第7話 ルビコン川

 俺は毛布の上に座りながら、ぼんやりと焚き火を眺める。


「やっぱり、ここは危ないな……」


 さっきの遺書の内容を思い出して考える。

 といっても、どうする、脱柵するか? 


「こんな身体じゃ無理だろ、すぐ飢え死にする……」


 俺は真っ白な細腕を見ながらつぶやく。

 とにかく、体力以前に筋力がない。

 箸すら重く感じる……、関節も脆い、立っているだけで、足首にずしりとくる、腕立て伏せをしようにも手首が折れそうになる……。

 走れば息が上がる前に足の筋肉が悲鳴を上げるし……。

 食事もちゃんと摂らないと、冷や汗が出て動けなくなる……。


「なんなんだ、この脆弱さは……」


 ああ、俺は世界一弱い存在になっちまった……。

 空を見上げて、ふわふわと浮かぶ積雲を見る。


「発すれば雷神の如く、動けば風神の如く、戦う様は鬼神の如し、戦場の魔神、パーフェクトソルジャー武地京哉……」


 俺は世界一強かったのにな……。

 パチパチ、パチパチと焚き木が弾ける音が聞える。

 肌も弱く、焚き火の熱でさえ皮膚に突き刺さる……。

 寒いのに焚き火に近づけない……。

 俺はさらに、1メートルほど焚き火から距離を取り、毛布にくるまって暖をとる。

 これは、誰かに守ってもらわないと、まともに生きられないぞ、そういう生き物なのか、このナビーフィユリナ・ファラウェイという少女は……。

 そう考えると、この身体が絶世の美少女だって云う理由もなんとなくわかる、先祖代々美しくなければ生き残れなかったのだ。

 この少女にも同情するな……。


「心配するな……」


 と、俺は自分の胸をぽんぽんと叩く。


「しっかり鍛え直してやる、一人でも生きられるようにしてやるからな」


 少し笑顔をつくる。

 坊主頭の野球部二人が火加減を見ながら薪を放り込む。

 一方、女子グループはと云うと、旅客機からの資材の搬出も終り、今は女子トイレの製作に入っていた。

 白いプレートと赤い座席を組み合わせたような作り。

 当然、仕切りだけで屋根はない。

 と、その時、女子グループが作業を切り上げてこっちに戻ってくる。


「そろそろ男子たちが帰ってくる頃だから、昼食の準備をはじめましょう」


 もうそんな時間か……。

 空を見上げると太陽が真上に来ていた。

 俺も手伝おうと立ち上がる。

 とりあえず、冷たいレトルト食品を鉄板に乗せて、それを焚き火のそばに置いて暖める。


「水、見つかったかな、食器洗えないと不衛生だよ……」

「そうだね、これでいいのかな……」


 と、食器担当の二人がウェットティッシュで鉄製の皿を拭きながら話している。


「飲み水もだよ、あとどのくらいもつんだろう……」

「じゃぁ、節約する?」

「コップ半分くらいにすれば、あと三日はもつかな……」


 こっちは、飲料水担当の子たちだ。

 俺はレトルト食品の袋をひっくり返しながらその話を聞く。


「あ、男子が帰ってきた!」


 と、森の方角を見て大きな声をだす。


「急いでやっちゃいましょう」

「ナビー、もうそのくらいでいいから、皿に盛り付けちゃいましょう」

「うん、わかった」


 と、俺は鉄板からレトルト食品を回収して、夏目たちに渡す。

 そして、それを彼女たちが皿に盛り付けていく。


「ねぇ、お水あったって!」

「ルビコン川があったって!」


 と、男子の話を聞きに行っていた二人が戻ってくる。


「る、ルビコン川!?」

「あ、あのカエサルの!?」

「ここって、イタリアだったの!?」


 などと口々に話している。


「はい、おみやげ」

「たくさん捕れたよ」


 と、ぞろぞろと男子たちがやってくる。

 両手いっぱいに洋梨のような果実を抱えて……。


「ら、ラ・フランス……」

「い、イタリアの次はフランス……?」

「ここ、どこなのいったい……」


 と、みんなで洋梨のような果物を見ながら話す。

 とりあえず、この洋梨も昼食の足しにするようだ。

 俺はみんなと一緒にタオルで洋梨を拭き、さらに、虫に食われて穴が空いてないかチェックしてから皿に乗せる。


「「「いただきます」」」


 と、全員揃ったところで昼食をいただく。


「食べてみて、ナビー、おいしいよ」


 と、隣にいた和泉春月いずみはる、そうあの爽やかな感じのやつだ、その彼が俺に洋梨を食べるように勧めてくる。

 俺は言われるがままに、洋梨をじっと見つめて、そしてひと口かじってみる。

 うーん……。

 すっぱい、しかも腐った味がする……。

 俺は反射的に吐き出そうと、顔をそむける。

 いや、待て、俺はナビーフィユリナ・ファラウェイ11歳だ、そんなはしたない事は出来ない。

 しかし、これ以上噛むのも嫌だったので、思い切ってゴクリと飲み込んでみる。


「どう、ナビー?」

「う、うん、まあ、まあ、かな……」

「そか、よかった」


 と、和泉は笑って言い、手にした洋梨をむしゃむしゃと食べる。

 俺も彼にあわせて、洋梨をもうひと口かじる……。

 まずい、これならレーションのほうがましだ……。


「川はあったが、飲料水として使えるかどうかは若干の不安が残る」


 と、東園寺が話しだす。


「そこで、念の為、煮沸してから飲料水として使用する事にした。煮沸するには当然、大量の薪が必要になる。なので、男子諸君には午後から二手に分かれて、給水と薪拾い、この二つをやってもらう」


 よく働くよな、こいつら。

 俺は洋梨をむしゃむしゃ食べながらそんな話を聞く。

 うーん、まずい、むしゃむしゃ。


「徳永、そっちの進捗状況は?」

「まだ時間がかかるわ、そうね、でも、今日中には完遂できそう」

「そうか、引き続きやってくれ」


 こうして、昼食も終り、またそれぞれの作業に戻る。

 俺も午後からは女子トイレと女子更衣室の製作を手伝う。

 赤い座席で白いプレートを挟む感じで囲いを作っていき、上部は木と木のあいだにロープを張り、それに毛布などをかけてカーテン状にして外から見えないようにする。

 そんな作業を日暮れ近くまで続ける。


「よし、こんなものね、次は夕食の準備よ!」


 と、次はまた食事の準備だ……。

 忙しい……。

 夕食の準備は昼間と同じ、鉄板でレトルト食品をあたためる。


「よかったぁ、あったかいお湯があるよ」

「うん、紅茶と珈琲、両方あるね」


 と、川の水を煮沸させた水で紅茶や珈琲をいれていく。

 そして夕食を済ませ、ほどなくして二度目の夜を迎える。


「疲れた……」

「ぐったり……」


 食後はそれぞれ毛布の上に寝転がり疲れを癒す。


「今日も救助隊来なかったな……」

「注意して空見ていたけど、なんにも飛んでなかった」

「なんか、おかしいよな……」


 山本や佐々木たちの会話が聞えてくる。


「なぁ、人見はここが地球だって言ってたけど、本当に地球なのか?」

「なんだ、それ?」

「パラレルワールドとか異次元とか次元の狭間とか?」

「ああ、タイムスリップも考えられるよな」


 などと、面白そうな話をしている。


「神隠しとか、あとは、集団催眠か?」

「最悪、そのどれであっても俺は気にしないよ、少なくても生きているって事だからな、俺が一番危惧しているのは……」

「なんだ、山本?」

「ここが死後の世界かもしれないって事だ……、俺たちは全員死んでいて、幽霊になってあの世を彷徨っているんじゃないかって事……」


 なんか、怖い話になってきた……。

 しかし、今まで感じてきた違和感を説明するには十分だった……。


「ま、まさか……」

「考えてみろよ、飛行機が墜落したんだぜ? なんで俺たち無事なんだよ、しかも無傷で、おかしいだろ?」


 怖い、怖い、怖い、あれか、恨みがあって成仏できなかったってやつか? 

 それで、呪いかなんかで、俺を変な姿で登場させたってわけか!? 

 復讐するために!! 

 しかも、たっぷり拷問するために、こんな弱々しい少女の姿にしたんだろ!? 

 なんてやつらだ!! 


「見てみろよ、あの飛行機をよ、なんで、あれで生きてられるんだよ?」

「た、確かに、お、俺たち、もう死んでいるのか……?」

「ああ、実際はミンチになってるかもな……」


 ひぃいい、怖い! もしかして、あの名無しの遺書、永久に呪ってやるってやつ、山本が書いたのか!? 

 俺は頭から毛布を被ってぷるぷると震える。

 成仏してください、成仏してください、成仏してください、俺を巻き込まないでください……。


「こら、男子、ナビーが怯えるから、そんな話はしないで」

「また山本、おまえか、昨日から言ってるでしょ、暗い話はしないでって」


 と、福井とかが山本たちの会話に割って入る。


「もう、ナビーが怯えてるよ……、かわいそうに……」

「大丈夫だからね、ナビー、怖い事なんてないからね……」


 女子たちが俺を守るように周囲を取り囲む。


「ちっ、なんで俺ばっかり、いつも悪者なんだよ……」


 と、山本が不満なそうな声で言う。

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