俺のスマホはこんにゃくより 9月20日 空の日 海山家にて

ななほしとろろ

俺のスマホはこんにゃくより 9月20日 空の日 海山家にて

 リビングに腰かける陸。なぜか頬を膨らませている。手にはスマホ。

 空は夕飯の支度をしながらそれを横目で見る。


「空ニィ! 今日はなんの日か知ってる?」

「いや。今日は9月20日か。うーん……なんの日だ?」


 空は味噌汁に入れる豆腐を切り分けながら首をかしげる。


「はあ!? なんで知らないのさ!! バカニィ!」

「…………」


 空は無言で豆腐を鍋に入れる。陸の機嫌が悪いときは放っておくのが得策である。


「海も山も空もあるのになんで陸だけ……。こんなの不公平だぁ!!」

「…………」


 虫の居所が悪い原因が分からない空。

 鍋の火を止めて自室に戻る。


 そしてクニツルを手に取った。

 クニツルの画面には魔法少女ルティが表示されている。

 スマホのカードゲーム画面だ。そしてクニツルはぶつぶつと何かを言っている。


「今日もルティたんは可愛いな。今日もルティたんは可愛いな」

「クニツル。頼みがある」


「空坊。俺様は今忙しい。話しかけるでない」

「どう見ても暇そうだろ」


「ルティたんルティたん」

「もう課金させないぞ?」


「どうした空坊。俺様に用か? ちょうど良かったな。暇になったところだ」

「…………まあいい。陸の機嫌が悪いんだ」


「小娘のじゃじゃ馬は今に始まったことではないだろう。いつものことではないか」

「まあそうなんだけどさ。でも、なんか気になるんだ」


「ふむ。俺様にどうしろと?」

「陸の記憶を見てくれ。なんで機嫌が悪いのか知りたい。解決できるならしてやりたいし」


「空坊は小娘のこととなるとすぐにこれだ。まあいい。下へ連れていけ」


 空とクニツルは下に向かった。


 リビングの扉を少しだけ開ける。その隙間からクニツルを侵入させた。


 5分も掛らずクニツルは戻ってくる。


「見てきたぞ」

「上で訊こうか」


 自室に戻る空とクニツル。


「まあ、大したことではないな」

「そうか。夕飯のおかずが気にくわないとかか?」


「違う。空坊。小娘に日付のことを訊かれたであろう?」

「ああ」


 クニツルの画面がインターネットの検索画面に切り替わる。

 そして表示されたのは『9月20日 空の日』と。


 その画面を見た空は、陸との会話を思い出す。


「クニツル。もしかして……」

「察しがついたようだな」


「試しに検索してみてくれないか?」

「うむ」


 クニツルは検索バーに文字を打ち込んでいく。『陸の日』と。


 検索結果は空の想像通りだった。


「そんなことかよ。海の日も山の日も空の日もあるのに、陸の日がない」

「そういうことだ」


 空はしばらく考えた。10分程。

 おもむろにノートを開き、なにかを書いていく。


 そしてクニツルに思いついた内容を話した。そのノートを見せながら。


「俺様にこれをやれと? 代償は大きいぞ?」

「もちろんタダとは言わない。そうだな、魔法少女ルティのフィギュアとかはどうだ? そのカードゲームの限定コラボフィギュア」


「――な!? そ、そ、そのフィギュアはファンの間でもなかなか手に入れることのできない代物だぞ!?」

「俺にはちょっとしたコネがあってね。どうだ? 乗るか?」


「こんなおいしい話に乗らないわけがなかろう! 任せておけ!」

「交渉成立だな」


「俺様は早速行動にうつる。しばらく会えなくなるかもしれんが。まあ心配はなかろう」

「ああ。任せたぜ! クニツル!」



 クニツルは走った。

 海山家を飛び出し走った。

 途中犬や猫に追いかけられながらも走った。

 こんにゃくという直方体の体で動きにくい。それでも走った。


 空に頼まれたからではない。

 空の妹、陸のためでもない。


 魔法少女ルティの限定フィギュアのためだ。

 そのためならどうなったってかまわない。


 クニツルは走った。



 クニツルが家を飛び出してから一週間の時が過ぎた。


 一週間も経てば、陸はさすがに『陸の日がない』ということに対して機嫌が悪いということはない。

 

 陸はリビングのテレビでゲームをしている。


 空は夕飯の支度。


 そんなとき、家の電話が鳴った。


 空はタオルで手を拭き、電話を取った。


「はい、海山です」

「その声は空坊だな」


 クニツルからの電話だった。

 空は陸に気づかれないように小声になる。


「おお、クニツル。どんな感じだ? もう一週間は経つぞ?」

「さすがに東京まで走ったのはきつかったぞ」


「おま!? 走って行ったのか? 飛行機とか電車とかあっただろう」

「うるさい! こんにゃくの体で搭乗手続きができるわけなかろうが!」


「いや――それでも色々と方法はあっただろうが……」

「まあいい。結果が全てだ! 今から10分後に緊急で国会が開かれる。テレビでも中継されるはずだ! それを空坊と小娘で見ておれ」


「ああ。分かったよ」


 クニツルは電話を切った。


 空はおもむろにリビングのソファに腰かける。


「なあ陸。テレビ見てもいいか?」

「だめ。いまいいとこなんだから。邪魔しないで」


「どうしても見たいテレビがあるんだ。頼むよ」

「うるさい!」


 空は困った。

 あと10分でクニツルの言っていた国会の中継が始まる。

 あと10分で。


 空はテーブルに置いてあるテレビのリモコンに目をつけた。これだ! と。


 空はテーブルに手をつき、前方倒立回転しながらリモコンを手に取った。

 着地と同時にテレビの前に立ち、爽やかにリモコンのボタンを押した。


「――あれ!?」


 しかし、テレビの画面はゲームのまま。

 なんどリモコンのボタンを押しても画面は変わらない。


 空は焦る。


 そして異変に気付いた。

 リモコンが妙に軽いのだ。


 すかさずリモコンをひっくり返し電池の入っている部分を開けて確認した。

 単三の電池が二本入っているはずだった。しかし、無い。入っていないのだ。


 空は振り返る。


 陸はゲームに集中しながらもニヤリとした。

 そして、鼻の穴に刺さっている二本の電池。


「クソ! やられた!」


 陸は見越していたのだ。ゲームをしているときの弱点はテレビのリモコン。それを知っていた。

 邪魔されないようにと先に手を打っていたのだ。


「それならテレビ本体でチャンネルを変えるまでだ!」


 空はテレビ横についている、本体のボタンをいじろうとした。

 しかし、すぐに異変に気付いた。


 パテでガッチガチにボタンが塞がれているのだ。


「――くそ! ここもだめか!!」


 空は振り返る。


 陸はゲームに集中しながらもニヤリとした。

 そして空は気づかなかった。鼻の穴に刺さっている電池のせいでそちらに目がいかなかったのだ。

 陸が業務用パテの入った一斗缶に腰かけているのを。


「――くそ! なんて用意のいい妹だ!」


 空は焦る。クニツルの言っていた時間まであと5分。

 こうなったらゲーム電源をコンセントから抜くしかない。と。


 しかし空はさっきので学習している。

 冷静にコンセントを確認した。


「やはりここにも手は打っていたか……」


 コンセントも見事にパテで固められている。


 空は考える。

 そしてブレーカーを落とすという案を思いつく。


 空は走った。

 玄関の上部にあるブレーカーの元へ。


 ブレーカーはパテで埋まっていなかった。

 なにか細工を施したような形跡もない。


「陸よ。この勝負、俺の勝ちだ!」


 空は背伸びをしてブレーカーのレバーに手をかけた。

 そして、レバーはゆっくりと落とされた。


「――ふ!」 


 空は勝利に浸っていた。

 しかし異変に気づく。


 音だ。


 ブレーカーを落としたはずなのに、なぜか止まないゲームの音。


「――なん……だと」


 空は急いでリビングに戻る。

 そこには衝撃の光景があった。


 フィットネスバイクを物凄い速さで漕ぐ陸。しかしゲームには集中している。


 フィットネスバイクからはいくつかコードが伸びている。

 そして前方についているライトが激しく発光している。


「そんなものどこから持ってきた!?」

「はぁ、はぁ、ママとパパのお土産よ! はぁ、はぁ、バイク型発電機!」


 空は崩れ落ちた。

 手と膝をつき涙を流す。完敗だ。と。


 空は涙で歪む視界の中、時計を確認した。


「クニツル――すまない。俺は、間に合わなかった。すまない」



 後日。


 異例の国会にて、新国民の祝日『陸の日』が誕生したニュースと、総理大臣が秋葉原で魔法少女ルティのTシャツを着て買い物をしていたというニュースで盛り上がった。


 そんなニュースを見ていた陸が言う。


「総理大臣ってルティ好きだったんだね? リクと話が合いそう」

「そうだな」


 海山家は今日も平和であった。


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