第46話 白いケープ

 ヒンデンブルク広場へ向かう道は狭く走り辛い。


「ひぃ、ふぅ、ひぃ、ふぅ」


 走るのを止め、呼吸を整えつつ歩く。

 ラグナロク広場からルビコン川往復で約2キロ、そして、ここまで500メートル、そのほとんどを全速力で駆け抜けたせいで、もう息も絶え絶え……。

 なにより、上着のブレザーが暑い、超暑い、もう凄い汗だくになっている。

 それから少し歩くと明かりが見えてくる。

 ここも、ルビコン川へ向かう道と同じように、中間地点に広場がある。

 真ん中に焚き火。

 直径30メートルほどの広場の外周には切り倒した木材が積まれている。

 また、日が届くようになったせいか、今来た道とは違い地面が乾いていて、うっすらと雑草も生えだしていた。


「暑い、暑い……」


 やばい、汗が滝のようにでる……。

 鹿島のブレザーがびしょびしょになる……。

 とりあえず、ブレザーを脱ごう。


「うんしょっと……」


 と、脱いだブレザーを木の枝にかけて乾かす。


「だめだ、汗が止まらない……」


 もう、これも脱いじゃえ! 

 と、白いワンピースも脱ごうと思ったけど……。


「あ、あれ……?」


 なんか、取れた。

 肩から羽織るようになっていた白いひらひらが取れた。


「おお、これ、ケープか!」


 タオルみたいな長いやつ、それを両肘のところのボタンで留めるようになっていた。


「ふぅ……」


 それで顔とか首の汗を拭き取る……。

 ついでに肩とか背中とか色々なところも拭いちゃえ。

 湿度が高いせいか、全然汗が引かない……。

 ごしごしっと……。

 こっちもっと……。


「こんなものかな……」


 少しさっぱりした。


「うんしょっと……」


 また木材に上がり、白いケープをブレザーの隣に干す。


「うーん、ちょっと、乾かしておくか、美咲に怒られそうだしね……」


 と、ブレザーと白いケープが風に泳ぐ様を見上げながらつぶやく。

 とりあえず、ヒンデンブルク広場の偵察、その帰りに回収でいいかな。

 と、ヒンデンブルク広場に向かおうとすると、反対方向、ラグナロク広場方面の道から足音が聞えてきた。

 だ、男子たちか!? 

 私はとっさに木材を飛び越えて森の中に隠れる。

 ヒタ、ヒタ、と、足音が近づいてくる……。

 音から察すると、相手は一人、誰だ……? 

 と、私は木の影から顔を出して広場の中央付近を見る。

 やっぱり一人だ。

 その人物は銀縁メガネの頭の良さそうなやつ……。


「彰吾……?」


 そう、参謀班の人見彰吾だった。

 彼は運営、ゲームマスター、男子チームではない……。


「ほぅ……」


 拍子抜けして大きく息を吐き出す。


「しょ……」


 と、声をかけて出て行こうと思ったけど……。

 あいつも男……、男子チームと繋がっているかもしれない。

 このままやり過ごすのが無難か……。

 私は頭を引っ込めて息を潜める。


「うん……?」


 と、人見が何かに気付いた。


「あれは……?」


 こっちに歩いてくる音がする……。

 やばい、気付かれたか……。

 奥の木に逃げようと思ったけど、足音が止まった。

 私はそっと、木の影から顔を出して辺りを確認する。


「制服……、それに、タオルか……?」


 人見が私の干していたブレザーと白いケープの前に立っていた。


「誰のだ?」


 彼が私の白いケープを手に取る……。


「あったかい……、それにかなり湿っているな……」


 白いケープを手に取りながらつぶやく。


「くんくん、くんくん……」


 そして、匂いを嗅ぎ出す。


「こ、これは……、くんくん、くんくん……」


 くんくんがくんくんしている……。


「くんくん、くんくん……」


 これは、チャンスだよね? 


「くんくん、くんくん……」


 彼は夢中で私の白いケープの匂いを嗅いでいる。

 私は木の影から出て、遠回りに人見の背後を突く。


「くんくん、くんくん……」


 そーっと、置いてある木材にあがり、うしろから覆いかぶさるように腕をまわして口を塞ぐ。


「くん?」


 そして、彼の耳元に顔を近づけて言ってやる、


「めぇ……」


 と。

 間違った、それはシウスだ。


「ねぇ……、彰吾……? なにをやっているの……? それ、私のケープだよ……?」

「おごっ?」

「黙って、聞いて、ナビーよ」

「なごぉ?」

「でもさぁ、前にもこんな事なかった? 前は私のバスタオルだったよね? それと合わせて、今回は私の汗がたっぷり染み込んだケープ、その匂いを嗅いでいたなんて……、みんなが知ったらどんな顔をするでしょうね、もう、信用ガタ落ちよ、あの人見くんがねぇ、って……」

「お、おごぉ……」

「だからね、この事は黙っていてあげるから、取引しましょ?」

「とごぉ?」

「そう、取引、私たち、女子チームの味方になって、これは名誉挽回のチャンスよ」


 そっと、彼の口元から手を放す。


「わ、わかった、キミの指示に従う……」


 と、人見が口元を押さえながら振り返る。


「私のケープ返して!」


 彼から白いケープを奪い返す。

 そして、木材の上を両手で広げてバランスを取りながら歩き、風通しの良さそうなところにもう一度白いケープを干す。

 最後にパンパンとして、風に泳がす。


「そ、それで、俺は何をすればいいんだ、ナビー?」

「そうねぇ……、何をやってもらいましょうか……」


 気持ち良さそうに風に泳ぐ白いケープを見上げながら考える。


「何か、全員の足止め、動けなくなるような魔法ってない?」

「ない事はないが、一人では厳しいな、南条、青山、それか綾原、海老名、その誰かのサポートが必要だ」


 そっかぁ……、綾原と海老名か……。


「雫と唯には言っておく、なんて伝えればいい?」

「俺に向かって、限界まで媒体照射レティクルを撃ち続けろ、それだけいい、あとは俺がなんとかする」

「おお、頼もしい……」


 さすが大魔道、頼りになる。


「じゃぁ、彰吾、あなたはラグナロク広場に戻っていて、そこで私の合図を待つのよ!」

「わかった、キミは?」

「私はヒンデンブルク広場の偵察に行って、出来れば、男子たちをラグナロク広場に誘導するから!」

「わかった、広場に戻る」

「お願いね、彰吾!」

「ああ、汚名返上だ」


 彼がかすかに笑って言う。


「うん!」


 と、彼に手を振りながら走り出し、ヒンデンブルク広場に向かう。

 中間地点を出て、50メートルも走れば、すぐに明かりは届かなくなり、暗闇が支配する世界に様変わりする。

 道が狭く、広葉樹が伸ばした枝が樹冠を作り、星明りさえ遮る完全な闇……。

 バチャン。


「あっ!」


 と、水溜りを気付かずに踏んでしまい、激しい水しぶきを上げる。


「ああ……、泥はねが心配……」


 このワンピースは今日みんなからもらったばかりの誕生日プレゼントだからね……。

 と、裾の泥はねを気にしながら走っていると、前方から明かりが見えてくる。

 ボウッと、暗闇に浮かぶ火の玉みたいなの……。


「ううん……?」


 目を凝らして見る。


「うーん……?」


 なんだ? 


「あーん……?」


 わからん。

 と、思ったら、それはランタンだった。

 誰かがそれを持ってこっちに歩いてくる。


「だ、誰だ……?」


 相手は一人、あっちももう私に気付いていると思う。

 なのに無言で歩いてくる……。


「おーい!」


 と、ちょっと怖くなったので、手を振りながら声をかけてみる。

 でも、相手は無反応……。

 段々近づいてくる……。


「お、おーい……」


 や、やばい、お化けかも……。

 と、思ったら、それは狩猟班の和泉春月だった。


「な、なんだ、ハルか……、驚かせないでよ……」


 胸を撫で下ろす。


「それで、こんなところで何やってるの、ハル? 見回り?」


 秋葉もそうだけど、狩猟班の男子が安全管理をやっている感じがする。


「ハル?」


 でも、その彼は何も言ってくれない……。


「ねぇ、ハル……?」


 不安になって彼の顔を覗き込む。

 その表情はいつも通り、柔和なもの……、でも、何も言わない……。


「ど、どうして、何も言ってくれないの……、うん……?」


 と、言うと、和泉は笑顔でヒンデンブルク広場のほうを指差す。


「うーん……?」


 何度も広場のほうを指差す。


「一緒に行こうって……?」


 すると、和泉は大きくうなずく。


「うーん……?」


 あーん……? 

 ははーん……。

 ははーん! 

 さては、和泉のターゲットは私だなぁ? だから話せないんでしょ! 

 そして、指定場所はヒンデンブルク広場! 


「うん、いいよ、ハル!」


 と、私は元気よく和泉の前を歩きだす。

 くくく……。

 ヒンデンブルク広場に着く前に勝負を決めてやる……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る