第45話 獣はいふなり

「それでは、ミッションクンプリート者とゲーム失格者はこちらで待機していてください」


 と、司会の南条が山本と鹿島にこっちに来るようにと促す。


「終了までここで静観していてください、手出し無用、口出し無用でお願いします。えーっと、では、見張りはエシュリンにやってもらいましょう」

「はい、ぷーん!」


 そこは広場の北側、割と普通なナビーフィユリナ記念会館の前になる。


「あと、ゾンビは-3ポイントになりますからご注意下さい、ああ、ゾンビとはミッションコンプリート、または失格したのにも関わらず、その後もゲームに参加し続け人の事ですからね」


 つまり、ゲームのクリア、失格の判定は運営だけではなく、参加者の自己申告にも頼るってわけね。


「それでは、ゲーム再開! ファイ! ファイ!」


 と、南条がプロレスのレフリーみたいな仕草でゲームの再開を宣言する。


「みんな……」


 私はみんなに近寄り小声で話す。


「一回、ロッジに帰ろう」

「ロッジに?」

「そこに隠れるの、ナビー?」

「ううん、違うよ、みんな、こっちのターゲットがばれたから相当不利になった、だからね、それを補うために偽装するの、みんな、学校の制服に着替えて変装するの、あと、顔の見えにくい帽子もね」


 と、私はみんなに作戦を伝える。


「うん、いいアイデアね」

「そうね、みんな一旦自分たちのロッジに戻って着替えてきましょう」


 徳永と綾原も賛同してくれる。


「あ、作戦がばれるの嫌だから、みんな適当にばらばらに走ってロッジを目指してね。あ、あと、美衣子、美咲の制服、上着だけ私に貸して」

「うん、わかったわ、ナビー、準備しておく……、それじゃ、行くよ……、よーし! 作戦開始! 男子たちをぶっ倒すよ!!」


 と、徳永が偽装用の掛け声を大きな声で叫んでくれる。


「「「おお!!」」」


 それを理解した女子たちも、拳を突き上げて叫び、


「「「わあああ!!」」」


 と、蜘蛛の子を散らすように、四方八方に駆け出していく。


「お!? 女子チームが本気になったぞ!!」

「やばい、やられる! 一旦退却だぁ!!」

「逃げろぉ!!」

「ひゃっほお!」


 と、男子たちが一斉にルビコン川のほうに走っていく。

 びっくりするくらい、簡単に引っかかってくれた……。

 私は彼らを横目にロッジへと向かう。

 それから、私たちはすぐに着替えて中央広場の手前に集合する。

 まぁ、私は着替えてはないんだけどね、とりあえず帽子だけ、この長い金髪をどうにかしたかった。


「はい、ナビー」


 と、紺色のブレザーを徳永に着せてもらう。


「ありがとう、美衣子」


 お礼を言いながらそれに袖を通す。


「よし」


 帽子も大丈夫、ブラウンの帽子、探偵が被っているような帽子とぶかぶかのブレザー、丈が太ももくらいまできて白いワンピースが見えにくくなっている。

 一番背の低い福井でも私より10センチ以上高いけど、遠目だったらわからないと思う……。


「よーし! じゃぁ、私はルビコン川の索敵に行ってくるね!」


 と、私は手を振りながら男子たちが向かった先、ルビコン川へ続く道に向かって走りだす。


「いってらっしゃぁい」

「気をつけてね、ナビー!」

「捕まっちゃ駄目だよぉ」


 みんなも手を振って応えてくれる。

 全速力で駆け抜ける、

 ラグナロク広場を出て500メートルほど走ると、少し開けた場所に出る。

 ここは、ちょうどルビコン川とラグナロク広場の中間地点にあり、資材置場などに使われている。

 広さは、そうね、直径30メートルくらい、その真ん中に焚き火があり、明かりを確保してくれている。


「誰もいない!」


 それを確認して、先を急ぐ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が切れた……。

 しかも、暑い、美咲のブレザーがとっても暑い……。


「はぁ……、ひぃ……、はぁ……、ひぃ……」


 と、やっとルビコン川に到着。


「ふぅ……、ふぅ……、ふぅ……」


 私は広葉樹と膝に手を付きながら呼吸を整える。

 とりあえず、袖で額の汗を拭いながら、周囲を見渡す。


「焚き火がある……」


 そして、その側には人影が一つ……。


「お、ナビーか? どうした、その格好、偵察にでも来たのか?」


 それは秋葉だった。

 その彼が一人で焚き火に薪をくべている。


「あ……」


 蒼、そう言いそうになった……。

 危ない、危ない失格になるとこ……、いや、大丈夫、ここは、ルビコン川、私の指定場所だ……。


「あ、蒼……、どうしたの、一人で?」


 と、私は他に誰かいないか警戒しながら彼に近づく。


「一応、危険があるかもしれないから、人が行きそうなところに明かりを点けてまわっているんだよ」


 彼が優しい笑顔で話してくれる。

 チャーンス、私のターゲットが自分だって気付いていない。


「そ、そうなんだ、他のみんなは……」


 そう言いながら彼に近づく。


「ふっ、敵に情報を教えるわけないだろ、ナビー?」

「ひどーい、蒼、教えてくれてもいいでしょ……」


 とか言いながら、ブレザーのボタンを外し始める。


「いや、いや、って、なぜ、服を脱ぐ?」


 彼が怪訝そうな表情を見せる。


「ふふ……、それはねぇ……、誰もいないからだよ、蒼……、前に言ってたよね? 俺の事が好きならどうとかって、それをね、今からしようと思うの……」

「え? ちょ、ちょっと待て、ナビー、あれは冗談だって!」


 秋葉が動揺している! 

 なんか、楽しくなってきた! 


「ふふふ……、もう、遅いよ、蒼……、私、もう、決めたんだから……」


 と、ボタンを全部外し終わり、ブレザーを脱ごうとする……。


「な、ナビー、やばいって!」


 秋葉が数歩たじろぐ。

 私はそれを追う。


「ふふふふ……、ねぇ、聞いて、蒼……?」


 うん? 

 ちょっと待てよ、ここでミッションコンプリートしたら、もうゲームには参加出来なくなるんだよね? 

 そしたら、みんなに男子の情報を教えられなくなる。

 それをやったらゾンビで-3ポイントだからね……。


「うーん……」


 と、脱ぎかけたブレザーを羽織り直す。


「じゃぁ、他のみんながどこに行ったか教えて?」


 すぐに切り替える。


「お? 色仕掛けで情報を聞き出そうとしたのか? 10年早いぜ、ナビー」


 彼は察したのかにやりと笑う。


「教えてくれなくても、大体想像はつくけどね、また前と同じように森の中を行軍しているんでしょ? たぶん、女子の背後を突く気だと思うから……、ヒンデンブルク広場あたりを目指しているのかな?」


 と、適当な事を言う。


「うぐ、それは言えん……」


 うん、正解だったみたい。


「ありがと、蒼、その反応でわかったわ」


 よし、みんなに報告に戻ろう。

 と、踵を返して歩きだす。


「あ、蒼はずっとここにいるんだよね?」


 立ち止まって彼に尋ねる。


「い、いや、俺もみんなと合流する……」


 うん、その反応でわかった、ここで見張りをしているのね。


「ありがと、蒼、じゃぁね、ばいばい!」

「お、おう……」


 走りながら肩越しに彼を見る。

 ふふっ……。

 ずっとそこにいてね、あとで二枚抜きしてあげるから……。

 そして、そのまま、来た道を戻る。


「みんなぁ!」


 と、ラグナロク広場に到着して、みんなのところに走っていく。


「みんなぁ! 男子たちの作戦がわかったよぉ!」


 大きく手を振りながら走る。


「みんなぁ!」


 もう、大喜びで、帽子を取ってそれを振りまわしながら走っていく。


「ねぇ、みんなってばぁ!」


 ついでに、髪をとめていた白いシュシュも外す。

 ああ、長い髪が風に泳いで気持ちいい。


「な、ナビー……」

「おかえりなさい……」


 と、みんなが中央広場の手前の草原で出迎えてくれる。

 でも、みんなの元気がない……、と云うか人数が少ない……。


「あれ、他の人は? どこかに陽動でも行ったの?」


 と、周囲をキョロキョロとしながら尋ねる。


「そ、それが……」

「あっち……」


 みんなが広場のほうに視線を向ける……。


「ああ!?」


 笹雪とか伊藤とか女子4人が割りと普通なナビーフィユリナ記念会館の前にいる! 


「や、やられたの!?」


 しかも、山本の他にも男子が3人増えている! 


「う、うん……」

「飛行機の前で楓と若菜が、調理室の前でめぐみと千香がそれぞれ……」


 し、失格が5人になった……。


「ど、どうしよう、全然手加減してくれないよ、男子たち……」

「このままだと負けちゃうよ……」


 と、口々に弱音を吐く。

 それに、なんか、クリアした男子たちがこっちを見てにやにや笑っているし……。


「むっかぁ! それで、男子たちはどっちに行ったの!?」


 もう、あったまきたぁ! 


「うん? ナビー、会わなかった? ルビコン川のほうに走って行ったよ?」


 海老名が指を差して教えてくれる。


「誰とも会ってない……」


 と、なると、やっぱりやつらは森の中を移動しているのね……。

 なら、素直にそのままルビコン川に向かうはずはないから、迂回してヒンデンブルク広場に向かって、そして、また女子たちの背後を突く作戦に出るはず。


「よーし! みんなはそのまま警戒してて! 失格だけは気をつけてね!」


 と、私はすぐさま、ヒンデンブルク広場に向かって全速力で走り出す。

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