第2話
むっちゃんは同じアパートの4階に住んでいて、避難用のはしごを降りて1階のサトの家のベランダまでやってきていたのだった。遊びに来るのは決まって水曜日。サトが学校から帰るのは15時。そこから、母親がパートから帰る18時までがむっちゃんとの時間だった。
むっちゃんは、サトの出してくるおもちゃをどれも目を輝かせて眺めた。特に気に入ったのは、朝のアニメ番組に出てくる魔法道具のおもちゃだった。
「サトちゃん!すごーい!ほんものー!?」
「ほんものなわけ、ないよー」
むっちゃんは、ほんものだったらいいのに、と言って、ボタンを押して魔法の呪文を唱えた。
「シャイニーシャイニーキュアキュアスマイール!」
「今はシャイニングドリームキュアスペシャルだよ」
「そうなの?」
むっちゃんは目を真ん丸にして、サトの真似をして唱える。
「シャイニングドリームキュアスペシャル!」
ひとしきり魔法道具で遊んで、むっちゃんがちらりと時計を見た。
「ほんものだったら、いいのにな」
「無理だよ、魔法なんてないもん」
「でも、魔法が本当にあったら、キュアキュアの力で悪いやつ、倒せるんだよ。いいなあ」
「むっちゃん悪いやつ倒したいの?」
「うん」
むっちゃんは真っ直ぐにサトを見つめて頷いた。サトは、その時初めて、むっちゃんをすごいと思った。サトの持っているおもちゃや、今やっているテレビ、子どもマニキュアのおしゃれも何も知らないで、サトのやることなすことキラキラした目で真似するむっちゃんが、自分には持ってないものを持っている気がした。悪いやつを倒すと言うむっちゃんが、何だか急に大人に見えたのだ。
それからすぐに時間は過ぎて、「また来週ね」と言いながらむっちゃんははしごに足をかけた。
「ね、2月14日ってなんの日か知ってる?」
サトが尋ねるとむっちゃんは首を振った。
「チョコレートを作る日なの。あのね、前の日が日曜日だからママと作るの!14日、むっちゃん来て。チョコレート、あげる!」
「…水曜日じゃないんだね」
むっちゃんは、行けたら行くねと言い残し、タンタンという音をさせて家に帰っていった。その姿がすっかり見えなくなってから、サトはこっそりむっちゃんを真似てはしごを昇ろうとしてみた。でも、2階を覗ける所にも届かないうちから、怖くて先に進めなかった。あっけなく降りてはしごを見上げて目を凝らしても、むっちゃんの昇っていった4階がどれほどの高さか、サトには想像もつかなかった。
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