第40話 魔王降臨

 夕方になると雲が出てくる。

 低くわた飴のような積雲が空の大きさを表現し、空高くヴェールのように流れる巻雲が空の深さを表現する……。

 そして、空の青さはそれぞれの雲の白さによって際立たされる……。

 太陽が大きく傾くと、それに伴い風はひんやりと冷たくなり、その一方で湿度は上昇していき、昼間よりも暑苦しさを感じさせる。

 それに虫の鳴き声も重なり、より一層の夏を演出する……。

 風に前髪が広がる……。

 服の様々な箇所から風が入り込み、私の体から昼間の熱を奪っていく……。


「えへへ……、機嫌がいい……」


 そっと目を閉じ、風が私の髪で遊ぶのを黙認する。


「ナビーは座っててね、今日の主役なんだから」

「うん、翼」


 私は目を開け明るく返事をする。

 そう、今夜は私が主役、主賓だ。

 なんたって、今日は私の誕生日なんだから。

 広場はがやがやと騒がしく、楽しげな雰囲気に包まれている……。

 ここ、中央の大きな焚き火のある石畳の広場で私のお誕生会が開かれる。

 そこにテーブルが円状に置かれ、生活班の福井とかが飲み物や前菜などを配膳していく。

 ちなみに、私の席は大きな焚き火の真ん前で、背中がじりじりと熱かった……。

 まぁ、主役だから仕方ない、一番明るい場所に座らせられるのは当然だよね。


「どうぞ、ナビー」

「ありがとう、麻美」


 と、私のテーブルにも、飲み物と前菜、サラダみたいなのと、あと果物のデザートが置かれる。


「おいしそう」


 私は目を輝かせて、色んな角度からサラダとデザートを覗き込む。


「ええ……、では、ナビーフィユリナ・ファラウェイの11回目の誕生日を祝う会を始めさせていただきたいと思います……」


 始まるみたい。


「ええ……、司会は、参謀班の南条大河と」

「青山悠生でお送りいたします」


 ほう、司会は参謀班か……。


「ええ、では、最初に乾杯をさせていただきます。ご出席の皆様、お手元のグラスをお持ちください」


 私はグラスを取る。


「では、音頭を取らせていただきます……、まず、正面を御覧下さい」


 と、南条が指し示す方角に視線を移す……。


「あそこに見えますのは、割と普通なナビーフィユリナ記念タワー、そびえ立つその姿はまさにバベルの塔、挑むのは我らか? それとも神か? やつらが神ならば、我々は悪魔なのか? 傲慢なのはどっちだ? さぁ、戦おう、生き残るのはどっちだ?」


 な、何を言ってるんだ……? 


「そして、その向こうに見えますのは……、ヘルファイアーパァース!!」


 急に大声出されてびくっとなった……。


「その名は地獄、その実天国、行った事はないがきっとそうだ、行こうじゃないか、地獄の火峠……、天国に乾杯!」

「「「天国に乾杯!」」」


 ちょっと、待て、私の誕生日はどこいった? 

 ま、まぁ、いい、いつもの事よ、あいつらいっつも、私の事からかって遊んでるから……。


「て、天国に乾杯……」


 と、私もヘルファイア・パスにグラスをかざしてから口をつける。


「お、おいしい!」


 なんだろう、すごく冷えている炭酸飲料。

 甘い、ミルクの炭酸飲料、うーん、それだけではない気もするなぁ……。

 コクコク、と、何度も口に含みながら考える。


「でしょ? はちみつ入りのスペシャルドリンクなんだから」


 と、夏目が説明してくれる。

 おお、はちみつ入りかぁ……。

 言われてみると、はちみつっぽい。


「おかわり!」


 と、私はからっぽのグラスを夏目に差し出す。


「はい、はい」


 彼女は私のグラスにはちみつミルクソーダを注いでくれる。


「うん、おいしい!」


 と、それも飲み干す。

 よし、次は前菜……。

 むしゃ、むしゃ……。

 うーん……、香菜と葉物野菜のサラダ。

 ゴマと塩の味付け、でも、ちょっと浅漬けみたくなっている……。

 むしゃ、むしゃ、うーん、まぁ、まぁ。

 よし、完食! 

 次! 

 と、私は次のお皿に目を移す……。


「うーん……?」


 なんだぁ、これはぁ? 

 お皿の上に洋ナシがひとつだけ乗っている……。

 でも、普通の洋ナシではない、てかてかしている……、何かで漬けた感じ……。

 私は指つついでみる……。


「こ、凍っている……」


 そう、冷凍洋ナシだ、それも、飴みたいなのでコーティングしてあるやつだ……。


「それは、ひらりが考案したものよ、ナビーちゃん」

「まだ、試作品だけどね」


 と、狩猟班の笹雪めぐみと雨宮ひらりが笑って言う。

 おお……、スイーツ……、これが女子の世界三大モテ趣味の一つと言われるスイーツか……。

 私は冷凍洋ナシのへた、果柄の部分をつまんで持ち上げる。

 そして、そのまま、目線をより上に持っていって、下から洋ナシを眺める。

 あ、したたってきた! 

 私は急いでそれを舐めとる。

 ぺろぺろ……。

 はむはむ……。

 ぺろぺろ……。

 はむはむ……。

 えい、かじっちゃえ! 

 すると、洋ナシの中からシャーベット状のアイスが出てきた! 

 なにこれぇ、すごーい。

 私は無心でちゅーちゅーしてシャーベットを吸いだす。


「すごいでしょ、これ?」


 と、雨宮も私と同じように下からちゅーちゅーしながら言う。


「うん! 中にアイスでも入れてるの?」

「違うんだなぁ、それが……」

「そうそう、ひらりだけの必殺技」

「必殺技ぁ?」


 私は首を傾げる。


「よし、じゃぁ、特別にナビーにだけ見せてあげよう!」


 と、雨宮が普通の洋ナシを取り出す。


「あはっ、ひらり、ちゃんと持ってきてんじゃん、最初から見せるつもりだったんでしょ?」

「それは言わない約束よ、めぐみ……、じゃぁ、見ててね、ナビー」

「うん……」


 雨宮が左手の上に洋ナシを置き、そして、右手で何やら構える……。


「クロルト、闇夜に沈む小さな闇よ、アデュラン、広がり覆え、慟哭の虚栄、闇夜を飲み込め、魔王降臨アルタス・トレス


 彼女の魔法詠唱が終わる……。


「いくよ、ナビー」


 そして、右手を洋ナシに近づける……。


「あ?」


 不思議な事が起きた。

 雨宮の右手が洋ナシの中に入った。

 しかも、ねじ込んだとか突き刺したわけじゃなくて、すっと、すり抜けように手が入っていった……。

 まるで手が透明になったかのように……。


「不思議でしょ、ナビーちゃん、これね、ひらりだけが出来るの、そもそも魔王降臨アルタス・トレスって、こんな魔法じゃないんだけどね、ひらりがやるとなぜかこうなるのよ」


 と、笹雪が私と同じように洋ナシを見ながら説明してくれる。


「私は透過手って呼んでいるけどね……、よし、こんなものかな……」


 雨宮が手を引き抜く。

 その洋ナシは最初と同じ、手を差し込んだのに、少しの穴も開いていない。


「はい、ナビー、食べてみて、それと同じように下から」


 と、私は洋ナシを両手で受け取る。


「うっ……」


 触れた瞬間にわかる、異様にぶよぶよしている……。

 おそる、おそろ、へたをつまんで、洋ナシの下から唇をはわす。

 そして、少しかじってみる。


「あ……」


 ミキサーで作った、どろっとしたジュースみたいなのがしたたり落ちてきた。


「あ、あ、あ……」


 と、零れ落ちないように一生懸命ジュースを舌や唇を使って吸う。


「ね、おいしいでしょ、ナビー?」

「う、うん……」


 心底ぞっとした……。

 これって、人に使ったらどうなるの? 

 心臓とか握り潰せるの? 

 いや、それよりも、服とか鎧もすり抜けられるの? 

 魔法障壁は? 


「では、宴もたけなわとなってまいりましたので」


 と、そんな事を考えていると、司会の南条大河の声が聞こえてきた。


「ここで、ひとまず休憩、主賓のお色直しのお時間とさせていただきます」


 いや、まだ始まって30分も経ってないよ……。


「待ってました!」

「やったぁ、楽しみ!」

「来ましたわ!」


 と、女子のみんなが席を立つ。


「いこ、ナビー、お色直しよ」

「うん? どこへ、翼?」

「あっちよ、記念会館で衣装替えよ」


 と、夏目がウインクして言う。

 あ、そうか! 

 プレゼントのお洋服か! 

 それに着替えて、みんなにお披露目するんだね! 

 と、私も大喜びで席を立つ。


「それでは、お色直しの時間を利用して、男性の皆様にはBBQの準備に取りかかっていただきましょうか!」

「「「BBQ!」」」

「そおれ、BBQ! BBQ! BBQ!」

「「「BBQ! BBQ! BBQ!」」」


 そのかけ声に送られながら、私たちは割りと普通なナビーフィユリナ記念会館に向かう事になった。

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