第4話 引き離される運命

 エリカと恋人同士になってから一週間ほどが過ぎたある朝。

 いつものようにエリカに会いに行くため着替えを済ませて城下へ向かおうと部屋の扉を開けると、見知らぬ近衛騎士が数人立っていた。


「……何?」

「国王陛下と王妃様がお待ちです」

「お父様とお母様の用事なのになんでこんなに多所帯なのよ?」

「私たちはリーゼロッテ様をお連れするようにとしか伺っておりません。……ご同行願います」


 両脇に一人ずつと先導の三人の近衛騎士に囲まれて、よく見慣れた両親の部屋にたどり着いた。

 シルヴィはシルヴィの支度があったので今はいない。

 両親からしたら何か大切な話があって逃げられたくなかったのだろう。別に呼ばれれば普通に行くのに。

 こういう時に信用がないと嫌な思いをするんだ。


「陛下、リーゼロッテ様をお連れしました」

「入れ」


 応接室の扉が開かれると、そこには厳粛な面持ちのお父様とお母様がいた。そしてその対面にどこかで見たことのあるような少女が……って!


「エリカ!!」

「リーゼ……」


 愛しの人が泣きそうな顔をしてこちらを見つめてきていた。


「どうしてエリカがここにいるのよ!」


 思わず激昂する。エリカがヒッと肩を竦めるのを見て、そっとその肩に優しく手を置く。


「ごめんなさい、今のはお父様とお母様への言葉。……で、どうして連れてきたの!?」

「今朝、執務室の机にこんな報告書が置かれていてね。読んでみなさい」


 ぽすっ、と軽い音と共に目の前に置かれた巻物。

 荒々しく手に取って巻かれていた赤いリボンを床に捨て、エリカの隣で立ったまま目を通す。

 一行目から巻物を持つ手が震えだし、一行読む毎に怒りが倍増してゆく。


「なんなのよ……なんなのよ‼ コレがどうしたって言うの!? 私が誰と恋愛をしようが勝手でしょう!?」

「そうだな。別に私も母さんもお前が誰とーー貴族であろうと平民であろうと結婚するのは構わない」

「じゃあ、じゃあエリカが孤児だからって駄目だというの!?」

「そうだ。お前に限らず王族と付き合いいずれ結婚するのであれば、身分に関係なく身元がしっかりしている者でなくてはならない。しかし、その子にははっきりとした身元がない」

「……っ!」


 薄々感じてはいた。きっと私とエリカの仲は認められることはないだろうと。

 でも、私とエリカならそれを乗り越えてゆけるだろうと同時に確信していた。

 それはまだ先のことだろうと思っていたのに。

 改めてはっきり言葉で伝えられるのは想像以上にショックだ。


 軽く聞こえるかもしれないけど、ただ現実を私が見れていないだけ。もしかしたらエリカともう会えないだなんて考えたくないし信じたくなんかない。


 エリカの方をちらりと見ると、突然のことに呆然と私を見つめてきていた。私は何がなんだか分からかい状況に震える冷え切ったエリカの手を握ることくらいしか出来ない。

 ……そういえば、まだ私の事をエリカに言ってなかったなぁ。なんて現実逃避しても後の祭り。

 今目の前には、大好きで大切なエリカと離れ離れになるかもしれない。その危機が迫っている。


「私、エリカと離れ離れになるなんて嫌……。なんでいつも私ばかり嫌な目に合わなきゃいけないの……? お姉様は自分のしたいことをなんでもしているのに。私だけ好きなことが出来ないじゃない!」

「シャルロッテは好きなことをする以前に自分のしなくてはならないことはきちんとやっていたわよ。あなたはどう、リーゼロッテ? 授業は聞かないし、私たちの言葉も届いてない。王族としてしなければならない公務も放り出して、毎日のように城下へうつつを抜かしに行っている。……自分でも分かってるでしょう?」

「分からないわよ‼」


 分からないわよ。なんで……なんで頭ではきちんと理解してるのにやろうとしないのか、分からないわよ……。

 いつもその時の楽な事ばかりをして。このままじゃ駄目だって分かってるのに。変わりたいのに。どうして……。

 でも、私は信じている。エリカとならば、二人でならばこの先何があろうとも乗り越えられるって。

 私は信じたものを、いかなる時も信じ続ける。

 私にはお姉様とは違った生き方がある。他の人とは違う、私だけの生き方がある。それをエリカと見つけるんだ。


「それで、だ。リーゼロッテ。……私たちはお前のその性格は根本的にどうにかしないと将来のためにならないだろうと考えていたんだ」

「このままではいけないことは、あなたも分かっているはずよ。……だから、あなたにはしばらく頭を冷やしてもらうために地方に行っていてもらう事にしたわ」

「……ぇ?」

「今回のような事がまたあってはいけないからね。……悪いが予定を早めて今から行ってもらう。王族としての自覚と責任を思い出しなさい」

「まって、待ってよ! エリカは……? エリカとはどうなるの!?」


 突然の言葉にパニックになる。

 私はもう、エリカなしでは生きられない。エリカと約束したから。

 二人でこれからの将来を探して行こうって。

 なのに。なのに‼


「この子にはあなたの事を忘れてもらうしかないわ。……元々出会うことが許されなかった身。無かったとこにすれば今まで通り、何も変わらない生活が出来るわ」

「今までの生活は嫌なんです! リーゼと……リーゼと一緒に新しいスタートを切りたいんです……どうか、どうかお願いします。リーゼと、リーゼと一緒にいさせてください」

「エリカ……。私も、エリカと離れたくない。お願い、離れ離れになりたくない!」


 はじめてエリカが口を開いた。そこで口にした想いは私と全く同じもの。

 必死に私とエリカは懇願し続ける。もう私たちは別々には生きていけない。二人一緒に新しい世界を見つけに行こうとしたのに。

 ……どうしてこの世界は。この身分は私に対して意地悪なの……?


「残念だが、それはできない。近衛、リーゼロッテを連れて行きなさい」

「嫌、いやぁぁぁぁぁ!!!! 離して、はなし、てぇっ! エリカ! エリカぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 無理矢理両脇から、私をこの部屋まで連れてきた近衛騎士達に掴まれて連行される。

 エリカが泣きながら縋ってきたものの、もう一人に羽交い締めにされて動くことが出来ないみたいだった。


 そして私はそのまま別室に連れて行かれ、しばらく待たされた後にやってきたお父様と共に王族と許可を受けた者たちが使用できる、転移魔法陣を使ってどこか知らない土地へ飛ばされた。


 あれこれ説明を受けるけど、全て耳から抜けていく。

 そしてすぐにお父様は王城へと戻り、ここには知らない近衛騎士数名とメイド、執事のみが残された。


 逃げ出そうとしても、常にいる近衛騎士の視界から逃れる事はできないし、ここがどこだか分からないから逃げようもない。

 私の唯一の味方であるはずのシルヴィは、朝支度するように言ってから会えていない。


 ……私は本当の一人になってしまったんだ。


「ねぇエリカ……。やっぱり、一人って辛いよぉ……」


 私は部屋のソファの上で膝を抱えると、足に顔を埋めて声を押し殺すようにして泣いた。

 声を上げて泣いたら、エリカに知られてしまいそうな気がしたから。


 助けて。

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