第8話 ひとりマスコット班

「よーし、全員、その場で聞いてくれ」


 と、東園寺の声が聞こえる。

 俺は毛布からちょこんと顔を出して周囲を確認する。

 まわりには女子たちがいる。


「会議の結果を発表する」


 彼は焚き火の近くに立つ。

 その近くには、銀縁メガネの優等生、人見彰吾ひとみしょうご徳永美衣子とくながみいこ、それと和泉春月いずみはるもいる。

 そういえば、いなかったな、会議をしていたのか……。


「人見などと話し合った結果、班分けして、分担して作業を行ったほうが効率がいいと云う事になった」


 水汲みとか薪拾いとかそういうやつか。


「その班割りを発表する」


 東園寺はメモを見ながら話す。


「まず第一班、俺と鷹丸、神埼、久保田、有馬、清瀬の6人だ。ここは基本的に安全管理だ、焚き火や広場周辺の危険物撤去、それに必要ならば道路も整備する、とりあえず、管理班とでも命名しておく」


 坊主頭の野球部の二人や、不良っぽいやつ、基本的にガタイのいい連中が主だ。


「次に第二班、人見、綾原、南条、海老名、青山の5名、ここには指揮を執ってもらう、いや、アイデアを出してもらう、生き残るための知恵だ、それとルール作りもだ。班名は参謀班とでもする」


 ここは頭の良さそうな連中だな。


「次に第三班、福井、佐々木、村井、山本、安達、石塚、瀬戸内、伊藤、大内の9名、ここは広場で作業をしてもらう、食事の準備や水汲み、トイレや更衣室の設置、生活をするための作業全般だ、班名は生活班とする」


 普通っぽいやつらの班だな……。


「次に第四班、徳永、水野、小野寺、鹿島の4名、ここは特殊な班だ、女性特有の要望、または権利関係を見てもらう。ここだけは全体の事は考えなくもいい、自分たち女性の事だけを考えろ、遠慮せずに主張してくれ、その要望には極力応える。班名は女性班とする」


 当然、女4人の班だ。


「最後に第五班、和泉、秋葉、夏目、佐野、雨宮、笹雪の6名、ここは食料調達班だ、果物の採集、川魚などの狩猟、食えるものならなんでも集めてもらう、班名は狩猟班とする」


 おなじみの和泉春月や夏目翼がいる班だ。


「班割りはこれで以上だが、生活班と狩猟班の負担が大きくなる事が予想される。そこで、生活班には人見の参謀班が、狩猟班には俺の管理班がヘルプにつく事にした。あとは班長、管理班は俺、参謀班は人見、生活班は福井、女性班は徳永、狩猟班は和泉にやってもらう。それぞれの班で意見を出してもらい、それを班長会議で検討する、いちいち全員の話は聞いてられんからな。とりあえず、それらをまとめた物をそこに貼り出しておく、あとで確認しておくように」


 東園寺が手にしたメモ用紙をひらひらとみんなに見せる。


「質問はあるか?」


 あ、あれ、俺は……? 


「あ、あの、私は……?」


 俺はおそるおそる手を挙げ、かぼそい声で尋ねる。

 東園寺がじろりと俺を見る。


「ナビーフィユリナ、おまえは一人マスコット班だ、俺たちを元気付けてくれ」


 お、おい……、さすがにそれはないだろ……。


「と云うのは冗談だ、そうだな、夏目、すまんがめんどう見てやってくれ」

「うん、了解した」


 夏目と同じと云う事は、俺も狩猟班か……。

 俺はちらりと横目で夏目と和泉以外の狩猟班のメンバーを見る。

 まずは佐野獏人さのばくと、こいつは、このクラスで一番身体がでかく、おそらく190センチは超えているであろう大男、そして、いつもにこにこしている不気味なやつ。

 次に秋葉蒼あきばあおい、彼はすらりと背の高いモデル風の優男で、物腰も柔らかく笑顔を絶やさない紳士的な男だ。

 雨宮あまみやひらりは物静かだけど目つきの鋭い女、いつも何かに怯えた感じで、一人でいる事が多い、おそらく普通の人には見えない、何かが見えているものと思われる。

 笹雪ささゆきめぐみは自信たっぷりに口の端で笑っている嫌味な感じのする女、上から目線の言動が多いが、時折見せる傷付きやすい一面が彼女の個性を感じさせる。

 と、まぁ、一癖も二癖もありそうな連中なんだよな……。


「参謀班より最初の提言をさせてもらう」


 と、参謀班の班長、人見彰吾が手を挙げる。


「俺たちは全員対等だ、誰が上でも誰が下でもない、全員横並びだ、もちろん、そっちのその子もだ」


 と、俺を見て言う。


「そして運命共同体でもある。互いに助け合う事によってのみ運命を切り開いていける。だが、誤解はするなよ、命を懸けてまで守る存在ではない、自分が生き残るために助けているだけだ。自分のために人を助けろ、人を助ける事が自分の命を守る最善策だと肝に銘じよ、互いが互いを利用しあえ、俺たちは仲間じゃない、集団だ、ひとつの生き物だと思って行動しろ」


 なるほどね、あの分隊の掟に近いが、少し違うか……。


「俺からは以上だ」


 と、人見は人差し指で銀縁メガネを直す。


「では、引き続き焚き火は俺たち管理班が見る。他はもう休んでいいぞ」


 東園寺をはじめとした管理班のメンバーが焚き火の近くに集まる。

 どうやら、今日も寝ずの番をするようだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日は班単位で行動する事になった。

 俺たち狩猟班は昨日発見したというルビコン川に向かう。

 ルビコン川へと伸びる道はぬかるみ非常に歩き辛い……。

 俺はピンクのサンダルが泥だらけになるのを嫌い、夏目の服をぎゅっと掴み、木の根や石の上などを選んで慎重に進む、


「これでもかなり歩きやすくなったほうだよ」

「そうだね、昨日は道なき道を切り開いていったからね」


 と、先頭を歩く、和泉と秋葉が話す。

 ああ、真っ白なワンピースチュニックにも泥が跳ねる……。

 俺は服にこびりつかないように、そっと泥を指で挟んで取る。

 すると、足元に何か落ちている事に気付く。


「なんだ、これ? 小瓶?」


 俺はそれをポケットに入れる。

 そしてまた夏目の服を掴んで歩きだす。

 あの広場から1キロほど歩いたところだろうか、突然目の前に光が広がる。


「ここがルビコン川……」


 広葉樹の森の中に現れた小さな川。

 川幅はどのくらいだろう、10メートルくらいだろうか。

 水位もそれほど深くはなく、大小様々な岩がそこかしこに転がっている。

 俺は小川に近づき、水の中を覗き込む。

 水質は驚くほど澄んでいて、川底もはっきりと見え、また、多くの川魚が泳いでいるのも確認できる。


「へぇ、綺麗なもんだね、別に煮沸しなくても飲めるんじゃない?」


 と、笹雪めぐみが俺の隣にしゃがんで手で川の水をすくいながら言う。


「たぶんね、まぁ、でも、念の為煮沸消毒はしたほうがいいよ」

「あっちが、昨日のラ・フランス?」


 今度は雨宮ひらりが森の方角を見ながら言う。


「そう、あれ」


 彼女の視線の先を見ると、川沿いの広葉樹から、洋梨のような果実がたわわに実っているのが見えた。


「で、なんで、ここがルビコン川なわけ?」


 と、笹雪が塗れた手をぶらぶらとさせながら言う。


「それは、昨日の東園寺の名演説からさ」

「そそ、そこの岩の上に立ってさ」


 秋葉が川の真ん中の大岩を指さす。


「へぇ、どんな?」

「えっとな、よっと」


 と、彼が小さな岩を伝って大岩までいく。


「こんな感じでさ。ここが俺たちにとって生きるか死ぬかの運命の分れ道だった……、ここが俺たちにとってのルビコン川……、とか、なんとか……、ハルあとなんだっけ?」

「いや、そんな感じ、俺も詳しくは忘れた」


 と、和泉が明るく笑う。


「どこが名演説よ……」


 俺はとりあえず、ピンクのサンダルを脱いで小川の中に入ってみる。

 冷たい……。

 雪解け水みたいな冷たさだ……。

 しかも、小魚が寄ってきて、俺の足をつつく。


「ナビー、危ないよ」

「大丈夫だよ、翼」


 振り返って笑顔をつくる。

 そして、小魚を捕まえようと水の中に両手を入れる。


「まーてー」


 と、ばしゃばしゃと小魚を追い駆ける。

 いやぁ、実に少女らしいな、俺って。


「それにしても、いい人選だよね、この班割り」


 と、雨宮が岩に腰掛ながらつぶやく。


「うん、そうだね、あたしらって団体行動苦手だから」


 笹雪も岩に座り、靴と靴下を脱ぎ、足を水に入れる。


「ああ、静かなのいい……」


 雨宮が空を見上げる。


「でも、和泉と翼はとばっちりだよね? あたしらのお守りなんてさ、なんたって、あんたら二人はクラスの人気者なんだから」


 笹雪がけらけらと笑う。


「いや、そうでもないよ、少なくても俺はね」


 和泉も笹雪たちと同じように手頃な岩に腰掛ける。


「そう? あのニヤニヤ笑いながらただ突っ立ってる佐野とか、あのゲテモノ秋葉と一緒だよ?」

「ひどいなぁ、めぐみ、そんな事言うなよ」


 と、苦笑いしながら秋葉が言う。


「実際ゲテモノでしょ? いったい、何人の女があんたのせいで学校辞めていったと思ってんの? あんなエロ同人誌みたいなことやってさ?」

「いや、いや、いや、あれは俺の愛情表現みたいなものだから」


 と、秋葉が髪をかき上げる。


「ナビーちゃん、こんなゲテモノに近づいちゃ駄目だからね」

「はぁい!」


 と、俺は手を挙げて元気よく返事をする。


「ひどいなぁ、もう……」


 しかし、楽しいなぁ、普通の高校生の人間関係って。


「ほらぁ!」


 と、川辺で心配そうに俺を見ている夏目に軽くしぶきをかけてやる。


「きゃっ!」

「ほらぁ!」

「きゃっ、やめ、やめ……」


 彼女が逃げ惑っている。

 いやぁ、楽しい……。

 楽しいんだけど、ふと思い出したんだよね。

 救助隊なんてこねぇよ。

 俺たちは墜落したんじゃなくて撃墜されたんだからな。

 そして、なんで、撃墜されたかって言うと、俺が京都の街中に突っ込んでやる、って言ったからだ。

 だから、救助隊なんてこねぇ、国民に旅客機を撃墜しました、なんて言えるわけないからな、逆に生存者がいたら射殺したいくらいだ。

 そう考えると、政府のやつらは、見当はずれな場所を捜索して、結局発見出来ませんでしたぁ、って事にしたいはず。


「ほらぁ、ほらぁ!」

「も、もう、やめて、ナビー、上がってらっしゃい」


 そこで、俺が取るべき行動だが……。


「足冷たぁい……」

「靴下は足を拭いてからね」

「ありがとう、翼……」


 俺は今日、この瞬間より、最強の傭兵、パーフェクトソルジャー武地京哉を捨てる。

 そして、こいつらをとことん利用して生き残ってやる。

 もう俺ではない、私だ。

 私はナビーフィユリナ・ファラウェイだ。

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