第6話 遺書を

 二日目の朝を迎え、日の出の時間にはほとんどの人が目を覚ましていた。

 朝霧に包まれる草原……。

 俺は半身を起こし、軽く背伸びをする。

 そして、手触りの良い金髪をなでなでしながら小さくあくびをする。


「全然眠れなかった……」

「私も、ほとんど寝てない……」

「というか、シャワー……、せめて歯磨きを……」


 と、近くの女子たちが話している。


「救助来ないな、やっぱり、このままじゃ駄目なんじゃないのか、なんとかしないと……」

「といってもな、どうしようもないだろ……」

「どうなるんだろうな、俺たち……」


 こっちは、山本をはじめとした男子たちだ。

 その時、広場に光が差す。

 背の高い広葉樹の上から太陽が顔を覗かせたのだ。

 朝霧が消えていき、広場の草花がきらきらと輝きだす。


「それじゃぁ、朝食の準備に取りかかりましょうか」

「うん」

「わかった」


 と、徳永たちが朝食の準備をはじめる。

 俺もそれを手伝おうと、とりあえず毛布の片付けからはじめる。


「野郎どもは薪拾いだ、いくぞ」


 男子は東園寺が指揮を執る。


「ういっす」

「おう」


 と、男子16名がのろのろと立ち上がり森に向かって歩きだす。

 ほどなくして朝食の準備も整い、男子グループの薪拾いが終わるのを待ってから、全員が揃ったところで食事をいただく。


「今日は森の探索に出掛ける」


 食事を摂りながら、東園寺が話しだす。


「なんとしても、飲料水を確保する、出来なければ、俺たちの命もあと数日だ」


 それは言いすぎだな、水はあと二日分しかないとはいえ、なければ、その辺の雑草から取ればいい、他にも朝露やらなんやら、なんでもある。


「人選はそうだな、有馬と清瀬はここに残って焚き火を見ていてくれ、それ以外の男子諸君は森の探索だ、遭難しないよう、道を作りながら進む」

「ういっす」

「おうっす」

「女子諸君には徳永、綾原両名よりやってもらいたい事があるそうだ、何かはわかるな? そういう事だ」


 どういう事だ……。

 俺は冷たいご飯をちびちび食べながらそんな話を聞く。

 そして、朝食も終り、本日の作業に取りかかる。


「それじゃぁ、女子トイレから作りましょう、みんな困ってたと思うから」


 と、徳永が森の近くに女子たちを集めて元気よく話す。

 そうそう、この人は徳永美衣子とくながみいこ、学校では陸上部に所属しているらしい。

 少し日に焼けたポニーテールの子だ。


「でも、作るって、どうやって……」

「穴掘って、何かで囲って見えなくする……?」

「匂いとか出ないようにするにはどうしたらいいんだろう?」

「小さな穴をいくつも掘って、こまめに埋める?」


 と、みんなで相談する。

 でも、まぁ、確かに、男には聞かれたくない話ではあるよな。


「昨日からしているように、ビニール袋にして、それをすぐ埋めるようにしましょう」

「そうね、そのあとのことは、ビニール袋がなくなってから考えましょう、幸い沢山あるし」

「うん、じゃぁ、今やる事は、トイレの個室作りから?」


 このあと女子更衣室も作るらしい。


「うん、三つもあれば足りるかな?」


 女子は俺を入れて15名だ。


「かなぁ……」

「では、何か仕切りになる物から集めましょう!」

「はぁい!」


 俺たちは広場に散って、板とかそういう物を探しはじめる。

 でも、そんなに都合よく見つかるものではない……。


「しょうがない、あれを使いましょう」


 と、綾原が旅客機を指さす。

 そうそう、この人は綾原雫あやはらしずく、学級委員長らしい。

 物静かで知的な感じの子だ。


「飛行機?」

「そういえば、そうね、壁とか床がめくれて散乱してたよね」

「大丈夫かな? 危なくないかな?」

「とりあえず行ってみましょう!」


 徳永が先頭をきって旅客機に向かう。

 俺たちは旅客機の外装から調べ、はがれそうな物を手当たりしだいにひっぱたり、叩いたりしてまわる。


「気をつけてね、指とか切らないようにね」

「はぁい!」


 そして、はがれそうな物をあらかた回収したら、今度は機内に入って仕切りになりそうな物を探す。

 旅客機の中は思ったよりも明るい。

 それも当然、屋根のほとんどが吹き飛んでいたからだ。

 床は足場もないほど散乱していて、座席の上には元は天井だろうか、そのプレートがいくつも落ちている。


「何か、手袋ないかしら、手を切りそう……」

「私、見てくるね」


 使えそうなプレートを値踏みする。


「床にも穴が開いているかもしれないから、ゴミをどかして床があるのを確認してから進んでね」

「やっぱり、持ち込み制限が厳しかったから、飲み物とか食べ物は全然ないね」

「自販機でいっぱい買っておけばよかった……」


 俺たちは葉切り蟻のように、大きなプレートを旅客機内から外へと運び出していく。


「うん?」


 プレートをどかせると、座席の上にノートの切れ端のようなものが落ちていた。


「なんだ、これ?」


 と、俺はそれを手に取り目を通す。


 “こわい、たすけて、しにたくない、どうして、わたしが”


 なんだ、これ、ミミズが這ったような汚い字で書かれている。

 隣の席にも同じような紙がある。

 俺はそれも手に取り目を通す。


 “お父さんとお母さんの娘に生まれて本当によかったです。どうか、お身体には気をつけて。福井麻美”


 ……。

 よく見ると床にも落ちている……。


 “もう駄目みたいです。まともに親孝行もしないでごめんなさい。久保田洋平”


 次々紙を拾って目を通していく。


 “今はすごく落ち着いています。だれかたすけて、なんでだ、だから、だれかたすけろ”


 “こんなに早く遺書を書く事になるとは思いもしませんでした。何を書いていいかわかりません。もしあるのなら、来世でまたお会いましょう。秋葉蒼”


 遺書……。

 これ、全部そうなのか……? 

 何と言うか、よっぽど怖かったんだな、かわいそうにな……。

 俺はさらに別の紙を拾って目を通す。


 “あいつ、絶対許さない、死んでも許さない、永久に呪ってやる”


 そりゃな、呪いたくもなるよな……。

 こ、怖い……。

 これ、本当に俺がハイジャック犯だとばれたらやばいよ、殺されるよ。

 がくがく、全身が震える……。

 なんか、怖くて涙が出てきた。


「ナビー……」


 夏目がそっと俺の背中をさすってくれる。


「大丈夫だからね、心配しなくていいからね、みんな生きてるからね……」

「ナビーって優しい子だよね、私たちのために泣いてくれるんだから……」


 と、徳永が俺の手から遺書を取り上げる。


「先に手紙、回収しよっか?」

「そうだね、みんなに返してやろうよ」


 と、他の女子たちが座席や床に落ちている遺書の回収を始める。


「それにしても、みんな手書きで書いてるんだね、私、スマホに残してた」

「私も、誰かに見られたら恥ずかしいよ」

「それは、ちょっと酷いよ、若菜」

「時代はアナログよ、機械なんて、壊れたらお終いなんだから」


 暗い雰囲気を払拭するかのように、冗談まじりに少し笑いながら遺書を回収していく。

「ナビーは休んでて、あとは私たちがやっておくから」

 と、夏目にうながされて、俺は旅客機をあとにする。

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