第38話 クルビット

「これは魔法のネックレスだ」


 人見が手にしていたのは、以前、私に渡そうとしていた、あのシルバーのネックレスだった。


「神の祝福を受けた魔法のネックレス……、これで、ここにあるすべての物を売ってくれないか? それだけの価値はある」


 と、そのネックレスを見せながら話す。


「るって、なぎ、きゅりてぃりーてぃー、はーす、ぽぽろりてぃ? くわす、わ、はーす……」


 それをエシュリンが通訳する。


「なぎ、きゅりてぃりーてぃー?」


 あのおじいさんが物珍しそうにネックレスを覗き込む。


「どれ、着けてやろう、動くな」

「でっど、ろーす」


 人見がおじいさんの首に手を回してネックレスを着けてあげる。


「ほっろー、すっしー?」


 と、おじいさんが自分の身体をきょろきょろと見る。

 そして、少しジャンプする。


「ほっろー?」


 さらに小走りで走りだす。


「ほっろー!」


 笑顔を走り回る。


「ほっろー!」

「ろーす、ぷーん!」

「ろーす、わっぱ、ぷーん!」


 と、他の現地人たちも一緒に走り回る。

 でも、かなり身軽に見えるよね、やっぱり、私のこのネックレスよりも性能がいいのかな? 


「るって、ぽぽろりてぃ、ぷーん!」


 と、ひとしきり走り回ったあとで、あのおじいさんが両腕を広げて言う。


「えっと、十分です、全部大丈夫です、ぷーん」


 エシュリンがそう通訳する。


「ふっ……」


 それを聞いた人見がメガネを直しながらみんなに振り返る。


「聞いての通り、交渉成立だ」


 にやりと笑い、メガネを光らせる。


「おお! さすが人見、交渉上手だぜ!」

「凄いわ、人見くん、かっこいい!」

「きゃあ! 素敵、人見くん!」

「ふっ、ふふっ……」


 人見が何度も人差し指でメガネをつんつんしながら照れ笑いする。


「すごーい! お塩もあるよ!」

「こっちはコショウだよ!」

「服! サイズが合わなくても生地としても使えるよね!」

「肉だぜ、ハムか?」

「うん……? 酒みたいなのもあるな……」


 と、みんながお供え物に群がって、それらを手に取り見せ合いながら話す。


「ふっ……、すまんな、ナビー」


 人見が私の隣に来てそう話す。


「うん?」

「キミのタリスマンは後回しになるかもしれん、しばらくは外貨としてのネックレス、アミュレット作成に忙しくなりそうだ」

「ああ……、いいよ、別に、待ってるから」

「だが、いくら時間がかかっても手抜きはしない、スペシャルなタリスマンを作ってやる」

「うん、楽しみに待ってる」


 みんなを見ながらそんな話をしていると……、


「うわあああああああ!?」

「うっぎゃおおおおお!?」

「どっりゃあああああ!!」


 と、そんな叫び声が森の中から聞えてきた……。

 もういい、ホント、もういい……。


「ナビー! ナビーはどこいったぁああ!?」

「出て来い、ナビー! 大変なんだぁ! ナビー!!」

「ナビー! ナビー! ナビー!!」


 とか、私の名前を連呼しながら、狩猟班の3人、和泉と秋葉と佐野が走り出てきた。


「いた、ナビー!」

「ナビー、聞いてくれ! 大変なんだぁ!!」

「もう、うちで飼うしかないんじゃないのかな?」

「さ、佐野、その台詞はまだ早い!」


 もうコントだろ、こいつら……。


「う、うあ……?」


 と、和泉が目の前まで来て、はじめて現地の人たちの存在に気付く。


「あ、あれ……? もしかして、エシュリンの迎えにいらしたの?」

「ハル、そんなのどうでもいいから、今度は何を拾ってきたの?」


 まぁ、おそらく、孤児だろうから、拒否は出来ないんだけどね……。


「そ、そうなんだよ、ナビー! 大物を狙って、追い駆けていたら、逃げていったんだよ! そしたらこいつが取り残されていたんだよ!」

「たんだよ!」

「たんだよ!」


 適当になってきたな、こいつら……。


「うーん? どれどれ?」


 今度はなにかなぁ、と、思って佐野が持つその小さな動物を覗き込む。


「かわいい」


 それは、小さな、小さな……。


「子犬?」


 ふわふわとした毛並みの小さな子犬。

 色は青、水色とまではいかないくらいの薄めの青。


「くるぅ……、くるぅ……」


 ちょっと元気がないかな……。

 そっと、その背中をなでる。


「くるぅ……」


 うーん……、元気ない……。


「ねぇ、エシュリン、このお供え物の中になにかこの子が飲めそうなミルクみたいなものないかな?」


 たぶん、お腹が空いてるんだと思う。


「ある、ぷーん!」


 と、エシュリンが走って、つぼと小皿を持ってきてくれる。

 そして、小皿を地面に置いて、つぼに入っているミルクを注ぐ。


「できた、ぷーん!」

「よし、獏人、その子をミルクの前に置いて、そっとよ」

「うい」


 と、佐野が子犬を小皿の前に置く。


「くるぅ! くるぅ!」


 そうすると、子犬が勢い良く、ミルクを舐めだした。

 やっぱり、お腹が空いてたんだ! 


「よかったぁ、変な病気じゃなくて……」


 子犬の横にしゃがんで、食事の邪魔をしないように、手の甲で優しくなでる。


「くるぅ! くるぅ!」

「えへへ、よかった、よかった」


 それにしても、変な鳴き声だよね、ワンワンじゃないんだ。


「それじゃぁ、名前を付けよっか、ね、ナビー?」


 と、和泉が私の隣にしゃがんで笑顔で言う。


「名前かぁ……」


 そっと、手の甲で子犬の頬のあたりをなでる……。


「くるぅ! くるぅ!」


 嫌だったのか、顔をぶるぶるとして私の手を振り払う。


「あ、ごめんね」

「くるぅ! くるぅ!」


 そして、またミルクを舐め出す。

 うーん、くるぅ、くるぅ……。

 うん、そうだね……。


「クルビット」


 この子の名前はクルビットだ。


「クルビットか、いい名前だ、よかったな、クルビット」


 と、和泉が微笑ましく子犬を見ながら話す。

 ちなみに、クルビットは、私の必殺技、ポストストール機動クルビットから取った。

 人は重力に囚われない、慣性に囚われない動きに対して、非常に偏差射撃を行いづらい性質を持っている。

 それを逆手に取って、擬似的に重力に囚われない、慣性に囚われない動きを再現したのがクルビットだ。

 通常は十字砲火や集中砲火をされた時の回避行動用に使用するけど、私は違う、クルビットをしながら敵に突っ込んでいく。

 さすが私、かっこいい! 


「くるぅ! くるぅ!」

「クルビットもかっこいい!」


 と、頭をなでようと思ったけど、また怒られそうなので、触れるか触れないくらいの感じで背中をなでる。


「大きくなったら、牧羊犬として活躍してくれそうだね」


 と、和泉が話題を振ってくる。


「おお!? それはいい! そうなったら柵がなくてもウェルロットたちをヒンデンブルク広場に放せるね!」

「そうそう、森に入ろうとしたら止めてくれたり」

「あとは、危ない肉食獣の撃退!」

「うん、うん、それもだね」


 なんか、夢が広がるね……。


「ありがとね、ハル……」

「うん……」


 と、二人でクルビットがミルクを舐める様子を見ながら話す。


「ぽるっく、なすく、すっしー、わ、るって、ちゃはねすきー、ぷーん」

「では、我々はナスク村に帰ります、ぷーん」


 と、あの現地人のおじいさんとエシュリンの声が聞こえてくる。

 そうだった、あの人たちの事を忘れていた……。


「すまなかったな、エシュリン、助かった」


 東園寺がみんなを代表してお礼を言う。


「いえ、ぷーん……」


 あ、エシュリンも帰っちゃうのか……、まぁ、そうだよね、ここにいる意味ないし……。


「るって、くわっど、ぷーん!」

「くわっど、ぷーん!」


 と、現地人の人たちが笑顔で手を振り去って行く。


「ナビー!」


 と、エシュリンが駆け寄ってくる。

 最後に挨拶に来てくれたのかな? 


「エシュリン」


 私は立ち上がり、握手をしようと手を差し出す。


「るって、クルビット、ぷーん?」


 でも、エシュリンはそれを無視して、クルビットをしゃがんで見る。


「そ、そうだよ、クルビットだよ」

「クルビット!」


 と、つぼを取り、小皿にミルクを注ぎ込む。


「くるぅ! くるぅ!」


 クルビットも大喜びでそれを舐める。


「って、エシュリンも一緒に帰らないの?」


 現地人の人たちがもう随分遠くに行ってしまっている。


「エシュリンは帰らない、ぷーん! エシュリンは、姫巫女! ナギ様方の怒りを鎮める仕事がある、ぷーん!」

「そ、そうなんだ……」

「クルビット!」

「うん、うん、クルビット、クルビット……」


 と、一緒にしゃがんで、クルビットがミルクを舐めるのを眺める。


「山本」

「うん? なんだ、東園寺?」


 現地人の人たちを見送っていた東園寺が山本に声をかける。


「展望台、見張り台を建てたいと云う要望を出していたな?」

「ああ、それがどうした?」

「許可する、早急に建ててくれ、俺たち管理班も手伝う」

「あ、ああ、わかった、すぐに始める」

「頼む、山本」


 さすがだね……、ちょっと感心してしまう。


「クルビット!」

「クルビット、クルビット……」


 くんくん、意外と抜けているからね、東園寺はなんて言ったの? 


「まっ、今更遅いか……」


 と、私はクルビットの頭を優しく、軽くなでてあげる。

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