8話 「嬉しい発展」

 今日の分の実習の作業を終えて、皆が実習用具の片づけやレポートのまとめをして終わった者から帰宅していいということになっている。

 「あ、俺が器具洗ったり片づけたりするからレポート進めてていいよ」

 「そんな、申し訳ないです」

 「あ、じゃあ後でちょっとレポートまとめたの見せておくれ。ここは協力じゃ」

 「ふふ、了解です」

 実習というもの、班の中で役割分担というものがいかに早く実習を終えられるかのカギを握っている。

 二人で同じ作業をするよりも、一人一人が違う作業をすることによって効率よく作業を終わらせられる。

 もちろん個人で作業を進めるところもあるが、分からなくなったり躓いたりした時は隣にいる班のパートナーをしっかり頼れる環境を作っておけばうまく切り抜けられる。

 多分ここでたいていの人がそんなに実習やりたくねぇのかよって思うだろうな。しかしそうではない。実習中というのは常に成績を評価されるために見られている状態である。その緊張状態が長く続くということはとても疲れるのだ。その状態から早く解放されると同時にへまをやらかすことを防ぐためにも早く終わらせたいのだ。

 話をしている限り神崎さんは大抵の科目の単位をSかAで通ってきているらしい。恥ずかしそうに話しをしていたが、もっと胸を張って堂々と言ってもいいことだ。

 そんな物分かりのいい神崎さんにレポートで問われているところ先行して考えてもらっておこうという戦法だ。卑怯だといったやつ、いくらでも言うがいい。ちゃんと物分かりのいい相方がいるならその人に書いたことを見ながら説明してもらって自分もまとめる。それが一番理解出来るのだ。大事なのは理解することで別に丸写しするわけでもない。

 「よし、片づけ終わった」

 自分の部屋は絶望的に汚いが、他人のものは徹底的に丁寧に綺麗に慎重に扱う主義の男の俺から知っても納得の器具の綺麗さ。

 これなら器具チェックも簡単に通るだろう。

 「ありがとうございます」

 「いやいや、その白い肌を荒らすわけにもいかんでしょう」

 「レポートに出された課題の問い、ほとんど解き終わりましたよ」

 「……マジで?」

 周りの班まだまだ頭抱えてますけども。この子めっちゃすごいですやん……。

 「わ、悪いけどちょっと説明しながら俺に教えていただけませんか……?」

 「もちろんです。しっかり理解したいっておっしゃってましたもんね。私の言葉の範囲でできるだけ頑張って説明しますね」

 な、なんだこの子は! 優しすぎないか? どっかの常に俺をおちょくったり、イタズラしているあの女子には少し見習ってほしいものだ。

 「へっくし」

 なんだか後ろのほうから、可愛らしいくしゃみが聞こえた。笑い方に品がないくせに無駄にくしゃみが可愛いのもむかつくな、あいつ。

 隣にいないのにあいつに意識を取られそうになったので俺は首を振って、改めて神崎さんに教えをもらうことをお願いして説明してもらった。

 「今回の実験において、私たちはそれぞれ四塩化炭素の量を変えて今日実習の中で投与しました。その関係性を明日の実験で調べるわけですから……」

 「ふむふむ……じゃあ、ここでこの課題が聞きたいのはーーーこういうことでいいってことか?」

 「それもそうなんですけれども、もっと具体的にまとめるのが大事かと。それだけだと漠然としすぎているので」

 「おけ」

 俺も彼女の話をしっかりと聞きながら、自分の言葉でまとめている。隣で神崎さんが見守ってくれていて俺の書く内容を見てアドバイスを入れてくれる。

 「あ、ここはですね……」

 「おう、なんだ?」

 俺がぱっと神崎さんの振り返ると、神崎さんの可愛い顔がすぐ目の前にあって。俺はすごく顔が熱くなるのを感じ、それに合わせて彼女の顔もきゅううと赤くなった。

 「す、すいません……近かったですね」

 「い、いや。それだけ俺の書いていることをしっかり見てくれていて嬉しい。俺のほうこそ急に振り返ったりして驚かせてしまってすまん」

 その後はなんだか微妙にむず痒い空気になった。特に気まずいというわけではないが、なんだか先ほどと違ってすごく神崎さんが近いだけでドキドキする。

 先ほどの至近距離で見つめあった時の神崎さんの可愛い顔にかなり俺は動揺してしまっている。

 「……よし、これでいけるか!」

 「はい、私の見る限りでは大丈夫です」

 「ありがとう。よし、教員に確認してもらいに行くか」

 「はい」

 俺と神崎さんはさっそくまとめたレポートの内容を確認してもらうべく、教員のところに持っていった。

 「うん、よくまとめられているね。OKです。今日の実習終わりね。お疲れさまでした。えっと、神崎さんと佐々木君ね」

 無事レポートのチェックも通り、出席も確認されたところで今日の実習は終了になった。

 荷物をまとめて帰る準備を始める。

 「ありがとうね、神崎さん。最初から助けられっぱなしで」

 「いえいえ、こちらこそです。これからも……多分足を引っ張るかと思いますけれどもよろしくお願いします」

 なんていい子だろう。頭はいいし優しいし、しかも超美人だし悪いところが一切ない。最初の時、神に見放されたとか思っていたけど逆でした。

 実習が終われば、速やかに片づけて教室を出なければいけないことになっている。そうでもなければ、あいつの助けをしてやりたいところではあるのだがそういうことをするとそれも減点対象になるのでどうしようもない。

 俺と神崎さんは教室を出て静かな廊下に出た。ここまでくればもうリラックスしても問題ない。

 「あ、あの……」

 「ん?」

 「よかったら連絡先を交換していただけませんか……?」

 神崎さんからのまさかの申し出だった。こんないい子の連絡先など知ってしまってもいいのだろうか。

 「神崎さんみたいな優しい人なら喜んでだよ」

 「ありがとうございます」

 すごく嬉しそうな顔をする神崎さん。可愛すぎませんかね。

 俺はロッカー室まで行って置いておいたスマホを取り出して神崎さんのところまで行った。

 「あ、あの。ほかの男の人には教えないでください……」

 「ああ、そのあたりは大丈夫だよ」

 今の瞬間初めてボッチでよかったと心の底から思った。

 こうしてあいつのほかにもう一人神崎さんという可愛い女の子の連絡先を俺は知ってしまったぜ。

 プライベートまで話すかどうかは分からないけれども、たとえ実習の話だけでも出来たらとても有意義だろうなと思った。

 

 

 

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