第92話 苦渋一宇

 みんなが部屋から出て行く人見彰吾のうしろ姿を無言で見送る。

 扉が閉まるまで誰も言葉を発さなかった。


「なんか、思い詰めてたね、人見くん……」


 扉の外の足音が遠ざかり、聞えなくなったところで福井が口を開く。


「うん、責任感の強い人だから……、謹慎というより、休暇が必要だったよね、少しゆっくりしたほうがいいよ……」


 と、徳永も同意する。


「参謀班の班長代理は雫だったよね、呼んでくる?」


 徳永が東園寺に尋ねる。


「いや、次回からでいい、続きをやるぞ」

「はい」

「はぁい」


 と、みんなが返事をする。


「それにしても、この主催っていうのが会談の相手だよね? 千騎長アンバー・エルルム……、千騎長って、どのくらいの役職の人? 結構偉いのかな?」


 と、和泉が巻物を翻訳した紙を見ながら疑問を口にする。


「うーん……、千騎長の騎って何をあらわしているか不明だけど、仮に騎士、千が人数だとしたら……」


 と、私が和泉の疑問に答えはじめる。


「さらに単一兵科だと仮定して、人数が千人以上なら、レジメンタル、つまり、連隊、そこの指揮官は大佐がなる。で、千人以下ならバタリオン、つまり、大隊、そこの指揮官は中佐、ないし少佐。で、さらに仮定の話しだけど、この千人の騎兵が単一兵科ではなく、随伴歩兵や弓兵、その他偵察も付随していた場合は人数が跳ね上がり、ブリゲイド、つまり、旅団クラスになる、この規模の指揮官は、少将、ないし准将がなる……」


 カップの水をちびちび飲みながら大雑把に説明してやる。


「へぇ……、少将とか准将かぁ……、かなり偉い人がくるんだね……」


 和泉が感心したように言う。


「単一兵科だと思うから、佐官クラスだと思うよ」


 それでも相当偉いのは確かだけどね。


「ナビー、やけに詳しいのね、どこで憶えたの?」


 と、徳永が聞いてくる。


「うん?」


 うん? 

 あっ……。


「え、あ、うん……、ああ……、たぶん、大河とか悠生が言ってたの、憶えてた……」


 やばい、苦しい言い訳をしてしまった。

 二人に確認されたらアウトだ……。


「南条くんと青山くんに? そうなんだ……、でも、よく憶えてたね……、授業でもそれくらいの記憶力を発揮してくれると助かるんだけど……、今日のテストといったら……」


 なぜか、溜息をつく。

 でも、なんとか誤魔化せたみたい、セーフ……。


「無駄話はそこまでだ、続けるぞ」


 東園寺が巻物に目を通しながら言う。


「ああ、すまん」


 と、和泉が巻物を翻訳した紙をテーブルの中央に戻す。


「会談の申し入れを受ける。その際の戦略と、会談に赴く人選だが……」


 議題を提起する。


「戦略かぁ……、やっぱり、こういうのは、人見くんに行ってもらったほうがいいと思う……、彼、頭いいし……」

「いや、参謀班からは南条に来てもらおうと思っている」


 福井に言葉に東園寺がすぐに返す。


「南条くんか……、頭いいよね、あの人も……」


 福井も相槌を打つ。


「とりあえず、勝敗ラインを設定する。魔法のネックレスの存在が帝国に知れず、しかも、和解し攻め込まれもしない、これが理想だが、到底実現不可能な状況だ」


 彼の言葉にみんなが頷き、次の言葉を待つ。


「なら、勝敗ラインをもう少し下げる。魔法のネックレスを材料に交渉し、隷属、属国化を避け、条約締結を目指す、この際、対等、平等な条約でなくとも受け入れる」


 妥当なラインか……。


「幕末の日本が取った手? 屈辱的な条約を締結して、相手との戦争を避けて時間を稼ぐ?」

「不平等条約解消に何十年かかったと思っているの? その間、私たちは彼らに魔法のネックレスを献上するためだけの存在に成り下がるの? そもそも、彼らには魔法がない、それを与えるということは、私たちのアドバンテージを放棄するのと同じよ、魔法は私たちの最大の武器、それを放棄するなんて絶対に許されない」


 徳永、福井から不満が噴出す。


「そうだ、福井、俺たちの活路はそこにあるんだ」

「活路……?」


 福井が首を傾げる。


「だからこその魔法のネックレスだ、あくまでもネックレス、魔法そのものではない、魔法の存在は何が何でも隠し通す、魔法のネックレスを魔法ではなく、そうだな、特殊な鉱物、ここで取れる鉱物を加工して生産しているというようにする。そうすれば通常の貿易、交易として片付けることが出来る。ただの特産品、そう相手に思い込ませ、大軍を持って攻め込む価値もない、ただ、商取り引きをすればいい相手と結論付けさせる。それが我々の勝利条件となる」

「なるほど、そこで、最低限の武力か……、ちょっと脅迫してやればすぐに降伏すると思われれば交渉の余地などない、逆に、脅威的な戦力を有していると思われれば、魔法のネックレス以前に排除に乗り出すかもしれない……、そこで、最低限のそこそこの戦力が必要になってくるというわけだな」

「その通りだ、和泉、あくまでも魔法のネックレスも、武力も、交渉材料のひとつに過ぎない、我々をどう高く売りつけるかだ」


 それにしても、ホントこいつら、真面目に色々考えてよね……、すごく政治っぽい……。


「木を隠すなら森ね、魔法は魔法のネックレスの中に隠す、うん、納得した」

「でも、やっぱり戦いになる可能性もあるのね、ちょっと不安……」

「それは交渉次第だ、徳永、極力戦争は避ける。で……、会談、交渉に赴く人選だが……」


 と、東園寺が一同を見渡す。


「俺と南条……、あと和泉、おまえも一緒に来てくれ」

「了解した」


 和泉が力強く頷く。


「この三人に、通訳のエシュリンを加えた四人で会談に臨む」

「うん、わかった、異論はないわ」

「頑張って、この会談に私たちの命運がかかっているから」


 福井と徳永が同意する。

 班長全員満場一致だけど……。


「はい、はぁい! はい、はぁい!」


 と、私は元気良く手を挙げ、発言の機会を求める。


「では、異論はないな、これでいくぞ……」


 東園寺が私をちらっと見ただけで無視しやがった。


「はい、はぁい! はい、はぁい! はい、はぁいってばぁ!!」


 さらに飛び上がって両手を挙げてアピールする。


「わかった、わかった、落ち着け、ナビーフィユリナ……、で、なんの用だ、手短に頼むぞ……」


 やっと指名される。


「えっとねぇ、私が行くの、その会談に!」

「はぁ?」


 東園寺が眉をひそめる。


「ナビー、遊びじゃないのよ」

「また別の機会にしましょうね」


 徳永と福井にたしなめられる。

 まるで子供扱いだなぁ……、ちょっと真面目にやるか……。


「みんな大事なこと忘れてるよ、エシュリンはマスコット班、私の部下だから、その部下を私の許可なく危険なところに行かせられないから」


 キリっとした顔で言ってやる。


「ああ、そういえば、そうだったな……、なら、今、出向の要請をする、エシュリンを通訳として同伴させる、異論はないな、ナビーフィユリナ?」

「許可出来ない」


 即答してやる。


「ナビーフィユリナ……、通訳が必要なのだ……」


 東園寺が疲れたような口調で言う。


「通訳が必要だったら私が行くよ、公彦、それで文句ないでしょ?」


 得意げに笑ってやる。


「却下だ、技能に疑義がある、正確に意味を伝えられる通訳が必要なのだ、おまえでは若干の不安が残る」


 むかっ。


「エシュリンは素人なんだよ……、なんの素人かって? それは日本語でもワ・パース語でもない、彼女は、信義、信条、思想、哲学、道徳、政治、経済、軍事、定義、公理、私たちの有するあらゆる常識がわかってないのよ、私ならつたないワ・パース語でもその意味を理解し正確に彼らに伝えることができる。意味がわからなければ、いくら語学に堪能でも伝えられないのよ」


 と、熱弁してやる。

 でも、これは建前、本音はエシュリンを信用していないから、前の虚偽通訳を今でも引きずっている。

 例え虚偽通訳でなくとも、わずかなニュアンスの違いで係争に持っていくことだって可能、それをやられたら、私たちにとって大打撃となる。

 ここは誰がなんと言おうと私が行く。

 私たちの未来がかかっているんだから。


「うん、そうだね……」

「ナビーの言う通り……」

「ナビーってたまにすごいこと言うよね……」


 と、東園寺以外の班長三人がそう言ってくれる。


「やはり危険だ、命の危険がある、ナビーフィユリナ、おまえはここに残れ」


 このクソガキ……。

 私は頭に血が登り、席を立ち、東園寺のところへつかつか歩いていく。

 うん? 

 これは、さっきの人見と東園寺のシチュエーションにそっくり。

 おお……、じゃぁ……。


「公彦……」


 と、彼の胸倉を両手でつかみ上げて、思いっきり睨みつけてやる。


「なんだ、ナビーフィユリナ……?」


 そして、その顔に近づけて言ってやる、


「めぇ……」


 と。

 おっと、それはシウスだ。


「ねぇ、公彦、命の危険とか言っているけどね、あなたが死んだら、私たちもおしまいなのよ、それだけ、あなたは私たちにとって重要な存在、運命共同体なの、そして、それでも、あなたがこの会談に赴く、それは、この会談に私たちの命運がかかっているから。あなたはいつもリソース、リソース言っているけど、今がその最大リソースを割くべきとき、私、ハル、そして、あなた、この三人が私たちの最高戦力、考えうる限りの最強布陣……、だから……」


 一旦、言葉を切り、両手に力を込め、彼の目を思いっきり睨みつけて、


「いいから、つべこべ言わずに、黙って、私を連れて行け、クソガキ」


 と、静かに、低い声で言い放つ。


「ナビーフィユリナ……」


 こうして、私も帝国との会談に同行することになった。

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