第39話 地獄の火峠
現地の人たちがラグナロクを訪れてから5日が過ぎた。
「高いなぁ……」
そして、今日、ようやく見張り台が完成した。
私は下から口をぽかーんと開けながら見張り台を見上げる。
「よし、登ろう」
と、私は外周のらせん状に設置された階段を登りはじめる。
「1、2、3……」
とりあえず、何段あるか数えてみよう……。
「50、51、52……」
階段はまだまだ続く……。
ちなみに、この見張り台はすべて木造で、一段、一段登る度にぎしぎしと軋んだ音をたてて、私を不安にさせる。
「70、71、72、うう……、風が強くなってきた……」
長い金髪がはためき、スカートがめくりあがる……。
「くっ……、怖いから手すりは離せない……、残るは右手のみ……、どっちだ、髪とスカート、どっちを押さえる……、きゃっ!」
と、反射的にスカートを押さえる。
この際、髪はしょうがない。
「84、85、86……、到着!」
やっと見張り台のてっぺんに着いたぁ!
86段と云う事は……、1段が20センチくらいだから……、大体17メートルくらいね。
「お、来たか、ナビー」
「大丈夫だったか? 転ばなかったか?」
と、この見張り台を作った生活班の山本新一と佐々木智一が私を出迎えてくれる。
「大丈夫よ、新一、智一……」
私は乱れた髪を直しながら彼らのもとに向かう。
見張り台の頂上には屋根があり、そこは鐘楼のようになっていて、中央にはちゃんと大きな鐘も設置されている。
「どうだ、ナビー、いい眺めだろ?」
「そうね……」
と、私は手すりを握って景色を眺める。
見える世界は広大な広葉樹の森々……。
見張り台はちょうど広葉樹群と同じくらいの高さ、身長の分だけ上にくるって感じ。
だから、この高さなんだね……。
また見張り台はルビコン川へと向かう道の正面に建っていて、その向こうにはルビコン川のきらきらと光る川面も見る事ができた。
「いい天気……」
風は強いけど、強い陽射しが照りつけ、空は青く澄み渡る。
「いいだろぉ、ナビー、この割と普通なナビーフィユリナ記念タワーは?」
くっ……。
「苦労したからなぁ、この割と普通なナビーフィユリナ記念タワーを作るのに」
ふざけやがって……。
割と普通なナビーフィユリナ記念会館といい、人の名前をネタにしやがって……。
まぁ、いい、名前くらい……、さっ、気を取り直して、景色、景色っと……。
広葉樹よりも高い位置にあるおかげで、その奥の山々も見る事ができた。
一周ぐるっと、見渡す限り、全方位に山がある。
おそらくカルデラだろうと云う話だ。
直径20キロくらいの巨大カルデラ……、阿蘇と同規模かな?
で、私たちのラグナロク広場はその巨大カルデラの中央付近にある。
そうそう、エシュリンたち、現地の人たちの村は、正面、ルビコン川の向こうの山を越えて、さらに20キロくらい進むとあるらしい。
なので、ここから30キロくらい先の位置となる。
正面の山々は、そうね、500メートルくらいの高さだと思われる。
ちなみに、正面の山にも名前を付けた。
ヘルファイア・パス。
そう、地獄の火峠だ。
もちろん、私が付けた。
だって、放っておくと、ここと同じように、割と普通なナビーフィユリナ記念峠になりそうだったんだもん。
まぁ、つまり、まとめると、見張り台の正面、ルビコン川の向こう、10キロほど先にある山がヘルファイア・パスで、それを越えて、さらに20キロほど進むと、エシュリンたちの村、ナスク村があるって感じだ。
「じゃぁ、見学は終りしよう、ナビー、どこかに不備があるかもしれない、もう一回点検する」
と、佐々木が私に見張り台から降りるように促がす。
「はぁい!」
「それじゃ、俺は今夜の準備があるから先に行くぞ、佐々木」
「おう」
と、山本が先に見張り台を下りだす。
「いやぁ、楽しみだなぁ……、今日の誕生会……」
私が階段を下りだすと、うしろから、そんな佐々木の楽しそうな声が聞こえてくる。
「おい、やめろ、佐々木、思い出しただけで、腹がよじれる」
と、前を歩く山本までそれに追随する。
「だな、思い出しただけでやばい、ホント、楽しみだぜ、今日のナビーの誕生会」
そう、今日は私の誕生日、みんながお誕生会を催してくれる手はずになっている。
「おっと、それ以上はなしだ、佐々木、ナビーに感づかれちまう」
「お、そうだな、楽しみは取っておかないとな」
もちろん、楽しみではあるけど、なんか不安……。
女子のプレゼントと出し物は全部わかっているけど、男子が何をくれるか、何をするのかはわかっていない……。
まぁ、この口ぶりだと、相当酷いものだとは思うけどね……。
私の予想だと、せっかく作ったこの割と普通なナビーフィユリナ記念タワーを盛大に燃やすんだと思う。
火薬とかいっぱい積めて。
夜にやったら綺麗だと思うんだ、と云うか、男子のプレゼントと出し物が気に入らなかったら、私が火をつけてやるんだ、もう大激怒だよ。
「さて、翼たちと野菜の収穫にでも行くか!」
と、気を取り直して、最後の三段をジャンプして下りて、元気よく駆け出していく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
でも、野菜の収穫はすぐに終わる。
夏目たちがお誕生会の準備をするらしく、早々に切り上げたからだ。
なので、私は暇。
遊んでおいでって。
「まだ、3時くらいかぁ……」
手で日影を作りながら傾きかけた太陽を見上げる。
最近になって、みんながせっせと働く理由がやっとわかったよ。
暇になるとね、本当にやる事がないんだよ、私はこれから、あと3時間、いったいどうしてればいいの?
「うーん……」
でも、仕事はある!
クルビットの牧羊犬としての訓練!
私が逃げて、クルビットが追い駆ける!
「いやぁ、大変な仕事になるなぁ」
と、意気揚々と牧舎に向かう。
「わ、はっぷ、がっぱ、ぷーん!」
「がっぱ、ぷーん!」
その時、ルビコン川に向かう道のほうから現地の人たちが広場に入ってくるのが見えた。
「うん?」
私は足を止めてそちらのほうを見る。
「がっぱ、ぷーん」
「るって、がっぱ、ぷーん」
「ご苦労だった、よく来てくれた」
「こんにちは、お疲れ様です」
と、それを、東園寺や徳永、人見たちが出迎える。
もちろん、その傍らには、通訳のエシュリンもいる。
「ああ……、また物を売りに来たのか……」
そういえば……、クルビットが飲むミルクがなかったよね、シウスたちも大喜びで飲んじゃうからすぐなくなる。
「買ってこよ」
と、私はそちらのほうに足を運ぶ。
「ナビー!」
エシュリンが私に気付いて駆け寄ってくる。
「あ、エシュリン、クルビットのミルクあるかな? それ欲しい」
「ある、ぷーん! 持ってくるように言った、ぷーん!」
「おお、それはよかった、猪肉の燻製もよく食べるけど、やっぱりミルクじゃないと駄目だよね」
「持ってくる、ぷーん!」
「うん、お願い」
と、エシュリンが現地の人たちのもとへ走っていく。
「あ、エシュリン、通訳して、この生地とこの毛皮が欲しい、それをこのボールペンとノートで交換ってのはどうかしら?」
品物を値踏みしていた徳永がエシュリンを呼び止めて言う。
「はーす、ぽぽろりてぃ、かっぷ、るーす、あっす」
「ふーあー、ぽぽろりてぃ」
現地の人が首を横に振る……。
「足らないと言っている、ぷーん」
「ああ、やっぱり、これだけじゃ駄目か……、なら、このポーチも付けるわ」
徳永は茶色のサイドポーチを差し出す。
「ふーあー、ぽぽろりてぃ……」
また首を横に振る。
「ええ……、まだ足らないの?」
「ぽぽろりてぃ、わ、るって、きゅりてぃりーてぃー、はーす、ぷーん」
「あのネックレスじゃないと駄目と言っている、ぷーん」
「ネックレス……? あの人見くんの……?」
徳永が人見を振り返る。
「ふっ、しょうがないな……」
と、人見がポケットから魔法のネックレスを取り出す。
「これが欲しいんだろ?」
現地の人にネックレスを渡す。
「ほっろー!」
と、その人がネックレスをして、その場で嬉しそうに飛び跳ねる。
「ぽぽろりてぃ!」
そして、最後に生地と毛皮を徳永に渡す。
「さすが、人見くん、ありがとう!」
と、徳永も大喜び。
「ふっ……」
「人見くん! こっちもお願い!」
「やれやれ……、忙しいな……、エシュリン行こうか」
「はい、ぷーん!」
そして、次の商談に向かう……。
うーん……、東園寺が渋い顔をしているな……。
まぁ、普通にまずいよね、あれは……。
もう、魔法のネックレス以外では何も売ってくれないよ。
そんな事より、私のミルクはどうしたの?
「ありがとう、人見くん、素敵!」
「ふっ……」
「人見くん、私も欲しい物があるの!」
「なんでもいいぞ、全部買ってやる、俺は女性の味方だからな……」
と、人見が次々と商談をまとめていく。
やばいわ、彼……、最初は沈着冷静で、凄く頭がキレるイメージだったけど、最近はなんかおかしい……。
そう、あの夜からだ……。
あの露天風呂攻防戦の時からおかしい……。
「きゃあ! かっこいい、人見くん!」
「次々、私も!」
「ふっ……、少しは休ませてくれ……」
それから、私は彼らの商談を見守りながら、自分のミルクが来るのをじっと待ち続けた……。
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