無駄に元気で悩み事とか消極的負の考えなどしないような生き物だと思っていたが、そうでもなく意外と繊細らしい。

 でもそういう自分の気持ちに余裕がない時に話をしたいなという相手に俺を選ぶ辺り、俺のことを信用してくれているのだろうか。

 そうだとしたらもう少し彼女に寄り添ってあげてもいいかもしれない。

 ……まぁ、甘やかしたらいつものお調子者状態になりそうだから、様子は見ながらだけど、今日の様子を見ていたらもうちょっと寄り添ってもいいかなと俺はぼんやりと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る