2章 救出作戦

第6話 本物の忠誠

 私が支度を終えて部屋へ戻ると、そこにリーゼロッテ様はいらっしゃらなかった。

 先に門へ向かったのかと思い向かったものの、いらしてない様だし、警備兵に聞いても見かけていないとの事だった。

 どこへ行ったんだろう。城内は安全とはいえ、この前の時と同じ状況になっていたらどうしようと頭を抱えていたその時。


「……聞いたか? リーゼロッテ様が近衛騎士に陛下の執務室に連れて行かれたみたいだぞ」

「えっ! ……また何かやらかしたのか? でも近衛騎士に連れて行かれるなんて今までなかったよな?」

「俺にも分からないよ。ついさっき聞いた噂なんだから。……それと関係あるのか無いかは知らないけど、誰か庶民みたいな女の子が同じく陛下の執務室に呼ばれたらしいぜ」

「いよいよ訳がわからなくなってきたな」


 警備兵たちの言葉を聞き終わる前に走り出していた。


 女の子、というのは予想が外れていなければエリカ様のはず。

 ……もしかして。


 最悪のシナリオが頭をよぎり、広い王城を全速力で走り抜ける。

 全てはリーゼロッテ様をお守りするために。


 しかし。

 陛下の執務室までやってきたところで、扉の前にいた近衛騎士に進路を塞がれた。


「貴様、どういうつもりだ」

「ひっ……! こっ、ここにシルヴィ様がいらしてもお通しするなとの命令でございます!」

「……!」


 また、また私はリーゼロッテ様をお守りすることが出来ないの!?


 一瞬の躊躇い。しかし、リーゼロッテ様をお守りするために。

 私は強行突破を試みる。


「ぐぅっ……! ここはっ、お通しできません!!」

「通しなさい!」


 三人がかりで押さえつけられる。

 王族の暮らす区画では戦闘用の魔法や技を有事以外に使用してはならない事になっているため、自力で通るしかない。

 並の兵士三人程度だとしたら蹴散らす事ができたものの、流石陛下のお部屋を守る近衛騎士。……強い。


「今までの生活は嫌なんです! リーゼと……リーゼと一緒に新しいスタートを切りたいんです……どうか、どうかお願いします。リーゼと、リーゼと一緒にいさせてください」

「エリカ……。私も、エリカと離れたくない。お願い、離れ離れになりたくない!」


 お二人の叫びが扉越しに聞こえてくる。

 この言葉で何があらんとするかを理解した。


「嫌、いやぁぁぁぁぁ!!!! 離して、はなし、てぇっ! エリカ! エリカぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ハッ! と一瞬チカラが抜けた瞬間、取り押さえられる。

 私としたことが……!


「リーゼロッテ様! リーゼロッテ様‼」

「くっ……もっと強く取り押さえろ!」


 感情的になってしまい、その隙に今度こそ完璧に組み伏せられてしまった。


 しばらくの間の後。


「シルヴィを連れてきなさい」


 陛下の声。私は立たされて扉の中へ入れさせられる。

 やはりと言うべきか、リーゼロッテ様もエリカ様もいらっしゃらない。

 目の前には陛下と王妃様だけ。

 ……静かに陛下が口を開いた。


「君には一週間の暇を与える。……しばらく実家で謹慎してなさい」

「ですが! リーゼロッテ様は!?」

「リーゼロッテは地方でしばらく頭を冷やしていてもらう」

「そんな……!」

「これはリーゼロッテのための事なのよ。あの子とずっと一緒にいるあなたなら分かるでしょう? あの子も、いつか変わらないといけないって」


 そう言うとおふた方は退出された。

 私はしばらくの間、突っ立ったまま呆然としていた。


 ……リーゼロッテ様を変える?

 いや、そんな事出来るはずがない。普段のリーゼロッテ様こそが本当のリーゼロッテ様なのだから。


 ……エリカ様はどうなるんだろう?

 この一週間、リーゼロッテ様に付いてエリカ様と会っていたから分かる。あの二人は一緒でないといけない。

 離ればなれになってはいけない。


 依存とは時には悪い意味で使われるかもしれない。でも、一人ぼっちで生きてきたお二人にとっては、やっと見つけられた生涯のパートナー。

 どちらかが壊れてしまう前に、二人を引き合わさなければならない。


 ……私、どうしちゃったんだろうなぁ。十年前に初めてリーゼロッテ様にお会いしたときにはただの我が儘で騒ぎを起こす女の子としか見ていなかったのに。

 今ではこんなにも大切に、守りたいと思っている。

 これが皆の言う本物の忠誠というものなのだろうか?


 この答えはまだ、見つからない。


 とぼとぼと数時間ぶりの自室へ戻ると、最低限の荷物をまとめ、馬車の旅を経て実家へと戻ってきた。

 と言っても私の生まれた侯爵家の領地は王都からそれほど離れていないから、ほんの数時間の小旅行だけれど。


「ただ今戻りました」

「お帰り、シルヴィ」

「おかえりなさい、シルヴィ」


 私の帰りを両親が迎えてくれた。

 私はこのシスタリア王国の中でも指折りの侯爵家に生まれた末っ子。

 幼い頃に読んだ絵本に影響されて騎士になりたいと言い出したときも、


『お前が誰かを本気で守れるような騎士になりなさい』


 と応援してくれた。

 厳しくも優しく育ててくれた両親は私の最大の理解者であり、応援してくれている存在である。そんな両親には昔から頭が上がらない。


 だからこそ、私は本心から思っている事を話さなくてはならない。

 リーゼロッテ様のことを。そして、エリス様のことを。


「お母様、お父様。大切なお話があります」



 * * *



「私は、リーゼロッテ様をお助けしたい。例え陛下の決定的に逆らうことになろうとも、リーゼロッテ様を大切な人と離ればなれにさせたくない」


 目の前に座る両親に事の経緯を説明し、私の心からの想いを目を見て必死に伝える。


「今までずっと一人の殻に閉じ込められてきたリーゼロッテ様が、あんなに生き生きとしているお姿を初めて見たの。……私はあの笑顔を守りたい。リーゼロッテ様に幸せでいてほしい。どうか私の名前をこの家の家系図から消してください。……私はリーゼロッテ様のためならなんだってする覚悟があります。身勝手なことをする私を許してください。でも、私はっ……!」


 言葉に詰まる。

 気付けば私の頬を涙が滴っていた。


 それまでじっと耳を傾けてくれていたお父様が、口を開く。


「……見つけられたんだな」

「ぇ?」

「自分の命をかけて守りたいと想えるお方を」


 てっきり叱責の言葉かと思っていただけに、一瞬驚きが生まれる。

 でも、その言葉の意味を理解した私は力強く頷いた。


「はい」


 この言葉に迷いはない。

 いつの間にか疑問は消えていた。

 私はリーゼロッテ様の騎士。リーゼロッテ様の望むことであれば、例え国に反旗を翻すことであろうとも共に進む覚悟がある。


 そんな私の心を見透かしたのだろうか。

 そっと目を閉じて考え込むお父様。


 お母様は静かにお父様の言葉を待っている。


「……昔話をしようか」


 数分の沈黙の後、お父様が語りだした。


「……むかしむかし、我が一族は今でこそ優秀な近衛騎士を多く輩出している家系という地位を確立しているものの、以前は全く特徴のない伯爵家だった。しかし、昔いた当主の長男フィエルダーが自らの命を賭して重症を負いつつも、王族のとある王女を賊から守り抜いたことを讃えられて今に続く侯爵家になったのは知っているね?」

「はい。昔から聞いている憧れの話です」

「うむ。……この話には実は続きがあるんだ」

「えっ?」


 私が毎日のようにお父様お母様にせがんで話してもらっていた憧れの騎士の話。

 簡単に要約したものが今お父様がおっしゃった内容だが、それに続きがあったなんて初めて知る。


「その後、助けられた王女は、賊が当時の家臣の命令で雇われていたことに激怒して支持者を連れて報復し、根絶やしにした」

「なっ……!」

「そしてそこには、もちろん王女に心からの忠誠を誓っていたフィエルダーが参加していたという。結局王女の行方はその後分からなくなってしまったそうだけど、同時にフィエルダーも消えているんだ」


 それはつまり、想像通りの事なのだろう。

 フィエルダーが王女を助け、共に逃げ出した。


「しかし……それで関わった者を出したということで我が家に処分はなかったのですか?」

「もちろん断絶しようとか、そういう話もあったと聞いている。……でも、そうはならなかった。当時の陛下が自分にも王女をしっかり見てやれなかったと後悔して、全ての責任を負った上で国の貴族やら王族のわだかまりを無くすための改革に乗り出したんだ。かの有名なレフォルマー王の時だ」


 レフォルマー王は歴代の王の中でも飛び抜けて多くの改革を成功させた人物で、今ある貴族制はその時行われた改革無しでは語れないという。


「ですが、そんな話は歴史書のどこにも書いていませんよね?」

「それはそうだ。いくら王家に正義があろうとも面目丸潰れだからね。今その王女の名前や起こした混乱のことは、王族が保有する本物の歴史書以外には書かれていないし、王族やこの家以外のほんの一部でしか伝わっていないことなんだよ」

「フィエルダーの名前が消えていないのは何故ですか?」

「お前が昔から聞いているお伽噺のように、事実とは異なる英雄譚みたいなお話で国中に伝わってしまったからだよ。仕方なくまるで空想上の出来事のように書かれているが、本当に実在したし実際にあった出来事だ」


 ……まさか幼少から憧れていた人物にそんな事実があったなんて。

 ショックなのと同時に、何故だろう。……共感できるところもある。

 今のこの状況と似ているからだろうか。


 きっと王女様に付いていくことを決めたフィエルダーも、今の私と同じ気持ち、つまり仕える主のためなら家も国も捨てる覚悟でいたのだ。

 私一人だけがこの決断をしたわけでは無い。これは私に大きな勇気を与えてくれる。


「話を続けるが、我が一族ではフィエルダーが起こした行動を恥と思うどころかむしろ最高の忠誠だと誇っている。……でないとお前にこんな話をする訳がないからね」

「……つまり、どういう事ですか?」

「私たちはお前が、主に仕える一人の騎士として立派に育ってくれた事を誇りに思う。我が家は主を想う騎士を切り捨てたりはしない。……シルヴィ、その覚悟を胸に抱いて突き進みなさい。そして、助けが必要になったならいつでも家を頼りなさい。私たちはいつどんな状況にあろうともお前を助けよう」

「……!」


 涙が溢れる。


 ……私を認めてくれる。覚悟を決めた私が何より救われる言葉。

 私は一人きりじゃない。大切な家族が後ろで守ってくれている。この事実ほど心強いことはない。


 お父様、お母様に抱きつく。

 優しく抱きとめてくれる温かい四つの手。

 私はその温かみを感じながら、しばらく両親に体を預けて泣いていた。




「それで、どうするつもりなの?」

「はい、謹慎が解けたらすぐにエリカ様をお連れして、リーゼロッテ様の元へ向かうつもりです」

「近衛騎士の任はどうするの?」

「それは……」


 しばらくして落ち着いた後、私は再び腰を下ろして相談に乗ってもらっていた。

 リーゼロッテ様と引き離されてしまった今、王城へ戻ったとしてもしばらくはロクな任務にも付けないだろうし、リーゼロッテ様を探し出す事を一番に考えていたから辞める事も考えていた。

 しかし、近衛騎士だからこそ出来ることも数多いから、もしかしたらリーゼロッテ様を探すときに役立つかもしれない。

 そう思うとなかなか踏ん切りが着かないでいた。


 そのことを伝えると……


「しばらく、体調が優れないからうちの領で休養すると伝えよう。そうすれば近衛騎士の身分は保たれるだろう」

「それが良いわね。お父さんから陛下に伝えてもらいましょう」

「……! ありがとうございます。思いつかなかったです」


 私は改めて、家族に助けられるということがどれだけ力になるかを実感すると共に、頭が上がらない思いで一杯だ。


「リーゼロッテ様のいらっしゃる場所の見当はついているの?」

「はい。後輩に聞いたところ、どうやら北部にある王族の保養地にいらっしゃるだろうと……」

「あそこか……」


 私は場所を聞いて具体的な位置を調べただけだったので、どこか重い言い方をするお父様の言葉に不安を覚える。


「何か、知っているんですか?」

「いや……あそこの近くにある街の治安が最近悪化傾向にあってな。近くと言っても気軽に寄れるような距離ではないし、そもそも保養地があることは魔法で隠されている上に公開されていないから大丈夫だとは思うが……」

「ですが、リーゼロッテ様ならもしかしたら……」

「うむ……自力で抜け出したりして街へ向かった時に万一があり得るかもしれないからな」


 まさか。とは思うけど、リーゼロッテ様ならエリカ様に会うために行動を起こしそうなものだ。

 それに、私でさえ治安の事を知らないのだからそのことをリーゼロッテ様が知る術は全くなく、私から警告して街へ向かうなとお伝えすることも出来ない。


 もちろん、私がエリカ様を連れて助けに行こうとしていることも。


「どうか、どうかご無事でいてください……」


 私はそう祈り願うと、あらゆる可能性や救出プランを模索・計画し、安全性や確実に行えるかどうかを夜も徹して考え続けるのであった。

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