5話 「青春ってどういうことか」

  俺が予想した通り、彼女と連絡先を交換すると頻繁にメッセージが来るようになった。

 いつもはとても静かなスマホが何か意志を手に入れたのかと思うほどに、振動したり音をたてたりしている。

 彼女からは大学の話含め雑談が多い。返信しないと大量にメッセージを送りつけて常にスマホを鳴らしまくる。害悪すぎる。

 でも、悪い気はしない。中学高校と闇に落ちていた俺は同い年の女の子とこうやってプライベートでも連絡を取り合うなどということはしたことがなかった。

 そのせいもあるのか、なんだかこいつの相手をするのも悪くないなって思っている自分がいる。もっと厳しい男になりたい。

 しかし、彼女はなぜにここまでに俺と関わろうとしているのか。ちょっと話もうまくつながっているので、それとなく聞いてみた。

 すると彼女からは、簡単な一文だけが来た。

 ─優しいから。信用できるから─

 「???」

 意味が分からなかった。そもそも俺とあいつは一緒に話したことなど、過去一回もないはずなのだが。

 それなのに俺の事を一目見て優しいなどと、エスパーでもない限り絶対に分かりそうもない。自分で言うのもなんだが、目つき悪いし陰キャだったので常に青春時代はサイコパス扱いだったのだが。

 ─優しいかどうかなんて、話したこともないのに分からないだろーが。もし俺が悪い男だったらどうするつもりだったわけ?─

 俺がそう送っても彼女はただこう一言だけ。

 ─そんなことは無いよ。私はあなたが優しいことを知っているもの─

 いつもつかみどころのない彼女なのだが、今のやり取りが一番彼女の中でつかめない発言だったと思う。

 ぶっちゃけ彼女は頭いいのか天然をこじらせているのかよく分からない。俺と同じで結構きつい学部の中でちゃんとストレートで通ってきている辺りを考えると、そんなにバカではないのだろうけども。

 ─そんなことよりも、私のことをどう思う?─

 ─どう思う、とは?─

 ─可愛いとか、もう女としてエロい目でしか見れないとかそこらへんどうなの?─

 ─うざい、うるさい、落ち着きなし─

 ─通信簿みたいなこと言うのやめてくれる?─

 こいつはそもそも、こういうことを聞いて俺が素直に可愛いとか襲いたいぞとか言ったらどういう返事をするつもりだったのだろうか。ちょっとやってみればよかった。

 ─ま、間接キスのくだりから君が童貞だってことはよく分かったがね─

 「ほんと、煽りの才能だけは天才だよてめぇ」

 誰もが童貞でいたいわけではない。出来れば、高校生くらいで一回くらいは甘い思い出くらい欲しいに決まっている。

 しかし、男にとって一番大切なのはコミュニケーション能力だ。顔ではない。もちろん、イケメンのほうが女子の食いつきはいいだろうが、顔が多少悪くても話し上手であれば女の子は懐いてくれる。言い方が悪いが、たいして売れていない芸能人なのに可愛い奥さんがいるのとかがいい例だろう。

 イケメンは女子が嫌な顔をしないので、自信をもって女子とコミュニケーションをとれるからモテるというだけ。顔に自信がない人も女子と頑張って話をしてみよう。

 そんな現実にもかかわらず、陰キャをこじらせていた俺は年は大人になっても別の意味では大人になれないままの雑魚です、すいません。

 ─てめぇみたいに異性と楽しく遊べる気持ちはもともと無いんだよ─

 彼女はとても美人だ。今までいくらでも男に告白されて気に入った男と楽しい時間を過ごしながら生きてきたのだろうな。

 ま、まぁこいつがどういう風に過ごしていようが俺には全く関係ないのだが。ただ、今彼氏がいるのであれば俺との連絡の取り方は考えて欲しいものだ。

 揉め事に巻き込まれるのだけはごめんだ。

 ─遊んだことないって─

 俺に気を遣っているのだろうか、なぜか否定する。気を遣われたらなおさら辛い。でも、彼女がいっぱい男と遊んでると断言されても多分俺はなんだかもやもやした気持ちになる。童貞になら分かるこの陰キャ特有の発想な。

 ─だっておめぇみたいな女周りに普通に知らない人いるのに彼氏や友達と夜遊びまくったって聞こえる声で言ってるぜ? みんなそんな感じちゃうの?─

 ─あー……やっぱり私そっちサイドの人に見えちゃう?─

 ─んー、まぁまぶしい存在っていうのでは一緒だな─

 イラつくけど可愛いこんな女が自分の彼女だったら。それはとっても素敵な大学生活だろう。

 勉強をただ苦しみながらする生活の中に、癒されたり居てくれるだけでうれしくなる存在がいる。

 それだけで誰だけ生活に色が付くのだろう。

 今までずっと一人で何もかもしてきた俺は、友達を作るということは分かっても恋人を作ることに積極的なみんなのことが理解できなかった。

 でも、彼女が隣にいてイラつかせたり笑ったりする生活がだんだんと当たり前になりつつある今になると少しわかるような気がする。

 その上、大学生にもなればあまり制限もない。一般的に見ても大人に分類される立場になっている。恋愛だってもっともっと色々と魅力を帯びるだろう。

 ─どうよ? 哀れな童貞君にこんなまぶしくて魅力的なこの私の存在は!─

 ─ああ、嬉しいよ。いつもありがとう─

 決してこの子とお付き合いが出来るわけではない。でも、隣に友達としていてくれるということが今の俺にどれだけ助けられているかやっと分かってきたような気がする。

 そう思うと、素直に感謝の言葉が出た。

 ─ど、どうしたの? らしくないよ?─

 彼女もこの返答には予想外だったらしい。

 ─これからもよろしくな─

 ─うん!─

 彼女からは勢いのいい返事が返ってきた。いつもそうしてろよ、可愛くて仕方なくなるのによ。

 って思っていると、彼女からもう一通メッセージが。

 ─あ、これから朝寝坊したくないからモーニングラブコールちゃんとかけてね─

 「まじかよ……」

 嫌だと何回も送ったが、既読にならなかった。

 どうやら今回も彼女に乗せられた。明日から毎日彼女に朝電話をかけなくてはならなさそうである。

 果たして、彼女は朝の支度にどれくらい時間がかかるのだろう。どれくらいに起こしたらいいのだろうか。

 俺は今日もいいように彼女に振り回されている。

 

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