7話 「心の中で決めていること」
ちょっとこのあたりから実習で解剖とかそういう話が出ます。描写等の具体的説明はあまりしないように心がけますが、ファンタジーではないので耐性のない方もいるかもしれません。
解剖等の話は実習のシーンのみだけですが、耐性のない方はご注意ください。
実習書に書かれていたこれから行う実習の内容とは。
四塩化炭素を投与して、肝障害のマウスを作成してその個体を解剖して採血して血清を分取するというものや、エストラジオールという女性ホルモンを投与した雌ラットとオリーブオイルを投与したラットそれぞれ解剖して臓器を取り出して重さをはかるなど……。
他にもやることはたくさんあるが、とりあえず解剖しないといけないところが二つあるということである。
これはなかなかきついだろうな。
麻酔をかけるとはいえ、生きているマウスやラットを切ったりするというのは男でも苦しいところ。
血が出たり、麻酔をかけていても痙攣等するので女の子にはかなり刺激が強いと思われる。
もちろん耐性がある子もいるだろうが、神崎さんの様子を見ると明らかに耐性がないと思われる。
出来るだけちゃんとサポートをしていこうと思う。
「今日は肝障害モデルマウスを作成する。それぞれ一人一匹ずつマウスを配るので実際にそのマウスに触れて重さをはかってもらう」
ケージに入れられたマウスが俺たちの座る実験机にも配られてきた。
またこれが可愛らしいんだわ。ちなみにこの物語を作っている神様はこのことがきっかけで二度とハムスター飼えないと思ったらしい。
マウスの重さをはかるには、マウスをつかんで体重計にまで運ばなくてはならない。
神崎さんが恐る恐る手を伸ばすが、マウスが怯えて逃げてしまう。
「いてぇ!」
近くの班では先ほど神崎さんに声をかけていた男がマウスに噛まれてしまった模様。ざまぁみろ、マウスにはてめぇの邪念が分かるんだよ。
しかし、噛まれていたがる男を見て神崎さんはもっと怯えてしまった。
「か、噛むんですね……やっぱり」
神崎さんが怯えているようなので俺が先にマウスを軽くつかまえた。そしてそのまま抱えて体重計にまで運んで体重を計測した後、俺の取り扱うマウスと分かるようにペンでマークを付けて再びケージに戻した。
「す、すごい……。なんでそんなにスムーズに?」
「おびえながら手を出すとマウスも怯えるから、一気に尻尾をつかんで手のひらに載せてみて」
「は、はい」
彼女は俺の言った通りに尻尾をつかんで、手のひらに載せて素早く体重計に運んだ。
「で、出来ました……」
「刺激を与えさえしなければ、積極的に噛んだりしないからね」
彼女も自分の取り扱うマウスの重さをはかると、それを記録してペンで自分のマークを付けて素早く先ほどの要領でケージに戻した。
ちなみにその間にあいつのほうをちらりと見ると、余裕の表情をしていた。こういうことには耐性があるようだ。しかし、彼女のペアだと思われる人間のほうが表情に余裕がない。それにまたイラついている。許してやれって……。
「重さをはかり終えたか? 量り終えたものは者は記録した体重をもとに麻酔を投与する量を算出しろ。算出する方法はテキストに書いてあるのでそれに従うこと。計算を終えたら注射器で薬品を計算した分量取ってマウスに投与しなさい」
投与する量を算出したところで、俺が先にマウスに投与することにした。
「いい? マウスの両耳の後ろの皮膚のたるみを出来るだけこうやって掴む。するとマウスが固定できるし、噛まれる心配もないよ」
「おお……」
俺は彼女にテキストに書いてあることを実践しながら自分の作業を行った。言葉で書いていてもこういうことは実践しないと分かりにくい。
先ほどの手際を見ると、彼女は一回理解すればしっかりと出来るようだ。
俺は麻酔を投与した後、彼女にアドバイスをしながら投与のサポートをした。手は震えていたが、なんとか投与できた。
「麻酔を投与したら、マウスが眠り始める。マウスが5分経っても意識があるようであれば、教員を呼んでさらに投与するか相談すること。意識があるかないかはは正向反射がが消失しているかどうかで判断しなさい」
俺と神崎さんのマウスはちゃんと5分以内に寝た。個体差によってやはり眠らなかったりすることがあるが、うちのマウスは二匹とも眠っている。
眠っているマウスはとても可愛い。これがまた更なるトラウマを引き込む要因になるのだ。避けては通れない道とはいえ、辛いものだ。
「眠ったら、各それぞれ指定された四塩化炭素量を含んだオリーブ油混液を投与してもらう。それが出来れば、今日のマウスの取り扱いは終了だ。明日、解剖することになるので心しておくこと」
先ほどの麻酔投与と違い、今回の投与はマウスが眠っていて動かないので皆が落ち着いてスムーズに投与を終了してケージに眠っているマウスをそれぞれ戻した。
「すいません、いっぱい助けてもらっちゃって」
「ううん。こんなことしか出来ないから。うまくできて良かった」
「どうしてそれほど冷静に出来るんですか?」
その作業が終わると、神崎さんは俺に訊ねてきた。
「うーん……動物の命をもらう以上はためらったり、おびえたりしないって決めているんだ」
自分がどういう感情を抱こうが結局のところこの実習で命を奪う。それは変わらないこと。ならば、このマウスたちに感謝して自分の知識として生かせるように一つ残さず学べることを学ぶ。
それが自分に出来る最大のマウスへの敬意。
戸惑ったり、おびえたりしているのでは大事なことを見落としてしまう。
「強いんですね……」
「そう? この後の人生でハムスター飼えないって思っているけどね」
「私も頑張って向き合おうと思います。先ほどまでは嫌だとか悲しいとか自分の事ばっかり考えていましたが」
「うん。俺の力じゃ微力だろうけど、協力する。頑張って学べることをいっぱい学ぼう」
「はい!」
俺は神崎さんとこの一環の作業を経て、少しだけ歩み寄れたような気がした。
彼女はこう言っているが、やはりその場面になると多少苦しくなるだろう。その時にどんな助けがしてあげられるだろうか。
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