第3話
「師匠、お時間です。」
弟子が、楽屋に足を運ぶ。着物の帯を締め、高座に上がる。今夜の演目は「たちぎれ」。
鳴り物と、落語が融合した、人情話である。気合十分で、舞台袖から、客席を見渡す。すると、妻が客席に座っている。
「昔は、遊郭なんかでは、線香一本で、時間を計る風土があったそうで。」
客席から、
「おっ、今日はたちぎれか。」
という声が漏れる。一席を済ませた後、弟子から、
「師匠、お疲れ様でした。」
と、挨拶される。
「お前の前で演るのが、一番、緊張したよ。」
と、夫は言う。
「今日のは、綺麗だった。」
と、私は言う。いつの間にやら、私が夫のご意見番になっている。
「一度も笑わなかったな。」
「笑い話じゃないでしょう。」
「そりゃそうだ。」
夫は、煙草に火を点ける。
「聞いて欲しい話があるんだ。」
何やら、込み入った話がある様な素振りを見せる。一瞬、怯んだが、話を聞くことにした。
「劇団を作らないか?」
正直、驚いた。
「そんなこと考えてたの?」
「落語は、もう駄目だ。若手に任せよう。俺らにゃ、俺らの道がある。」
「劇場を借り切って、やるとしたら、かなりのお金が必要になるじゃない。」
夫は、折れない。
「どんな大会社も最初は、借金から入るんだ。それは、投資っていうんだ。お前となら、必ず成功するから。」
自己破滅型の芸人には、その発想は多いが、ありかな、と少し心が揺れた。一応、夫の高座は、見てきたし、笑いのノウハウは、熟知しているつもりでいる。
「私は、アンタの高座を楽しみにしてきたのに。」
演りたい気持ちとは、裏腹に反対意見ばかりが、口を突く。
「本なら、俺が書くから。」
「人が集まらないわ。」
「何より大切なのは、人だ。それは間違いない。」
「漫才から始めるのは、どうかしら。」
いつの間にか、肯定的な意見を出している私が、そこには居た。
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