第18話 蟲毒の壺★♀▲

 手作りスタンガンの電撃を延髄に喰らい、痙攣けいれんを起こして倒れるセルリアン……。

 陸に打ち揚げられた魚のように、地面で激しくのたうち回りながら、眼窩や耳孔、口腔など全身の穴という穴から、虹色の体液を噴き出している……。


「すごーいっ! まほうみたい!」カラカルもすっかり驚いている。


 い、いや……所詮は使い捨てカメラの電気回路だ……。「コッククロフト・ウォルトン回路」を組み込んで電圧を上げて、さらに相手の身体が濡れていたとはいえ……。ヒトでも、のはずなのだが……。


 これまでフレンズから様々な攻撃を加えられてきたが、この反応はどう見ても異常だ。

 また、今まで攻撃を受けてもすぐ止血してしまっていた傷口が、今はぱっくりと開いて怒涛のように体液が噴出している。明らかに致命的なダメージ……。



「セルリアンがすごい血を吐いて――! ……いや、……いや、な……何なのよ、これは!?」と、カラカルが叫ぶ。


 蛇人セルリアンの身体から流れ出る粘液質の「体液」が……天井の照明の反射を照り返し、水に浮かぶ油のように七色に輝きながら、浴室のタイルの上で凝集していき……しかものだ! まるで、理科の授業で見るホコリカビのような「粘菌」——「変形菌」とも呼ばれる、アメーバ状の集合生物の映像の、早送り再生のように移動して……。


 いや、このセルリアンのうごめく体液こそが――!!

「こいつが……!! このが、セルリアンの本体なのかッ!!」


「ど、どういう推理なのよっハナコっ!? ……おぉ!! た、たしかに……全部血が出たセルリアンのじゃないっ!!」


 キリンがおそるおそる、セルリアンの甲冑のような身体を調べると、腕や脚などが関節部分から簡単に剥がれ落ちると、硬いタイルに触れてガラガラと反響音を立てた。

 セルリアンの腹腔に内蔵されている、唯一の、だが唾棄すべき、恐ろしい武器である触手――「苦悩の梨」と呼ばれる中世ヨーロッパの拷問器具を思わせる、その長い触手の……その古いカメラやの蛇腹を思わせる装甲部分が、ばらばらに細かいパーツに分離して……が燃えるかのように崩れ落ちていく……。


 さらに驚くべきことには! その「殻」のような身体の内部は完全にで……!!


 私たちが今まで必死に闘ってきたセルリアン……そのヘビの部分も、ヒトの部分も仮の姿——単なる「生命の容器」に過ぎず、その空蝉うつせみの身体を流れていた、怪奇極まる……!!

 一言で言うなれば、……! このセルリアンの粘性の高い不気味な体液は、全身を流れる血液でもあり、熱感知など外界の刺激を受容する感覚器官でもあり、刺激に対して行動を決定する神経でもあり、身体を動かす筋肉でもある……。


 地球上の私の既知の動物においては、考えられない解剖学的事実……。


 ちなみに「粘菌」は、身の回りにごくありふれた生物であり、都内でも公園などでそのカラフルなスライム状の姿を見かけることができるという。

 さらに近年の研究では粘菌は、迷路を解いて出口まで移動できることが知られ、また、効率の良い移動経路を構築する能力がある――実験では、関東地方の地形を模したミニチュアの中で「JR路線」と酷似する移動ルートを作った、など――全身が動く筋肉でありながら、その実ある程度の認知能力を有することが知られているが……。


 それでも、鎧兜のような「外骨格」に入り込んで動かすなんて……。

 常識ではにわかには信じがたい話だろうが……だが、自身の理性と教養に基づいて、観察し考察した結論は……これが事実であると告げているのだ!!




「……つまりっ! ヘビとヒトの、くっついたようなセルリアン……その正体は、だったのですね!」

 命からがら脱衣所に到達した我々に、ヘビクイワシたちのグループも合流した。

 カラカル、キリン、アードウルフ、そして私は、脱衣所のカゴに脱ぎっぱなしの衣服を身に着けながら……ヘビクイワシたちに上記の観察結果と考察を話した。


「しかし……オレもいろんなセルリアンと戦ってきたが……ウシのようなヤツとか、ハリネズミみたいなヤツとか……だけど『水』と戦うなんて初めてだなぁ!」

「むむむ~……ワニのわたしにとっては、水なんてトモダチみたいなもんじゃが……。でも、ツメもキバも効かないじゃろうし、ど~すればいいんじゃろかの~……?」

 アフリカニシキヘビとナイルワニの、戦闘経験豊富な「爬虫類コンビ」も、どう戦うべきか考えあぐねている様子。


「ああ、それについては私にがあります」

 私がそう答えると、ヘビクイワシが目を輝かせて叫んだ。


「さ、さっすがァ、ハナコ先生ぇッ!! もうセルリアンを倒す『さくせん』をお考えでいらっしゃいますかっ!? さすが『ばんぶつのれいちょう』であるヒトは、とてもとても、聡明でありますでしょう!!」

「そ、そんな大げさな……。ヘビクイワシさんは、いつも拡大解釈——物事を大きく見すぎですよ、メガネかけてるとはいえ……。今考えてるのは、作戦っていうか、ちょっとした理科の実験ですよ……」

「なんと『りかのじっけん』ですとっ! わたくし、がぜんワクワクしてきましたでしょうっ!!」




「なんだかよく分からんけど……いい『さくせん』を思いついて、どうにかなりそうなのよね! ヘビクイワシの言うとおり、実際すっごい!!」

 着替え途中のカラカルがボタンを留めるのに苦戦しながら、明るく笑って言った。

 その明るさとはうって変わって、先ほどの交戦で両手の指に幾つもの切り傷をつけ、顔を鼻血で赤く染める、痛々しい姿……。


「……カラカル……貴女の綺麗なカラダ、こんなにも傷ついて……。カンムリヅルさんもひどい怪我……。ああクソッ、セルリアンめ……。私がもっとしっかりしていれば……。もっと早くにセルリアンの正体に気がついて、さっさと突破していれば……」


「えぇっ、な、なによ……そ、そんな泣くほどのケガじゃないのに! このくらい、ぜんぜん大丈夫よ。舐めてりゃ治る。それに、アッサリ脱衣所ここまで来てたら、後から来たセルリアンとはちあわせして、『はさみうち』になってたじゃない!」

「そりゃ、結果論だけ言えばそうだけど……」


「そんな、なんでアンタが落ち込んでるのよ! アイツのしょーたいがワカったって、ハナコ、とってもスゴイのにさっ!! あ……それよりもアンタの、手のケガは大丈夫なの?」

 そうカラカルが聞いてくるので自分の腕を見ると、確かに前腕部が隠し包丁を入れた刺身のように傷だらけになっている……これまでのセルリアンとの取っ組み合いでついた傷だ。だが驚くべきは、動脈を避けるようにしているとはいえ、多少深めについたその傷が……もうすでに塞がりかけているのだ!


「うむ! ケガがもう治りかけているのう。この銭湯の『サンドスター温泉』のじゃな。余も全然へっちゃらなのじゃ!」と、戦意満々で言うホオジロカンムリヅル。


 我々フレンズの生命の源だという、ジャパリリパーク固有の超鉱物サンドスター……。温泉に入らずとも、立ち上る湯気の中にいるだけで、私たちの自然治癒力を極限まで高めてくれるというのか……!?




「このサンドスター温泉の持つ回復効果……あのセルリアンも、それでケガを治しているのでしょうか?」

 私の投げかける問いに、カンムリヅルとヘビクイワシが答える。


「いや。ほとんどのと聞いたことがあるのう」

「そうでありましょう。肉食や草食のセルリアンは、体内にサンドスターを取り込んでいる動物や植物やフレンズを食べて、そこからサンドスターを吸収するしかないそうです……。『食物連鎖』ってヤツでありましょう」

「なんつったかのう……セルリアンが必要とするのは『サンドスターロー』って言ってな……。『生物濃縮』って言葉だっけか、たしか……。我らフレンズは息をするだけでサンドスターを吸って、それがからだの中で溜まって、どんどん濃くなるじゃろ? セルリアンはそういう『サンドスターロー』っていう、動物や植物やフレンズのからだの中の『濃いサンドスター』しか食べられないとかで……。つまるところ、好き嫌いが激しいのじゃな、セルリアンどもは」

「あ、その話、わたくしも聞いたことがある。『博士』の話の受け売りでしょ、カンムリヅルさん」

「そりゃそうじゃ。余は『りか』は好まん。『てれび』は『じだいげき』しか見ない也!」

「自慢しないでくださいよー」


「……よーするに、この温泉に入っても、セルリアンは全然キズは治らないハズでありますよ。連中は、もともと打たれ強いだけでありましょう」

「うむ、あすこのずっと風呂に入ってるは、温泉からチカラを受けているように思えるが……アレはその例外じゃて。セルリアンの世界でも、はぐれ者がおるんじゃの~……」


 なるほど……着替えながら、その後もいろいろ彼女らの話を聞いてみると、サンドスターロー……濃いサンドスター……サンドスター・「RAW生の」の意味でいいのか? 一般的なセルリアン達の消化器官は、「通常サンドスター」を吸収できず、高濃度である「サンドスター・ロー」のみから、エネルギーを摂取できるらしい。

 たとえるなら、肉食動物の短い腸では、植物を食べても効率よく消化できないのと、同じようなものだろうか?


 ずっと風呂に浸かりっぱなしの「ブイ型セルリアン」などは、温泉のサンドスターからエネルギーを化学合成できるようだが……ヤツは、竹を食べる食肉目のパンダのようなもので、例外的な存在のセルリアンらしいが……。




 そして!


「よぉしっ! 着替え終わったっ!」


 ようやく文明人らしい格好に戻れた。素裸すっぱで戦うのもお終い、これで戦いを有利に進めることができる。

 それに、慣れてきたとはいえ、フレンズの「生まれたままの姿」を……いやフレンズの場合、「姿?」なのか?

 ……まあいいや……とにかく、彼女たちのすべすべの肌をこれ以上見るのは、目に毒だからね……。


 さらに、発見してから脱衣所に放置したままだった短機関銃サブマシンガンCz Vz. 61スコーピオン」を装填しておく!




 さあ準備OK! セルリアンどもに逆襲だ!!


「ちょっとハナコ! 毛皮が戻せないないんだけど!」

「ウワーッ!!」


 キリンが、服を半分身に着けた状態で……っていうか、ほぼのままで……な、なんとエッチな……半分だけ着てるのが、むしろ全裸よりスケベやでぇ……。

 い、いや後述するが、キリンはをかかえて……急に話しかけてきた。


「なによう、そんな、ヤギみたいな鳴き声だしてぇ……」

「ヤ、ヤギはこんな声で鳴かんわっ!! はよ服を――毛皮を着ろって!! カラカルもアードさんも、もうとっくに着てるじゃないか!!」


「そうは言うけど……。この、穴に丸いのを突っ込むヤツ……『ほーむずさん』のお話では、『ぼたん』とか言ってたかな? ぼたんがなかなか入れらんないのよ。着せてちょうだい」

「そ、そういう問題じゃないだろっ!! シャツが裏返しだし、スカートは上下逆だし、ブーツのヒモはぐちゃぐちゃだし……つーか何故ッ、一番の問題として、どうしてんだよぉっ!?!? アホか自分っ!?」


「あ、あほと言ったな……。あほの乳と尻がでかいだけの役立たず、とか言ったな……。うもも……うもぉぉ~ん!!」

 泣きたいのはコッチなのに、キリンはと偶蹄類のような声をあげて泣き出した。


「ってか、私そこまで言ってねえよ!! そんな悪口なのか誉め言葉なのか、よく分からんセリフ!! ……ああもうクソ、子供じゃないんだから……ホレ、ボタンってのは、こうして、先を優しくつまんで……」

「うも~っ……それは『ぼたん』じゃなくて、『ちくび』なのよ~」

「ギャーッ!! ゴメン!! 悪気は無かった!! け、決してエッチな……不健全な意図は無かった!!」

「……な、などと犯人は『きょうじゅつ』しており~……犯人は探偵の前ではみんなそう言うのよ~。うもおぉ~ん……」

「つ、つい目の前に無防備におっぱいがあって、魔が差し――イ、イヤッ違うぞ! 偶然であり不可抗力! 他意は無かったんです!! 信じてください!!」




「キリンさんもハナコさんも、そうやってダチョウさんみたいに、のんきに『お笑い芸人』みたいなこと、してる場合じゃないですよ」すっかり衣服に着替えたアードウルフが、淡々とツッコミを入れた。


「お、お笑いなんかやってないっ!! だいたい7割くらい、ヘンタイのキリンが悪いのだっ!」

「うわ~ん……うももも~っ!」

「ああもう、貴女は毛皮とヒヅメが無いとなんですから、そこで早く着替えていて下さいっ!」

「ぐぬぬっ……その通りだし、言い返せない~っ!! うももも~っ、毛皮さえ……ヒヅメさえあれば、あんなセルリアンなんて、ぼこぼこにできるのに~!!」


 着替え中のキリンひとりを脱衣所に残して……まあ、ここなら一番安全だろう……残りの面子で、浴室のセルリアン達との戦いに挑む!




 気を取り直して今度こそ……さあ、セルリアンどもに逆襲だ!!


「そうは言ったものの……『水のセルリアン』なんて、どうやって戦うのよ?」と、カラカルが尋ねる。


 博物学者南方熊楠みなかたくまぐすが「混沌たる痰」と言ったという「粘菌」。その性質の顕現したるセルリアン……筋肉も関節もなく、急所も存在しないから、打撃も斬撃も刺突も銃撃も投げ技も関節技も――つまり物理的な攻撃はほとんど無効……その「殻」に傷をつけても、本体たる体液には血小板のような働きもあるらしく、外気に晒されればすぐに止血してしまう……。


 さあ、この水辺にそびえる「装甲要塞」を、いかに攻略するか……。




 ではまず、私の「ちょっとした仮説」を検証するため……のほうで、科学実験をしてみるか……。


 私は『真水』という看板がかかった水道の蛇口をひねって、黄色い洗面器(銭湯や温泉でおなじみのケロリン桶。それにイヌ科のようなフレンズの顔が描かれている)に水を汲む。

 そして、先ほど電撃で打ち倒したセルリアンの「身体」から染み出てきた、液状の「中身」—―虹色のスライム状の不気味な粘性生物に、真水をぶっかける!


 ……さらにシャワーで水をかけ続けると、スライムセルリアンの身体は水風船のように膨れ上がり、とうとう最後には水を吸いすぎて破裂して、どろどろとした原形質から虹色の煙を出して、排水溝に薄まって流されていってしまった。


「うわっ! ……アタシたちがあんなに攻撃しても効かなかったセルリアンなのに! み、わ!」

「やはり『浸透圧』で……。あの表皮組織は『半透膜』……。つまり、あの柔らかい『水のセルリアン』は水を吸いすぎると、ああやって身体が弾けて死んじゃうみたい」


「そりゃ『雨季のさばんなちほーの果物』みたいね。スイカとか、バオバブの木の実とか。雨が降ると、実が割れたりするからね。アタシはあまり食べないけど」

「そうそう。ふだんはあの『固い身体』で押さえつけられているけど、殻から出してしまえば、ああして水で簡単に膨らませられるわけだね……」


「……こうして水で簡単に退治できると言っても、近寄らないほうがいい。たぶんあのスライムは、

「あの『すらいむ』は肉食なのよね? 触ると食べられちゃうのかしら?」

「たぶん。ここに来る前の、あのスイギュウが、全身の血を抜かれて死んじゃったように……」

「う~ん。そりゃ、あんまり想像したくない死に方よねぇ~……」


 Naegleria fowleri……「フォーラー・ネグレリア」という原生生物がいる。「人喰いアメーバ」や「脳喰いアメーバ」の通称のほうが有名かもしれない。水田や温泉など、温かい淡水を好んで生息する微生物で、人間の鼻から体内に侵入し、組織の壊死と出血を引き起こし、脳まで到達すれば、「脳が固形を保てない」までに脳組織の炎症・軟化を引き起こし、ほぼ確実に死に至らしめるという……。


 それと同様に、このセルリアンも粘膜部から体内に侵入して体組織を喰い破る性質があるらしい。その「侵入経路」を切り開くために、人型の「外骨格」を操り、触手で獲物を傷つけるという、はるかに暴力的な手段を取る生物ではあるが……。




「まあとにかく、どうにかして、水をかけただけで、カンタンにやっつけられるのね。でも、その『身体から中身を出す』のを、どうやってやろうって言うのよ?」


 例の「即席スタンガン」は、コンデンサに蓄電するまでしばらく使えないし……それにもう電池のほうが寿命でダメかもしれないから、ほとんど頼りにできない。


「……むかしむかし、とあるところの――中世の、ヨーロッパという場所で『瀉血しゃけつ』という、腐った血を出すという病気の治し方があってね。あのセルリアンは、中身全部が腐った血のようなものだから、よく効くはずだよ」

「その『しゃけつ』ってのをセルリアンにやろうってのね」

「ヤツは獲物の血を吸ってきたわけだから、そのお返しってワケだ」

「ヒトっていちいち、おしゃべりが回りくどいわよ~」


「これ以上、貴女たちフレンズの、温かい血が流れる身体を傷つけさせない……。あんな危険なヤツ……刺し違えてでも始末してやる!」

「そ、そんな大げさな……。ハナコ、無茶しないでよね、ヤバくなったら、シッポ巻いて逃げりゃいいのよ……。さっきヘビクイワシに言ってけたけど、逆にアンタのほうこそ、いちいち言うことが大げさなのよ……」

「……」




「はーい! ハナコ先生ッ、これでいいですか、『おとこゆ』のほうから『ふくろ』を持ってきましたぁ~! 準備できましたから、『理科の実験』をしましょう!」

 と、ヘビクイワシ達が「セメント」と「しっくい」の袋を運んできた。

(ところでヘビクイワシさん、貴女、先生っていうか、っぽいですよ……)


「ありがとう、みんな! もしやと思ってたけど、やっぱりそうだ!」

 先ほど男湯の様子を聞いたときに、「内部補修中」らしくて「大きな袋」があったといった旨の発言をしていたのである。


 そして我々は温室の倉庫スペース(さっき私が五点着地の時にガラスに突っ込んだ場所)から、園芸用「肥料」の袋を持ち出す。




 えー、「セメント」とかけまして、「肥料」ととく……。そのココロは……! 


 フレンズたちはツメやキバで袋の端を切り裂いてから……袋をセルリアンの群れに投げつける!




 すると!


 セメントや肥料の中の消石灰が、セルリアンの殻の細かい隙間から体内に入り……内部のスライムの水分に溶解していく! 先ほどの「電撃」と同様に……物理攻撃の効かない相手には「化学的攻撃」というわけだ!


 体液そのものが、感じる肌・考える脳・動く筋肉である、「殻」の中身の「本体」のアメーバ・セルリアンに対して……この攻撃は大きなダメージを与えているのが見て取れる! 水酸化カルシウムの水溶液は強塩基アルカリ性で、強力な消毒性があるのだ! 感覚器、神経、筋肉……それらはすべて、細胞の内部の化学反応に依存している……それをメチャクチャにしてやろうというわけだ!


 まともに消石灰を喰らったセルリアンは……一番関節の多い「腹の触手」部分をはじめとして、雪崩式に次々に身体の「殻」を滑落させて……人型の形状を保てずにばらばらになって腐り落ちていく!


「こりゃすごいのう!」

「効いてるぞ! めっちゃ効いてるぅっ!」




 残りのセルリアンどもに、さらなる追撃だァッ!


 私は浴室のサウナの中に掃除用具のブリキのバケツを置き、トイレから持ち出してきた「塩素系」洗剤と、温室倉庫の「酸性」洗剤を混合して……塩素ガスを発生させる!


 さらに! サブマシンガンの銃口を、脱衣所の鏡の前の藤椅子に置いてあった「カバのぬいぐるみ」――さっき、アードウルフがいじっていたヤツだな――その口に差し込み、「簡易サイレンサー」にする! (映画などで、枕を消音器にするのと同じ原理だ)


 サソリの尾のようなフォールディング・ストックを展開し、安全装置を解除し、ケガをしていない片手と肩との、二点支持でのフルオート・マシンガン射撃! ……ただし標的マトはセルリアンではなく、熱い源泉の流れる鉄パイプ……。

 威力は低いが反動も少ない32口径の拳銃弾は、片手での連射でもラクに制御できた。


「うぷぷっ!! カ、カバのお尻から……ぱかぱかって……おッ、面白すぎぃッ~~ッ!!」

「わ、笑うなッ、カラカル!! カバこれは、チミたちの聴覚みみに、刺激を与えないようにだな……!!」


「あはは!! ハナコさん、やっぱり『お笑い芸人』じゃないですか~!!」

「そ、そんな、アードさんまで……。銃にぬいぐるみを仕込むのはKitty Corner Shotネコーナーショットと言って、ヒトの武器の伝統的な……。ホントなんだぞ……ブツブツ……」




 の是非はともかく!


 銃弾で撃ち抜いた配管から熱水が次々に流れ出し……それを追って、セルリアンたちは塩素ガスの発生し始めたサウナの「毒ガス室」へと誘導されていく!


「よおし! みんなでドアを塞いじゃうんですっ!!」

「おおー!!」

 ついでに温度調節用バルブをいじって、人間が耐えられないレベルまでサウナ室の温度を上昇させる。

 毒ガス+セルリアンの蒸し焼きのツープラトンだ!




 フレンズたち全員でサウナの扉を押さえつける。


 ばたばたという音。分厚い耐熱ガラス窓から、中でセルリアンが苦しみ、暴れる様子が見えるが、それもガラスが湯気で曇って見えなくなる……。


「やったか……」

「こ、これで本当に倒したのかしら……?」

 カラカルがホッとした調子で言う。




「なんだかよく分からなかったんですが……つまり、どういうことなんでしょう? 『セルリアンが水』だってのまでは、さっきの説明で理解ワカったんですケド……」とアードウルフが尋ね、他のフレンズも同様の質問をする。


「さっきのは消石灰の水に溶けて『アルカリ性』を示す性質を利用して、今のは洗剤の、次亜塩素酸ナトリウムと塩酸の化学反応で『塩素ガス』を発生させて、セルリアンを倒した……って説明でわかります?」

「???? ぜ、ぜんぜん分かりません……。『毒』を使って攻撃したんだなあ、ってのはなんとなく分かりますけど……」


 いえ、石灰と塩素だし、むしろ逆に『汚物は消毒だ~!!』ってしてやったと思うんですけど。


「分かる! わたくし、分かります! 理科ですね! 『せっかい』や『せんざい』は知ってます! ほめてください!」

 ヘビクイワシが話に首を突っ込んできた。貴女意外と、キリンと同じタイプですね……。


「ハナコせんせい! わたくしだけは分かりますですから! ほめて、ほめて!」

 ほんと犬っぽいっすね、貴女……猛禽類じゃないの?


「ヘビクイワシ先生……お言葉ですが、むしろってのは『先生失格』なのでは?」

「ふおぉーっ!!!! 言われてみれば、その通りでありましょう!!」




「ハナコ殿、『さうなのどあ』のスキマから塩素ガスどくけむりが出てきたぞよ。……これでもう、中のセルリアンはやっつけたんじゃろ? 中を見てみるかのう?」

「カンムリヅルさん、そうですね。もう大丈夫でしょう。ちょっと待ってください、たしか換気扇のスイッチがその辺に――」




 だが、ほっと一息ついていたその瞬間!!

 ばぎばぎッ……!! と!!


 サウナの木製のドアがぶち破られ、その勢いで吹っ飛ばされるフレンズたち!!


 どっ、何がどうなってるんだおい!!


 ドアを弾き飛ばして、サウナの入り口付近の木材を壊しながら飛び出してきたのは……!!


 いったい何なんだ、こいつは!?

 どこから出てきた!? 何が起こった!?

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