第5話 リーゼを探しに

 いつも通りの朝。

 まだ日が昇り始めて間もない頃に、わたし自身の着替えもそこそこに子供たちを起こして顔を洗わせている最中のこと。


 ドンドンドン


 孤児院の扉が叩かれた。

 何だろう? と思って外へ出ると、そこには何故かお城の兵士が数人立っていた。


「……何かご用ですか?」

「エリカさんですね? 詳しい事情は後ほど説明しますので、王城までご同行願えますか?」

「えっ? ……えっ?」


 言葉遣いからは特に棘や悪意は感じられないことから、わたしを何かの罪で捕らえに来たというわけでもなく(もちろんわたしが法を犯すような事をした事はないけれど)、彼らが単に職務を遂行している最中なのだと予測できた。

 だけれども、何の心当たりも無いのにはいはいと付いていくことは出来ない。


 そう思って躊躇っていると、ここにいる数人の兵士の中でも偉さを感じる、先程の言葉も述べていた隊長のような人物が説明を加えてくれた。


「リーゼロッテ様の件で、とお伝えすれば分かりやすいだろうとの事ですが、心当たりはありますか?」

「……!」


 リーゼロッテ……様? 確かに初めてあったときからどことなく高貴な雰囲気は漂わせていたけれど、本当の貴族だとは思わなかった。ならば尚更、なぜ兵を使ってまでわたしを呼び出したのだろう。


 ……何か嫌な予感がする。

 でも、リーゼが関わっているのに何もせずにいる事は出来ない。わたしは覚悟を決めて頷いた。


「分かりました。でも、少しだけ待っていて貰えますか? 小さい子達に挨拶してくるので」

「いいでしょう。出来るだけ手短に」


 わたしは建物の中に入ると、真っ先にシスターの部屋に向かった。シスターはリーゼと会ったこともあって、わたし達の味方をしてくれている。


「お母さん!」

「おやおや、どうしたんだいエリカ」

「……リーゼが何か良くないことになっているみたいで、わたしがお城に呼び出された」

「それは……穏やかではないねぇ。説明、している暇はなさそうだね。分かった、行ってきなさい」

「ありがとう」


 お母さん、とはいえ実際は白髪を伸ばしているおばあちゃんなシスター。けれども孤児院のみんなの想いを汲んでくれて様々なアドバイスをしてくれる優しい人。

 強くて優しい人生経験豊富なお母さんが何かを感じ取ったのだろうか。十分な説明なしに行ってきなさいと言ってくれた。

 これだけ心強いことはない。


 走って自分の部屋に戻ると、着替えのときに外したままだったリーゼから貰ったペンダントを首から下げる。

 そして動きやすい服を身につけると部屋を出た。


「エリカおねぇちゃん、どこいくの? ごはんまだできてないよ〜」

「おさんぽ? おさんぽ? わたしもいくー!」

「ごめんね、ちょっとお姉ちゃん出かけてくる用事ができちゃったんだ。すぐに戻るから、お母さんの言うことちゃんと聞いて待ってるんだよ?」


 いつもと違う雰囲気を感じたのだろうか。

 そういう空気に敏感な子どもたちが駆け寄ってくる。

 わたしはこの子たちの目線に合わせるように屈むと、一人ひとりの頭を撫でて言い聞かせた。

 そして立ち上がり、パンをひとかじりすると玄関へ向かおうとした。


「エリカ」

「お母さん?」

「これ、付けていきなさい。……神様からのご加護がありますように」


 後ろから声をかけられて振り向くと、お母さんがミサンガをわたしにくれた。

 ……今思い出した。これ、昔お母さんから一度だけ見せられたことがある。


「幸運の……」

「そう。困ったことがあったときに、幸運が訪れますように」

「でもこれ、お母さんの師匠からもらったやつじゃ……ううん、ありがと」

「気をつけてね」


 早く行きなさい、という想いを感じてわたしはお礼だけを言うことにした。

 わたしが何日も出かけてかえってこないときみたいな空気、本当なら軽く吹き飛ばしてしまいたいところだけど、今回ばかりは分からない。

 ただ事ではないと直感が伝えていた。


 今度こそ外へ出ると、兵士に先導されて近くに停めてあった目立たない馬車に乗り込んで一路お城へと向かうのであった。




 窓がないため今どこか分からないから正確な位置は分からないけど、外から伝わる活気や人々の会話の断片からお城に近づいているということは解った。

 しばらく走ったところで何度めか馬車が停まった。


 ガチャッ


 今まで歩行者や交差点で一時停止していただけだったけど、今度こそ着いたようだ。

 眼前には、直角に真上を見上げてもてっぺんが見えないくらい大きなお城がそびえ建っていた。


 今までは遠くから眺めるだけで、こんなに近くまで来たことは初めてだ。

 どうやら裏口から通されるようで、想像よりかは遥かに豪華なものの、幾分落ち着いている雰囲気の廊下を通される。

 途中何度も身体検査と所持品検査を通り抜けて辿り着いた、どこか今まで見たいかなる空間よりも厳かな造りの扉の目の前。

 ……こんなに緊張するのは初めて。助けて、リーゼ……。


 コンコンコン


「失礼します、お連れしました」

「入れ」


 ガチャッ


 扉が開くと、目の前に高貴で厳かな雰囲気を纏った男性と、同じく直視できないくらい立派なオーラを放ってくる女性がソファに座っていた。


「……君とリーゼロッテの関係について話があったから呼んだ。今リーゼロッテを連れてこさせているから待ちなさい」

「っ……! ……はい」


 言葉から感じるとんでもない圧力。……直感でこの方たちには逆らえないことを悟った。

 緊張しながら大人しく腰を下ろす。


 痛いほどの沈黙。

 足がガクガク震え、泣きそうになる。

 こんなところ、一生のうちに入ることなんか二度と許されないだろうから今のうちに見ておきたいなんていう気持ちが、さっきまでわたしの心の隅にあったけれど、無理だ。

 震えをなんとか収めようと膝を手で強く押さえ、さっきからずっと前を向けない視線は膝小僧を見たままだ。


 体感では数時間に感じられた、実際には十分も経っていなかったらしい僅かな時間の後、コンコンコンというノックの音で沈黙が破られた。


 扉が開くとともに現れたのは、最愛の人。


 安心とともに涙が出てきそうになったけど、なんとか平静を保った。


 ……それから先のことはショックで思い出したくもない。


「まさか、リーゼが本物のお姫様だったなんて……」


 リーゼが連れて行かれる最後の瞬間の耳を劈くような叫び声が今も残っている。


 リーゼが連れて行かれた後、すぐに追いかけられないようにとわたしはお城の中にある牢に閉じ込められた。

 ……牢と言っても、街で暴れたときに一時的に入れられるような、冷たくて簡易的な部屋ではなく、貴人が軟禁される時に使っているような豪華な部屋だ。


 この部屋だけで孤児院の一階がまるまる入るんじゃないかというくらいの広さがある。

 床には絨毯が敷かれ、見たこともないような高級な調度品、大きくてふかふかふわふわなベッド。

 ここが地下で、扉に付けられた監視用の小窓以外に窓がないこと以外には一切不自由のない空間。


 でもわたしは、せっかくの経験だからくつろごうなんてことは出来ない。

 愛する人と二度と会えないかもしれないという時に、ゆっくりくつろごうなんて気にはならない。


 リーゼが本物のお姫様だとしても、わたしはリーゼを諦めない。

 わたしとリーゼは、一生を共にすると誓ったのだから。


 どうにかして抜け出してリーゼを追いかけなきゃいけないのに、いかなる魔法も物理的な攻撃も通用しないという事が実践により判明したこの部屋から抜け出すことは不可能。


 もどかしいまま、期日である一週間後を待つしかリーゼを取り戻す手はないのだ。


「リーゼ……会いたいよぉ……。絶対、絶対助け出すからね」



 * * *



 一週間後。

 ようやく開放されたわたしは、来たときと同じく兵士たちに馬車で送り届けられた。


 一週間留守にしたことで心配をかけた子供たちや、ハグとともに迎え入れてくれたお母さんの暖かさに緊張の糸がやっと切れて涙が溢れ出してくる。

 心の支えだったリーゼから貰ったペンダントに口づけし、感謝する。


 軟禁されていた中で、寝る間を惜しんでリーゼをどうやって助け出そうかと考え続けたものの、どこに連れて行かれたのかも分からないし、たかだか孤児の力ではどうにもならないという現実の壁。


 この日、わたしは自分の無力さにずっと部屋に篭って泣いてばかりいた。


 ……でも、次の日。わたしのもとに、リーゼと二度と会えないかもしれないという運命を変えてくれるきっかけとなる人物が現れたのだ。

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