4話 「神はこの世にいません」
その日の午後からは、来週からの演習実習についての説明やそれに向かっての講義などが予定されている。
ただ説明などを聞いたりするあまり講義と変わらないものなのだが、この説明も実習と同じく休んだり遅刻すると進級できないため油断はできない。
そして俺はこの時間があまり好きではない。
「どうか優しい人と出来れば同じ男の人と一緒な班になれますように……」
この時に初めて誰と演習実習をすることになるかの班の詳しい内容が分かるのだ。
大学生にもなればみんな大人で特にぼっちな俺をのけ者にしたり陰口をたたくということは無いが、話難そうにさせてしまうのがとてもつらい。ならちゃんとコミュ障直せとか思ったやつはコミュ障がどれだけ重症か知らないから言えるんだぞ。
「私と一緒になればいいのだー」
なんで午後のこの講義もこいつが一緒に居るのだろうか。
教室が変わってうまく俺は姿をくらませられたかと思ったのだが、しっかり俺を見つけて隣に来やがった。
なんだろう、ちょっとそれに落ち着く自分を殴りたい。
こいつはこう言っているが、実習を受けるのは250人近くいるのでペアになるというのは実現しそうにもない。
腹は立つが、こいつであれば落ち着いて俺も実習をすることが出来そうな気も……しないな。なんでも作業を俺にやらせたり、ふざけているように教員に見られたら堪らない。
大学では実習評価は基本A評価固定だということをご存じだろうか。もちろんBやCでも進級は出来るが、実習にちゃんと取り組めなかったと就職活動時に見られる可能性があって就職に悪影響を及ぼすかもしれないため、大きな落とし穴だったりする。
「では、実習の書類を配る。これからの実習に持ってくるように指示することもあるので無くさないように。再発行はないからな」
前から配られてくる書類を受け取って、さっそく俺はどこの班に配属されたか確認してみる。
「神崎夏帆……がっつり女の子じゃないっすか……」
俺の切なる望みは通じなかったようで、女の子がパートナーになってしまったようであった。
「うーん、君とは一緒なグループだけど班が違うのかー。まぁでも一緒の教室で一緒な作業することになるから分からなかったら君に聞いちゃえばいいね」
「止めてくれる?」
α、β、γグループに分かれてそれぞればらけて作業をするが、彼女とはそのグループ内では一緒だったらしい。
ってかこいつは俺の名前を知っているのか。ご丁寧に俺の名前のところに蛍光ペンを引いている。やめてください、死ぬほど恥ずかしいです。
彼女のテキストを覗き込むと俺の名前のところ以外にも伊藤奈月と書かれたところにも蛍光ペンを引いている。彼女の名前はおそらくこれだろう。
「お前のペアは誰なわけ?」
「うーん、男っぽいなぁ。男なら君以外となるのは嫌だけど、教師が決めたことだし仕方ないねぇ」
そう言って、自分のペアの名前のところをペンでぐしゃぐしゃーとこすってボロボロにしてしまった。やめなさいって、何の罪もないでしょうが。
「それにしても、女の子かぁ……迷惑かけないように先導きってやらないとなぁ」
何の活動においても、女の子にまかせっきりというのはとても格好が悪い。特に生物を扱ったりするときは女の子にも抵抗があるところがあると思うので、こういう時は率先してやらないと。
実習で班のメンバーは運命共同体。自分がへまをすればペアも悪影響をもらいかねない。
それだけは避けなければならない。
「うーん、こいつ何でもやってくれるかなぁ」
こいつみたいなのだったら、無理や尻たたいてやらせるのもためらわないけどな。普通の女の子には紳士でいなければならん。
「このペア使い物にならなかったら、君のとこ頼るし大丈夫だね」
さっきから最低なことばっかり言ってて意地でも助けたくなくなるのだが。
「そうだ、君の連絡先教えてよ。これから聞きたいこととか手軽に聞きたいしさ」
「断る」
俺はバッサリと彼女からのお願いを切り捨てた。
「な、なんでよ……」
「君となんか連絡先を交換したら、何でもかんでも連絡してくるに決まっている。その上、どうせ『なんとなく連絡してみた』とか一番腹立つことしそうだしな」
「な、なぜにバレたし……」
「君を見ていたらなんとなくわかる。だから君となんて連絡先交換するなんて御免だね。君ならいくらでも話しい相手になってくれる男でも友達でもいるだろうが」
俺はそう言い放った。しかし、その約5秒後にはちょっと言いすぎたかもと後悔している。大体いっつも俺はこうだ。
「そ、そういう人が誰もいないから思い切って君ならいいかもって言ったのに……。そんなに嫌がらなくてもいいじゃん……」
あかん。本気で落ち込んでる。さすがに言いすぎたか。たまに精神的に不安定な時毒舌に毒が乗りすぎて相手をかなり悲しませてきたこの俺。
この年になっても女子を泣かしかけている。これはまずい。
「じょ、冗談だって……お前とはもう隣にいるのが普通みたいになっている仲だぜ?断るわけが……」
「ないよねー。はぁー、ちょろいちょろい。優しいくせに無駄に毒を張ろうとして毒張りすぎて不安になってるのバレバレ!」
全然落ち込んでなかったうえに嘘泣きだった。さらに俺の事も図星でバレバレだった。
「こ、こいつ!」
「言ったことに男は嘘をつかないよね♪ はい、おとなしくスマホ出して」
「ち、ちっくしょう……」
ちなみに今はまだ実習中である。スマホ触っていることがばれたら怒られます。当然のごとくね。
そんな中、彼女は器用にバレることなく連絡先を交換することを済ませてしまった。
「えへへ」
嬉しそうな顔で彼女が俺の連絡先が登録されたことを知らせる画面を見つめている。その彼女の姿はとても可愛い。
見れば見るほど、関わればかかわるほど彼女は魅力的だと思う。性格は畜生かもしれないが、本心はそうだと思えない。
こんな女の子がなぜ友達とも、男ともいないのか。やはり不思議に思ってしまう。
どうして彼女は俺と出会うまで一人だったのだろうか。それを聞けば彼女は教えてくれるだろうか。
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