第41話 天つ風

「それじゃぁ、ナビー、万歳して」


 と、割りと普通のナビーフィユリナ記念会館に到着早々、すぐに準備に取りかかる。


「はぁい!」


 と、私は言われた通りに両手を高くあげる。

 下からワンピースをたくし上げられ脱がされていく。

 下着一枚にされた……。


「くしゅん」


 寒い。

 夜になると冷えるんだよね……。

 と、私は二の腕をさすり、膝と膝をあわせてもじもじする。


「サイズはどうかなぁ……、ぴったりだといいだけど……」


 と、福井が新しいお洋服を持ってきてくれる。

 それはもちろん白いワンピース! 

 それも超かわいいやつ! 


「じゃぁ、着ようねぇ、ナビー」

「うん!」


 と、上から着せられる。

 なんか、新しいお洋服の匂いがする。

 私は顔を左右に振りながら襟を探す。

 で、顔が出たら、次に袖に腕を通す。


「おお……」


 と、背中のボタンを留めてもらいながら、ワンピースのデザインをつぶさに観察する。

 フリルがいっぱい……。

 いや、ひだひだだ、それが段々になっている……。

 そして、二の腕のところ……、ふわっとなっていて、かなりすけすけ、肩のあたりまで羽衣みたくなっている。


「うん、ちょうどいいね、苦しくない、ナビー?」

「大丈夫、苦しくない!」


 サイズはぴったり。

 ちなみに、このワンピースを作るにあたって、最初に採寸したのよ。

 そしたら、身長が142センチで、体重は33キロだった。

 そう、体重が増えない……。

 毎日走り回っているのに、全然筋肉が付かない……。

 うーん……。

 ここに来てから、1ヶ月半、体力はかなり付いてきたと思う……、でも、筋力は全然、相変わらず細腕のままだ……。

 私はすけすけの袖からのぞく、細く白い腕を見ながら考える。


「ナビー、髪をとかすね、じっとしててね」

「うん!」

「お化粧もしましょうね、綺麗になるのよぉ」

「うん!」

「靴下も履きましょうね、はい、こっちの足を上げてねぇ」

「うん!」


 こんな感じで準備が続く。


「よし、出来上がり!」

「うん! 綺麗だよ、ナビー!」


 終わったみたい……。


「鏡見たい」


 と、私は赤い靴をトントンとしながら言う。


「ふふっ、それはお楽しみ」

「自分がどれだけかわいくなったかは、男子たちの反応を見て確認すればいいよ」


 鏡はお預けらしい……。

 いや、顔に落書きされてないか心配なだけだから。

 あれでしょ? 本当は顔に落書きがしてあって、私が自慢げに鼻高々で男子たちの前に行くのを見て笑うつもりなんでしょ? 

 さすがに泣くよ、それは……。

 うう……、みんなはそんな酷い事しないから、信じてるから……。

 い、いや、こいつらよくいたずらしてるから! 

 で、でも、今日は私の誕生日だよ、そんな酷い事しないよ、ちゃんと祝ってくれるよ……。

 と、そんな考えが頭の中をぐるぐるとまわる。


「じゃぁ、いこ、ナビー」

「いこ、いこ、早くナビーのかわいいとこ見せよ!」

「う、うん……」


 顔に落書きをされていないか、半信半疑のまま、割と普通なナビーフィユリナ記念会館をあとにする。


「なぁに、ナビーちゃん、緊張しているの?」


 私がうつむき加減なのを見て笹雪がそう気遣ってくれる。


「大丈夫だって、すんごい綺麗になってるから!」

「うん、びっくりするよ、本当に綺麗なんだから」

「ナビー! 綺麗!」


 みんながそう言ってくれるけど、なんか、ますます不安になってきた……。


「主賓、入場!」


 と、司会の南条大河の声が響く。

 その声と同時に拍手が沸き起こる。

 私ははっとして顔を上げる。


「「「おお……」」」


 そして、そんなどよめきが起こる。


「おお、かわいい……」

「やっぱり、ナビーはかわいいなぁ」

「素材が違う、ナビーは何を着ても綺麗だ」


 おお……? 

 なんか、すごく好意的、笑われている感じはしない。


「み、みんな……?」


 私は振り返り、女子のみんなを見る。


「どうしたの、ナビー、不思議そうな顔して?」

「なぁに、きょとんとして」

「自分がこんなにかわいい事、今まで知らなかったんでしょ?」

「ほおら、こっちばかりみてないで、前に進んで」


 と、夏目に背中を押される。


「「「おお……」」」


 またどよめきが起こる。


「もうこの反応でわかるよね?」

「一応、鏡持ってきたから見る?」


 と、福井が少し大きめの鏡を胸の前に構えて私に見せてくれる。

 そこに映るのは……。

 絶世の美少女……。

 ふわふわの白いワンピースとそれに負けないくらいの透きとおる白い肌の美少女……。

 長い真っ直ぐな金髪と、その頭に着けられた白いお花の髪飾り……。

 いや、そんな事よりも、顔……。

 ちゃんとお化粧されている……。

 ぱっちりとしたおめめと、ほんのりオレンジ色っぽい頬、それに、薄いピンク色の唇……。

 落書きされてない! 

 ああ、私……、みんなを信じきれてなかった……。

 うっく……、ごめんなさい……。


「み、みんな、あがりがとう……」


 あうー、涙が出てきちゃった……。


「みんなぁ、ありがとう!」


 と、女子のみんなの輪に両手を広げて飛び込んでいく。


「あ、あれ、そんな、泣くほどの事だった……?」

「いや、そんなに喜んでもらえて嬉しいけど……」

「ナビーって、本当にいい子だよね、徹夜して作った甲斐があったよ、ぐすん」

「うん、本当によかった、私までもらい泣き……」


 と、福井たちも涙ぐむ。


「ええ、それでは、BBQの前に司会から一言」


 司会の南条が話し出す。

 私はお化粧が崩れないように指で涙をすくいながら、男子たちのほうに向き直る。


「我々がここに来てから、約1ヶ月半、特段大きなトラブルもなく、大きな喧嘩もなく、全員で協力してやってこれたのは、すべて、ナビーがいたからこそだと思っています。普通に考えれば、有り得ない、派閥が出来、抗争が勃発し、やがては全員が散り散りになり別々の道を歩む、それが普通だろう……、だから、こうやって、誰ひとりの脱落もなくやっていけているのは奇跡的な事、その奇跡を起こしたのは、ナビーフィユリナ・ファラウェイに他ならない……、ありがとう……、ナビー、誕生日おめでとう!!」

「「「誕生日おめでとう!!」」」

「「「お誕生日おめでとう!!」」」

「ありがとう、ナビー!」

「キミがいてくれて本当によかった!」

「生まれて来てくれてありがとう、誕生日おめでとう!」


 鳴り止まない祝福と、鳴り止まない拍手……。

 ぽろり……、ぽろり……、と、涙が一粒、二粒と零れていく……。


「うぐ……、えぐ……、ひっく……」


 こんなに嬉しいの、生まれて初めてだよ。


「みんなぁ……」


 両手の手の甲を使って涙を拭き取る。


「ナビー、ハンカチ……」


 夏目からハンカチを受け取ってそれで拭く。


「あ、お化粧とれちゃった……」


 ハンカチに黒いのとかピンクいのが付いてる……。


「大丈夫よ、ナビー、あなたは化粧なんてなくても、十分綺麗なんだから」


 と、夏目が笑顔で言ってくれる。


「よーし、全員並べぇ、BBQの時間だぁ!」


 東園寺が大声で叫ぶ。

 手には切れ味鋭そうなロングソードが握られており、その目の前にはおいしそうな猪の丸焼きが吊るされている。


「「「BBQ! BBQ! BBQ!」」」


 と、みんながお皿を手に取り、われ先にと東園寺のところに殺到していく。


「ああ!? 出遅れたぁ! 私のBBQがぁ!!」


 私も急いで自分のテーブルからお皿を取って走っていく。


「うわーん、うわーん」


 と、みんなのうしろでぴょんぴょん飛び跳ねる。


「まずはナビーフィユリナからだ、通してやれ」


 と、東園寺が言うと、みんなが道を譲ってくれる。


「ありがとう、みんなぁ!」


 上機嫌でお皿を持って東園寺のもとにいく。


「はい、お願い、公彦」


 と、彼にお皿を渡そうとするけど、受け取ったのは隣にいた鷹丸大樹だった。


「よーし、捌くぞ」


 東園寺は右手にロングソード、左手にトングって感じで猪の丸焼きを器用に捌いていく。

 それを鷹丸の持つ私のお皿に盛り付ける。


「リブ! リブ!」

「お、こっちだな?」

「ヒレ! ヒレ!」

「今度はこっちか?」

「香菜も! 香菜も!」

「わかった、わかった」


 と、彼は私の注文通りに取り分けてくれる。


「ほい、ナビー、誕生日おめでとう」


 盛り付けが終わると鷹丸がお皿を手渡してくれる。


「おお……」


 山盛り。


「あーん……」


 我慢できずに指でつまんで、上から口に入れる。


「おいしい!」


 指もぺろぺろっと……。


「よし、次だ!」

「次は俺だ! 肩ロースを頼む!」

「私はもも肉!」


 みんなも私と同じようにお皿に盛り付けてもらう。


「あーん……」


 むしゃ、むしゃ。


「あーん……」


 むしゃ、むしゃ。

 なんて、おいしいんだろう。


「あーん……」


 太陽が沈んで、星が見えるようになってきた。


「あーん……」


 お星様が綺麗……。

 ああ……、なんていい日なんだろう……。

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