第4話 アイリスおばあちゃん

「アイリスおばあちゃん!」


 少女が家の玄関ドアを勢いよく開く。小人達は咄嗟に指の影に身を隠し、指の間からこっそりと家の中の様子を伺う。


 家に入るとふんわりとした暖かさと美味しそうな香りが小人達を歓迎するように包み込む。


「これが人間の家…何もかもがでかいな……」


 インクが家の中の空間の広さに圧倒されている時、キッチン横の扉がガチャリと音を立てて開いた。そしてそこから淡い紫色のもじゃもじゃ頭のおばあさんが出て来た。


「どうしたんだいモモ、そんなに慌てて」

「あのねアイリスおばあちゃん、この子達アイリスおばあちゃんの畑で見つけて…その、すごくお腹をすかせているみたいなの……」


 『アイリスおばあちゃん』と呼ばれるそのおばあさんが、少女モモから視線を下に落とすと、少女が広げた手の先には三人の小人の姿があった。

 アイリスと目が合ったインクは再び恐怖が襲ってきたようで、身体を震わせ始めた。


 アイリスはほんの少しの間目を丸めて驚いていたが、すぐにニッコリと微笑んだ。


「怖がらないでいいのよ、寒かったでしょう。まずはその身体の泥を落としましょうね。モモ、寝室からタオルを持っておいで」


 そう言うと、アイリスは三人の小人に背を向けキッチンでコトコトとお湯を沸かし始めた。あっさりと自分たちのことを受け入れられて少しポカンとしているインクとプリムをよそに、スカーは好奇心を駆り立てられて周りをキョロキョロと見渡している。モモは彼らを連れて左奥の部屋へタオルを取りに入った。


 その部屋にはシンプルなベッドと小さなテーブル、照明などが置かれている。

 寝室だ。モモが寝室へ入って扉を閉めると、すかさずインクがコソッと口を開く。


「おい、何故あんなにあっさりと受け入れられたんだ」

「インクが食べ物に見えたのかもね」

「えっ…!!」


 プリムが悪魔のような囁きをインクにしたことにより、彼は再び腰を抜かしてしまった。


「何変なこと言ってんのよ……というよりなんであんたもそんなの信じてんのよ……。まぁ、詳しくはアイリスおばあちゃんが話してくれるわよ」


 モモは呆れた顔をしたまま寝室にあるチェストの引き出しを開け、タオルを何枚か取り出し、アイリスの待つリビングダイニングキッチンへと再び向かった。


 寝室から出ると、インクは借りてきた仔犬のようにとても大人しく、なるべく目立つまいとしているように小さく丸まってしまった。


「アイリスおばあちゃん、タオル何枚か持って来たよ」

「ありがとう。じゃあその小人さん達を暖炉の前に下ろしてやっておくれ」


 モモが言われた通りに小人達を暖炉の前に下ろすと、アイリスは小さい桶に、人肌程度に温めたお湯を注いで暖炉の前へとやって来た。そしてお湯の入った桶を小人達の横に置き一息吐くと両腕の袖をまくり上げた。


「小人さん達、お名前は?」

「スカー!なのだ!」


 元気よくスカーが手を挙げ名乗る。それを見てアイリスはふふふと笑みをこぼす。


「よろしくねスカー。私はアイリス。この子はモモ。仲良くしてあげてね。そちらのお二人は?」


 アイリスが視線をインクにやると、インクは先程とは比べ物にならないほどガタガタと震え始めた。きっと臆病なインクの目にはプリマの悪魔の囁き効果もあり、悪魔のようなアイリスが見えているのだろう。


「僕はプリム、こっちはインクだよ。」


 プリムはそんなインクのことを横目にしれっと答えた。


「そうなのね、プリム、インク、よろしくね。…大丈夫よ、別にとって食べたりしないから安心しなさいよ。ふふっ」

「ほら!大丈夫って言ってんでしょ!あんたいつまで震えてんのよ……」


 モモが震え上がって今にも泣き出しそうなインクを横目に呆れた声を出す。


「うっうるさいな!ベベベベベつに怖がってなんか…!」


 モモの呆れた声にハッとして見栄を張るインクだが、身体は正直なもので相変わらず震えている。


 二人のやり取りの中、アイリスは小人達を見回し、なにやら考えている様子だった。二人の会話が終わると、すぐさま口を開く。


「さてと、あなた達とても汚れているから、服を脱いで。拭いてあげるわ。ご飯はそれからよ」

「わかったなのだ!」


 スカーはすぐさまスポポンと着ていた服を脱ぎ捨てて裸になった。スカーが桶のお湯で絞ったタオルで全身を綺麗に拭かれている間、プリムとインクはなかなか服を脱ごうとしない。そんな二人の様子を見て、アイリスが何かを悟ったようにニヤッとした。


「あら、あなた達…もしかしてモモに見られて恥ずかしいのかしら?」

「ちっ違うし!ベッ別に…」


 プリムとインクは顔を真っ赤にして反論したが、アイリスには全てがお見通しのようで、モモに後ろを向いているように言い、二人の服を脱がせた。


「モモ、この子達の服を綺麗に洗濯してあげてちょうだい。」

「わかったわ」


 モモは汚れた小人達の服を持って、外へと出て行った。


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