第17話 その時、電流走る▲

「くっそぉ……こうなったら! 一気に突撃して退路を確保しましょう!」

 私はそう覚悟を決める!


「おっぉ~う! そうこなくっちゃね! 逃げるばかりでイライラしてたところよっ!」

 そうカラカルは言うけれど、これからフレンズとの豪華捕食ディナーを愉しまんとするセルリアンご一行は、で健康ランドにお越しの団体客……。


 なんの策もなしに、真正面から突っ込めんだところで、のは必定……。せめてどうにかして、ヤツらのことができれば……。




 ……ところで、先ほどからがある。


「ヘビクイワシさん、さっきけど、みたいですよね? ……何故でしょうか?」

「んん~? 言われてみれば、その通り……。でも、なんででしょうねぇ? 思うに、おんなゆ?のコッチのお風呂のほうが、騒がしかったからじゃないでしょうか? 人数も多かったですし」

 はたして、本当にそれだけの理由だろうか……?


「ところで男湯のほうは、コチラと違う点はありませんでしたか? ヘンな事が起きたとか、何か変わったモノがあったとか……?」


「ヘンなこと……? ……あ、そーいえば、向こうのお風呂はこちらと違って、全部でしたね」

「ええぇっ、それは初耳だけど!? 冷たいお湯って……じゃあ向こうは水風呂だったのかっ!?」


 それじゃあ銭湯じゃなくてただのプールじゃないか……。

 しかし最初から水風呂、ってわけではなくて、おそらくは何らかのトラブル――湯沸かし器や、源泉の汲み上げ機が故障中だからだと推測するが……。




 だが、男湯が水風呂になっている「原因」よりも、今はのほうが興味深かった!


「もしかして熱源探知能力サーモグラフィ! ヘビだけに『ピット器官』!」

「?? なんですか、それ? どっかで聞いた覚えがありますケド……」

 このアードウルフの疑問に対して、ニシキヘビとナイルワニが答える。


「『ぴっときかん』ってのは、よーするに『熱さ冷たさが分かる』んだ。オレたちはな、こう、口の上で感じるんだけど、熱いモノほど違うんだよ、いろいろ。っつーかっつーか……ううぅ、お前ら、鳥たちや哺乳類たちには、ちょっと説明しにくいんだよなぁ!」と言って、アフリカニシキヘビは自分のを指し示す。

 なお「ピット器官」とはニシキヘビ、マムシ、ボアの仲間のヘビのみが持つ熱感覚器で、よりもに近い性質のものだと言われている。


「うむうむ。こないだの夜に戦った時には便利じゃったのう~。暗くても、周りの事が分かるんじゃよ~」

 ナイルワニは、中世のスケイルアーマーを思わせるウロコ状の自分の衣服(と彼女たちは呼ばないけれど……)に空いた「穴」を我々に見せてみせる。

 ワニの場合には「穿孔ピット」と称される熱感覚器官―—ワニ目のなかでも陸上で活動することが多く、恒温動物の狩りに長けた「クロコダイル科」にしか存在しない器官だ。




「おそらくあのセルリアン達も……? だとすれば……」

 私のこの仮説、証明してみよう。


 私は消音リボルバーの射撃で、『ねっとうちゅうい!』と書いてある看板の近くの、源泉の水冷装置の鉄パイプを狙撃する。すると破損した配管パイプから、サンドスター色の熱湯があふれ出し、虹色の湯煙が辺りに充満する……。


「わ! ハナコ、一体何をするのよ!? あ、あそこから出てきたあれは、熱い水みたいな――ヒトの言葉だと、お湯って言うけど……」

「あ、あれ……? セルリアンが『お湯』のまわりに……なんだか、動きがおかしいですよ!?」


「ヘビのセルリアン……ぴっときかん……ナルホドぉ!! つまり、アイツらはってワケかぁ!!」

 ニシキヘビが叫ぶ。


 そう! 話の蛇神を思わせる異形の「蛇人型セルリアン」には、やはり「熱を感知する能力」があるのだ!! こののも、してきたのも、様子も、性質も……すべて説明がつく!


 あ、そういえば……。

「あの、スンマセン、カンムリヅルさん。つい銭湯の設備を壊しちゃいました……」

「もぉ、とっくの前から壊れまくりじゃろが~……」

「それな」


「セルリアンと戦ってるうちに、地面が割れるわ、木が倒れるわ……。あぁ~、余の素敵な『お城』がぁ~……」

「うぅ、ごめんなさい……」

「……まあ、余も自分で壊してるからな。そんなに気に病むでないぞよ、ハナコうじ




「…で、あのぉ~……すごく言いにくいし、大変申し訳なく思うんですけど……。今見たように、これからこの人類の文化遺産を……ねッッ!! 戦いの後、私のこと、好きなだけ怒ってたり、嫌ったりしていいですからッ!!」

「そんなこと思うわけないじゃろ。形あるものは、いつか無くなるものぞ……はあぁ~……しかし余はこの『けんこーらんど』は、すごく気に入ってたんじゃがの~……でもから仕方ないのじゃっ!」


 よし! ちょっと気が引けるが……城主の「お墨付き」も頂いたし、ド派手にいかせてもらうぞっ!


 


 この銭湯は、昭和40年代に流行ったという「ジャングル風呂」だが……旧式の循環風呂ではなく、2010年代以降のより衛生的な「掛け流し式」ッ! なお、そのほかにも衛生管理はバッチリらしいぞ!

 つまり、地下の「サンドスター温泉脈」から引いた高温の源泉を、螺旋コイル状の蛇行する配管を通して冷却水に長時間接触させることで冷却し、ヒトやフレンズが入浴できる水温まで冷やす仕組み! つまり、ほぼ無限の源泉……これを利用させてもらう。

 ちなみにこの辺の知識は脱衣場の解説プレートに詳細に書いてあった話で、しかも冷却装置の図解まで載っていて……良かった!

  私は拳銃の残りの弾丸を使って、冷却パイプ次々に狙撃する! 配管設備の「脆弱な部分」に開けられた、計七ケ所の穴から、たちまちに熱い「サンドスター湯」がジャンジャンバリバリ噴き出してきて、浴室には煙が充満する!


 十数体のセルリアンたちは……明らかにこの熱気に対して反応している! 熱源であるパイプの破損部を触手で触るものや、湯煙のなかで乱雑に触手を伸ばして探る個体など……。

 やはり「連中」には、何らかの高感度な熱感覚能力があるようで、浴槽に張られた湯や、床に掛け流されるお湯、熱い源泉の流れるパイプなどの非生体熱源と、「フレンズの体温」を正確に区別できていたようだが……この「熱気の煙幕」が広がったおかげで、半数以上の個体が我々の位置を見失っている様子!


 我々からセルリアンの注意がそれている、今がチャンス!

 いったん退却する形になるが……セルリアンに負けっぱなしじゃ終わらんからなっ! この湯煙はフレンズ軍団の「反撃の狼煙」だっ!


「いよっしゃあっ! 名付けてコレ『湯けむりサスペンス温泉巡り作戦』は大成功! さあ、セルリアンたちが勘付く前に、フレンズ軍団、今の内に脱衣所へ移動しましょう!」


「うにゃにゃーッ!!」

「うももももーーっ!!」


 なお、水辺での戦いや移動が不得手なキリンとアードウルフは、壊れずに残った「お風呂のフタ」の盾を持ちながらの移動だ!!


「余が『いちばんやり』じゃあーっ! 皆の衆、余のこのカンムリの『はたじるし』に続けぃっっ!」

 古代ローマ軍団の百人隊長センチュリオンの兜飾りを思わせる頭の羽をたなびかせて、カンムリヅルはひときわ大きな「鶴の一声」で皆の勇気を奮い立たせる!




 フレンズたちは各自、退路へ突撃いぃッ!!


 ヘタに統率を取ろうとして動きを制限されるよりも……覚悟を決めて、各員の進めっ!




 おお! 湿地帯のフレンズたちの軽やかな足取り……まさに水辺に適応した獣たちの機能的な動き!


 ウォーターバックとシタツンガは、持ち前の「滑りにくいヒヅメ」を使って……湯の流れるタイルの上を、いとも簡単に飛び跳ねて高速で走り去る!

 そしてアマゾンマナティーは浴槽のお湯の中に飛び込むと、おっとりした性格とは打って変わって、素早い泳ぎで入り口めがけて移動する! 水を得た魚……ならぬっ! さすがは雨季の洪水で水没した南米のジャングルの「森の中を泳ぐ」と言われるアマゾンマナティーであるっ!


 ヘビクイワシ、ニシキヘビ、ナイルワニ、カンムリヅルは各自協力して、囮に引き付けられずに残留したセルリアンと交戦しながら、退路を切り開かんとする!




 そして!

 カラカル、キリン、アードウルフ、そして私の四人組の前に、二体のセルリアンの残党が立ちはだかるっ!

 こいつらもセルリアンの……ここさえ攻略できれば、健康ランドのロビーまで、出口まで到達できる……!

「カラカル……左のほうのセルリアンはまかせるっ!」


」という質問をカラカルが口にして、そしてキリンとアードウルフからも同様の言葉が返ってきた。


「……、つまりが左だよ。で、右ってのは、左の逆」

「じゃ、こっちね」

 カラカルはそう言いながら、私の手を取って……当然の権利のように自身の!? ……「左と右」の概念を、カラダで確認する。




 彼女の、決して大きくはないが、きれいな形の乳房が……視覚とともに、触覚によって改めて感じられた。


 ……最初だけ、ちょっとギョッとして、少し戸惑ったが……それにしても予期していたより全く、性的な感情は芽生えなかった。

 いや、自分でも驚くほどに。さっきはあんなに興奮してたくせに……。


 むしろ、こうして彼女たちが生きている証拠を感じられて……なんと表現すればいいのか……太陽の暖かさを掌で受けるような……羊水の中から胎児が母親の心臓の鼓動を感じるような……イヤ、なんだかこういうちょっとヘンなたとえしか、今は思い浮かばないんだけど……。


 それにこの四人はずーっと全裸なんだけど、なんか、見慣れちゃったというか……とくにイヤラシイことは考えなくなってきたな……。まるで家族の裸の……。


 でも、家族ってこんな感じなのだろうか……。私にも家族がいたはずなのだが……。







 なんだ、今の声は……。


 たまに、こういう意識がぼんやりすることがあるが……。


 あ、今のは、アレだな。フレンズに対する性的な感情をヘンに意識してたら、だんだん本当に興奮してきちゃったってヤツだな……。

「ううっ! 正確には『心臓は真ん中にあるけど、左の筋肉が大きい』んだけどね!」

 ……とか言って、カラカルの胸から手を引っ込めて、この場をごまかしておこう。




「そんなことよりハナコ、私もこいつらと戦うわよっ!!」とキリンが(例の」のド変態クールビズ・ルックで)高らかに宣言するが……。


「そうは言うがな、キリン。貴女、けがわヒヅメが無いから、浴室ここじゃあ、満足に走ることもできないじゃない。その心意気だけありがたくもらっとくよ」

「そうよね。それにヒヅメがあったところでダメじゃない? 聞いたことがあるけど……ラクダとかいう、アンタの仲間の動物だって、乾いた場所はトクイでも、水辺じゃすぐコケて、ダメダメだって言うし。足に『すぱいく』のあるアタシに任せときなって!」

「キリンさん、足元は滑るし、はブラブラ揺れてジャマジャマだし。水辺では全然ダメダメですよ。無理しないでください。こーしてわたしと『たて』に隠れてましょうよ」

 私とカラカルとアードウルフのよる駄目出しである!


 ……いや、言い方が悪いな……キリン、戦力外通告。二軍落ち宣言。リストラ。ブルペン送り……配慮、そうコレは「精神的配慮」と呼ぶ!


 我々の「配慮」に対してキリンは、感謝の?涙を流した。

「うもぉおぉ~んっ……!! 毛皮ァ~っ…毛皮さえ付ければァ~っ……! 足場がよければぁ~っ! こんなっ……こんなセルリアンどもなんか、ひとひねりなのにぃ~っ!!」

 悔し涙でした。


 育ちの良さそうな金髪碧眼巨乳のねーちゃんが、全裸にマフラーだけ着けて泣いてる姿は、すごくシュールな画やね……。

 これ以上、タイルの上に液体を流さないでくれよな~……。


「くそうくそう! じゃあ、私はこの『バナナの皮』を投げて、みんなをお助けする! 探偵として!」

「じゃ、わたし、バナナの中身を食べます!」

 キリンとアードウルフ……イマイチこのふたりは頼りにならんよなぁ……。

 アードさん、とりあえずそれ、食べないでもいいんじゃない?




 ……などといつも通りのやり取りする我々に、迫り来るは二体のセルリアン!

 ここは、戦闘能力のある私とカラカルとで凌ぐしかない!


「カラカル、足の裏の――『サンドスター・スパイク』の調子はどう?」

「なかなかいいじゃないコレ! ハナコ、やっぱりアンタは、不思議なことを考え付くねえ! ヒトって!」

「そうでもないよ。ヒトの知ってることなんて、たいてい——ただ、それをがあるだけだよ……」


「ふーん、そう。じゃあ、さばんなでチーターを見かけたら、『ありがとう』って言っておこうかしら!」

「じゃあ、ちゃんと生きてサバンナに帰ってくれっ!」

「そっちこそっ!」


 蛇人型セルリアン……神話や聖書の蛇神や怪物を思わせる、おぞましい、異形の生物……その腹部のから垂れ下がるのは、男性器を思わせるような……いや、「へその緒」に似ているだろうか……?


 そして女性のような滑らかで曲線的な体形の、「人間部分」の頭や腕や脚に絡んだ細い触手……。


 コイツら……このセルリアンは、 心なしか、ような……。

 ただの気のせいか? フレンズに殴られすぎて、体形が変わったわけでもあるまいし……。


「よし! 『ひだり』のセルリアンはアタシに任せてっ!」

「右のは私がる」

「アンタ、『じゅう』も『ないふ』も効かないコイツら、どうにかなるの?」

「そっちだって。こいつらには『自慢のツメ』が効かなそうでしょ?」


「ま、なんとかなるわよ。今までだって、そうしてきたし」

「そうか。私には『今まで』と言えるほど過去はないけど……!」

「りょうかいっ! 死なないでよっ!」

「そっちこそくたばんなよっ!」




 さあ、セルリアン二体の攻撃が……来るッッ!


 我々の正面、右と左に位置するセルリアン……。

っ!」

「え? なんで分か――」


 と、カラカルが疑問を口にし終える前に、やはり


 やはりそう来たなっ! だが遅すぎるッ! 避けられる速度だっ!


 ロングフックのような軌道で、腹めがけて打ち下ろし気味に繰り出される触手……その攻撃の出始めのタイミングで、私は触手先端の位置が高い時点でダッキングで脇の下に潜り抜けて、背後へとまわり……荒ぶる触手を右手でつかんで、セルリアン自身の首に絡ませて……両手で背後から絞め上げる……。

 柔道の基本の絞め技、「送り襟絞め」ェっ!!

 セルリアンには襟がないから「送り触手絞め」だけどなっ!!


 こいつはもしかして、さっき私に撃たれて首をぶった切られた個体か……首を絞め上げると、その頭部や頸部の傷口から、体液があふれ出てくる。

 やはり絞め技が弱点なのか……?




 ……ところで、なぜ事が予想できたのかだが……。


 まず、こいつらセルリアンは大部分のヒトと同様に、みんな「右利き」らしい点に着目する。


 向かって「右の個体」が攻撃してきた場合、その攻撃をさばいて仮に、それは両者の真ん中に位置することであり、「左側の個体」が援護攻撃に入れるという状況……。

 逆に「向かって左のセルリアン」が右利き触手で攻撃してきた場合は……攻撃をかわして背後にまわった場合、「右の個体」がカバーできないのである。


 この理論というか、は「人間の闘争ストリートファイト」の場合なのだが……。二人の人間が相手を襲撃する場合の統計では、なんとで、このような展開になるという!

 これは、生物の本能として「背後を取られることを恐れる」という明確な理由があるからだ!


 生きるか死ぬか、野生の世界で生きる、単純な進化のルールに従うセルリアンならば、なおさらのこと……こういった「合理的な戦術」を取るだろうと、予想していた――言い方を変えれば、私はセルリアンのわけだ!

 



 さて、そういうわけで、つまりもう一体のセルリアンの攻撃が、私の背後に迫っているわけだが……。


 しめ上げているセルリアンごと身体を後ろ向きにひるがえして、背後に迫る攻撃はッ!


 さんざん苦しめられたこのセルリアンの身体の硬さだが……逆にこれほど頼りになる「盾」は無いだろう。こいつの相方の触手の刺突は、すべてこの「セルリアンの盾」ではじき返すことができた。




「フッギャァ~~ッ!!」と叫びながら、その相方セルリアンに襲い掛かるカラカル! まさにヘビを相手にするネコの形相!


「そっちのほうは任せた! 私の相方パートナー!」

「喜んで任されたあッ!!」




 私に絞め上げられながら、相方の怪物のほうへ向いて、うらめしそうにもがくセルリアン……。


「テメェの相手はコッチだ! こいつを喰らえッこの野郎!」

 私はセルリアンにさらなる追撃を加える!


 両手での絞めから、片手で絞める形――柔道絞め技十二本のひとつ「片手絞め」に切り替え、私はバックパックからナイフを取り出す。そのナイフでセルリアンの触手の先端を切りつける……。思った通り、傷口からすぐにどろどろの鮮やかな体液がにじみ出て、その切り傷を塞いでしまう……。そう、すぐに傷をふさぐ粘液でどろどろに固めてしまうことで、例のためだ!



 ほかのフレンズ達も、以前よりもいい動きで戦っている様子だ。


 さっきからずっと逃げ回っていたけれど、ただ単に逃げているだけじゃなくて……本能のままに戦うだけじゃなくて、私たちは色々とやり方を、経験と想像力を使って、ずっと考えていたんだ!! ってところを見せてやるぞッ!!




「ハイッ、ハナコさんこれコレ!」

「オ! ナイスアシスト! ありがとう、アードさん!」

 そこにグッドタイミングでアードウルフからの差し入れ――彼女が盾をかまえながら手渡してきたのは、七発全弾再装填フルリロード済みのナガンリボルバー!


 私は手の中でナイフを回して「逆手持ち」に切り替え、セルリアンの胸部を、肋骨の間をすり抜けるように水平に刺し、横隔膜と肺をえぐるように振り下ろし……何度も刺してそのままにする……その空いた手で拳銃を受け取る!


「カラカル、伏せてッ!」

「にゃ!」


 彼女が飛び退いた瞬間、セルリアンを盾にしたまま、間髪入れずに援護射撃!

 拳銃の機関部の可動音とサプレッサーの軽い音が響き……眼球、鼻孔、口、喉、心臓、胃、肝臓……カラカルの目前のセルリアンの上半身の(ヒトの場合の)急所を狙って、速射で弾丸を叩き込む! 

 仰向けに崩れ落ちるセルリアンに、さらに襲い掛かるカラカル。




「コッチもとどめを刺す!」

 私は背後から片手で絞め上げているセルリアンを、両手での絞め――片手で首を絞め、もう片手で後頭部を押す技――「裸絞めチョークスリーパー」に切り替えて、さらにきつく頸動脈を絞め続ける。


 人間であれば「頚動脈洞反射」により10秒以内に意識が落ちるているところだが……こいつは一向に、抵抗する力を弱めない……。


 なら打撃ッ!


 私はチョークを解除し、片手で首に絡んだ触手をつかんで押し、もう片手で背後から股間を掴んですくい上げ……セルリアンを顔面からタイルに叩きつける!


「くぬやろォッ!」

 まわりにたくさん置いてある観葉植物の植木鉢——パキラ、ゴムノキ、パーラーヤシ……などなど――それを片っ端から、その植物部分をひっつかんで、ダウンしたセルリアンの後頭部めがけて、重厚な陶製の植木鉢を……力任せに遠心力で叩きつける! 


「あ! こいつは良いものがあった!」

 セルリアンの頭の三分の一ぐらいが、すっかり陥没するくらいの攻撃を加えてから、私はの中にある観葉植物の「リュウゼツランの葉」を引きちぎる。


 セルリアンの背中にまたがり、ことで知られるリュウゼツランの葉を代わりにして、首の傷口にあてがい、


 頸動脈、気道、延髄……人間ならば存在するであろう、それらの器官はこの怪物には無いらしく、意外とあっさりと、短時間で、手応えなく……ほぼ完全にセルリアンの首が切断される。




 それは、これで死んだ……と、無意識に思っていたからであろう。


 だってそうだろ? 頭の形がヘコむほど殴られて、首が飛ぶほどに喉を切り裂けば……どんな生物でさえも死ぬはずでしょ……常識的に考えて……。


「うわっ!!」


 そう油断していた私の身体が、次の瞬間、宙に浮く! セルリアンが背筋を使って跳ね上げたのだ!


 ごろりと濡れて温かい床の上に転がる私が、逆光の中で見たものは……。


 頭を潰されて、その頭部が文字通り「首の皮一枚で」胴体と繋がっている状態のセルリアンの……ひしゃげて逆さになった顔に、逆さ向きの笑みを浮かべて……本当に姿……。鎖骨に沿って大きく切り裂かれた傷口が……もうすでに体液が止血しかかって……私の目の前で、映画の逆再生のように……へこんだ後頭部が元通りに膨らみ……取れかけていた頭が胴体にくっついて、元通りになる姿……。





 おいおいおいおい。マジかよ。


 脳天ハチ割られて……咽頭ノド掻っ切られて……それでも生きていて、元通りに再生する生物なんて……どうやってたおせばいいんだ? まるで悪夢――。



 と、その瞬間起こしかけていた上体が、タイルに叩きつけられる


 ぐっ、しまった!


 そう考えながら戸惑う私の隙を付き、あおむけに倒れていた私に馬乗りになる怪物! 

 そして、右側に触手を振り上げる! その触手を「返しだ」とばかり私の喉に打ち込む悪夢を、現実のものとするために!




「クソっタレえぇッッ!!」

 もうこの状況が夢か現実かわからん!


 いや、そもそもフレンズとか、サンドスターとか、セルリアンとかいう、非ィ現実的な話がぁ……最初からわからんのだっ!


 なにもかもが!! 全然わからん!!


 だが、なことは分かるぞっ!!




 私は速攻で馬乗りになったセルリアンの胴体を両脚で挟み込む、「クロスガード」のポジションを取り、セルリアンの態勢を崩して前のめりにさせる! そしてその両腕とともに触手をつかみ……敵の触手と右腕を引き寄せ、左腕を遠ざけてから……キツネが獲物を狩るときにジャンプするように、自分の両脚を跳ね上げて……自分の両脚と相手の右腕とで、……。


 総合格闘技の基本技……ガードポジションからの「三角絞め」エぇッッ!!


 しかも、左手を使ってガッチリと足首と膝裏のフックを固めたうえで……そこに触手を絡ませてさらに固定した……名付けて「セルリアン触手まきまき三角絞め」だ!!

 恐れ入ったか、どうだこの必殺技!! 人間はネーミングセンスも最強なんだッッ!!

「あんまり名前カッコよくないですケド……」

 と、遠くから聞きなれた声がする。

 突っ込み無用です、アードさん!


「まだまだァ!! 何だか全くわからんが、死なないってんなら……死ぬまで攻撃を止めないまでだぁァッ!!」

「その発言はムジュンしているわ!」

 と、遠くから聞きなれた声がする。

 うるせえキリン!




 さあ、「人間様の技」は、ここから本番……!!


 三角を確実なものとするため、両腕で相手の頭をつかんで引き寄せ……からの! 両手の親指をアゴにひっかけ、残りの四指を眼窩に突っ込んでの……握力まかせの、の「目潰し」だ!!

(※「こんな力かませなの、技じゃないだろ」と思われるかもしれないが、中世ヨーロッパのレスリングに関する写本に載っているという、れっきとした技術である。もちろんMMAそうごうには無い技です)


「gyエァあぁッ!! ぐうぉるルrrrるぉォォッ!!!!」

 この「強力目潰し」で単眼を押しつぶすように握りこむと……さしものセルリアンも、両脚と自身の腕で絞められた喉の奥から、声帯を絞り出すような野太い悲鳴を上げる。いや、あるいは機械的な身体の反射……単なる空気が漏れる音だろうか……?




「うおっと!」

 セルリアンはこの絞め技から脱出せんとばかりに力任せに、ヌルリと自分の腕を絞め技から引っこ抜いてきた!

 純粋なパワーではヤツのほうが上だし、私の左手が負傷していて握力が弱いのもあるが……人間の関節ではありえない、一瞬だけセルリアンの腕が「蛇のような滑らかな動き」をして、完全に極まっていた三角絞めが抜けられてしまった!


 すっごい滑るよ! ならば!


 私は自分の右脚の絞めつけを緩め、左脚を相手の右肩にまわすように動かし……そのままセルリアンの肩を支点にして、脇の下へと自分の身体を回転させて、相手の背中に乗り、体重をかけて敵の肩甲骨と肩関節をロックする!

 ……三角絞めから「三角緘みオモプラッタ」! ブラジリアン柔術の基本連携! さらに片腕で相手の腰を抑えることで、前転されての脱出を防ぐ!



 よし、いい位置取り!

 さらにここからまたBJJブラジリアンに無い技を拝ませてやるッ!


 空いた右手でバックパックから、例の「水上バス」の車内で拾った使を取り出す……。


 にこやかに記念撮影……する気分ではもちろんなく……実はコレ、ヒロラさんからもらったガラクタを使って改造した……なのだ!!

 たまたま、ほかのフレンズと距離が離れていて、あまり両者の身体の濡れていない今こそが絶好の使用機会!!


「喰らえェっ!!」

 スタンガンの「安全装置」を解除し、カメラの横から突き出した二本のネジによる電極を、肩関節を固められて逃げられないセルリアンの延髄部分の傷口めがけて……! 上半身の体重をかけて!思いっきりねじりこむように! 突きブッ刺すッ!

 

 蓄電器コンデンサーに溜まっていたカメラフラッシュ用の電気……100~400ボルトほどの電圧が、セルリアンの筋肉や神経に衝撃を与える!


 どうだっ!! ほんの一定時間だけだが、全身がショックで麻痺してひるんだセルリアンに、さらなる攻撃を…………。


 ……ってアレ?


 、非殺傷武器のスタンガンだが……。


 あの何度攻撃しても立ち上がってくる、モノスゴイ生命力を誇っていたセルリアンの……身体中の目や口、穴という穴から……傷口という傷口から、原色鮮やかな体液をどろどろと垂れ流し、滴り落ちた体液はもくもくと虹色の煙が上げて蒸発し……さらに腹部の触手は、死んだ人間が内臓から腐っていくように、他の部位より先んじていち早く液状化して、どろどろに溶けたプラスチックのように変形し、溶解し、腐り落ち……その全身そのものが、生物としての恒常性を失いつつある……。

 今までの様子と明らかに異なる……初めて見る、明確な形の、「死」……。




「ヤッター!! ハナコがやった!! やっつけた!!」

「すごいですー!! まるでまほうみたい!!」

 キリンとアードウルフから黄色い歓声が上がる。


 いや、魔法と違うけど……だが、この魔法のような、不可思議な現象は一体!?!?

 あんなに打たれ強かったセルリアンが、なぜ……たかがスタンガン程度の電流だけで!?


 ……も、もしや、今ひらめいた仮説だが……コイツらセルリアンの正体は……!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る