第16話 バックウォーター現象▲

「ウニャーッ!! ふ、増えたぁっ!!」

 カラカルが驚き、恐怖しているのも無理はない!

 何が増えたかと言うと、もちろんである!


 浴室の出入り口からは、くだんの同種の連中がぞろぞろと大挙して押し寄せてきた。しかも、ヘビクイワシやニシキヘビたちが今しがた見事な格技で倒して床に突っ伏していた個体たちも……何事も無かったかのように起き上がって、我々フレンズへとゆっくりと向かってくる……。


 往年のゾンビ映画みたいな状況か……。


「アタシとキリンは、むこうに置いたままの靴下と靴あしのけがわを被らないと――いや、被っても銭湯の、このの上じゃあ……。しかもアイツらけっこう強いし。ぐぬぬ……ど、どうしよう!?」

「くっ……ボコボコに攻撃しましたが……じゃないですか、あのセルリアン……! ハナコ先生……こーゆー時はどうしたらいいでしょう? 何か作戦は?」


 私にそう尋ねるカラカルとヘビクイワシ。他のフレンズ達も視線を私に投げかけて、私に状況判断をゆだねている様子。


「ウム! こういう場合にたいへん有効な作戦があります……昔のえらいヒトの書いた『兵法三十六計』の一番最後に記された戦術です」

「おお! まさにですねっ! 何ですかっそれは?」


ぐるをじょうと為す。……尻尾巻いてんですよぉっ!! あの木の上にっ!!」

 そう言いながら私が指さしたのは、「ジャングル風呂」の中心部――女湯と男湯との間の壁に挟まれている熱帯観葉植物の植えられているスペースだ。いわば中央分離帯グリーンベルトに高くそびえるのは、ヤシやバナナやシュロの木々。触手の有効射程リーチもあの林冠部までは届かない。


「…………え、えぇ~ッ!? ゆ、なんですかぁそれはっ!?」

「しかもアンタ、巻いて逃げる尻尾なんて無いじゃんッ!?」

「そうは言うけどなっ……三十六計逃げるに如かずよ! 今回の相手は分が悪い……。あのセルリアンには攻撃がほとんど効かない上に、しかも数が増えて……。あ~もう、話してる時間が惜しい!! もうケツまくって逃げるんだよっ!!」




 ……というワケで、我々フレンズはその場を放棄して……セルリアン達から一目散に撤退!


 ヘビクイワシとホオジロカンムリヅルは、頭部の翼から虹色の粒子を噴射して飛び上がって、小柄なシタツンガとマナティーをかかえて、ヤシの木の上に運ぶ。

 カラカルやニシキヘビなどの木登りが得意なフレンズは、もちろん手助けなど必要ない。慣れた調子で天辺の枝めがけて、身体のばねを活かしたジャンプで、タイルや木の枝やツル植物をつたって、ぴょんぴょんと飛び移って登っていく。


 残った私たちは……。

「よしっ、を掴んで登っていきましょうっ!」

 私は、ダチョウさんからもらった「ダイヤモンドの原石」に、イネ科の枯れ草で編んだ「ロープ」(みんなで船をこしらえた時の余剰品だ)を結んでくくりつけた。名前は知らないが、よくスイカやビーチボールを縛るやり方だ。このおもりを「弾弓」(銭湯に来る直前に、死んだスイギュウの骨と腱でつくった武器)でつがえて、近くの天井の太い配管めがけて……射る!


 ばすッ――!! と、弦の縮む軽い音がして……先端の重石がロープを引っ張りながら、長い尻尾の獣の跳ぶようにして宙を進んだ。天井の照明近くの鉄パイプにガツンと当たると、くるくると巻き付く音が大浴室に反響する……。




「うわぁっ、セルリアンが来るようっ! 早く登らなきゃ! えっさえっさ!」

「うぎゃーっ! すっごいすべりますぅっ!」

「ぬぷっ! 妾の顔に、アードウルフのが!」

「あっワニさん、ゴメンナサイ」

「ほいさほいさ! キリンはヤギの遠い親戚だけど、木に登るのは初めてね……」

 という調子で、基本的には戦いが苦手な順番に、フレンズ達には木に登って行ってもらう。


 殿しんがりをつとめる私は、触手の射程距離に近づいてきたセルリアンに追い立てられるように、大急ぎで木に登――ぎゃーっ! 目の前にをつけたお尻がっ!!

「うぎゃーッ!? どうして……丸く穴が開いてて……」

「うん、ウォーターバックにも2種類いて、お尻の毛皮の模様で見分けられるんだぞ」

「いや、そゆことじゃないって!! それ、じゃないですかァッ!! なんて格好!!」

「君なんか、お尻どころか、毛皮が無くてじゃないか」

 それはそうですけど……一部だけが見えてる方が……その、ね……男性読者諸君は、言わんとしてること、ワカるでしょ?




 そして何事も無く樹上へ到達!

(レイヨウのケツについてはスルーだ)


「みんな無事か……。さて、これで一安心だけど、これからどうするべきか……」

「あっ、あの! ハナコちゃん! マナたちが登った木はね、竹とかバナナとかシュロとか、なのね! 下のほうで木の幹をセルリアンが齧ってるから、すぐに倒されちゃうんじゃ……」

 と、ジャングル地方出身らしい発言をするアマゾンマナティー。


 彼女の言う通り、3階建てほどの高さの木の上からのぞいてみると、十数体のセルリアン達が、我々の載っている木の根元に触手で食らいつき、ガリガリとノコギリのような音を立てて噛み切ろうとしているのがうかがええる。


「あっ、その点については大丈夫……。幸いなことに、私たちが今てっぺんに載ってるこの高い木は――正確にはもあるけど――すべてバナナやシュロといった、つまり……。あのセルリアンの触手のキバは繊維を中々噛み切れないようだし、そうカンタンには切り倒されないハズ……」

 私は眼下の様子を観察して言った。

「よ、よかったぁ~……」


「つっても、切り倒されるのもだからね……。この安全地帯もいつ無くなってしまうか……。だからこうして安全な今のうちに、知恵をしぼって、アイツらを倒す方法を考えてるんだ! ほ、ほら、みんなも何か『いい考え』はないですかっ!?」


 セルリアン達に囲まれた木の上でのフレンズたちの臨時会議ブレインストームが始まった。


「わたくしたち鳥のフレンズで、みなさんを一人ずつかかえて、あの天窓うえのあなから逃げるってのはどうでしょう?」

「ううむ、やられっぱなしで逃げるのは、この『しっちたい』の『とのさま』である余のであるし……。そもそも、あんな危険なセルリアンどもを捨て置くのは、しっちたいのフレンズが安心して生きていけぬぞ!」

「そうおっしゃいますけどぉ~……」

「手負いのセルリアンは危険じゃ! しかも動物やフレンズの血の味を覚えたヤツはな! 断固、この余のお城で倒すべきであるぞよ!」


 このようにヘビクイワシとカンムリヅルが、今後の方針について議論中。他のフレンズ達も「たたかう」組と「にげる」組の、二つに意見が割れている様子。


「ねえハナコ、アンタはどう思う?」とカラカルが尋ねてきた。


「ん? ああ……どっちにせよ、あそこのを使い方を考えててね……」

「あ、相変わらず……不思議なコトを考えるわね~、アンタは……」


「ところでカラカル、チーターって知ってる?」

「な、なんの話、突然?」

「チーターって、ネコ科のけものでは唯一ツメを引っ込められないんだけど……前足のそのツメは、ライオンやヒョウみたく攻撃に使うより、むしろ走るときに地面に食い込ませてに使うそうなんだけど」

「……なんとなく話が読めてきたわね」


「ヒトの間では、そういう足の裏を『スパイク』って呼ぶんだけどね」

「つまりアタシに、この滑りやすいお風呂で……足のツメを出して『すぱいく』をやれって言ってるワケね」

「おお、さすがカラカルは話が早い! これ、ヘビクイワシさんやカンムリヅルさんが足のツメを出してキックしてるのを見て思いついたんだけどね」

「う~む……なんて初めてだけど……」


「誰にでも初めてのコトはあるよ。私だって、こんな高い木に登るのだって初めてだし……このジャパリパークとフレンズとセルリアンに関しては……なにもかもが初めてだよ……」

「ホントに初めてかしらぁ~?……私の推理――ハナコがヒトでなくて、ヤギだとすれば……アナタむしろ木登りに慣れてるはずではぁ~?」

他人ひとの話に首突っ込んでくるなよ、キリン」




 私は木の上から眼下をのぞき込んで、話を続ける。

「それに、あのセルリアンの『弱点』は無いかな~と思って……」

「ほうほう」


「あのセルリアンの……私がさっき触れた時に感じたのは、まるで鎧兜や甲冑のような――つまり、カメとかアルマジロみたいな、硬い皮膚をしていて……いくらフレンズの攻撃を喰らっても、血がすぐに止まって平気で立ち上がってくる、あの『丈夫さ』をどうにかしないと……。さっきニシキヘビさんが組み付いたときに、傷口から体液が噴き出ていたけれど……。もしかして絞め技や関節技サブミッションが有効なんだろうか……」

「『しめさば』や『さばみっそに』って……何かおいしそうだけど、要するに『ヘビの子の使う技』よね? ハナコもできるの?」

「サバ好きだね、どーゆー聞き間違いだよオイ……まあネコっぽいケド……」


「それにね、奴らの動きを観察してると……あいつらには『利き腕』というのがあるか分からないけど……せいで、をしている、とか」

「ふーむ、なるほど。説得力のある推理ね……」


 さらに考察を続ける。

 セルリアンの動きを、上からの俯瞰視点で観察することで分かったことだが……。連中は、以下の「単純なルール」に従って動いてるらしい。


 1 近くの個体とを保つ。

 2 いづれかの個体が攻撃を始めると、近くの個体もを始める。

 3 隣接する個体の攻撃部位とは、


 1~3のが組み合わされて……セルリアンは「複数」での「連携攻撃」を可能にする。しかも、たとえば最初の個体が獲物の脚を狙ったら、隣の個体は顔を狙うといった行動をとる。

 結果として、格闘技で言うところのボクシングの「上下打ち分け」やキックの「対角線コンビネーション」のような、対応しにくい攻撃となる……さらにこれは触手攻撃の同士討ち(この事故はさっき一度あったが)を防ぐ機能にもなる。


 このような、複雑で同時的で組織的なコンビネーションは、魚群が一定の集団形で泳いだり、レイヨウが顔を上げる動きが周囲に伝播するといったような……自然界で見られる「自己組織化」と同様の現象なのではないだろうか?


 つまり、この「蛇人型セルリアン」は実のところは知能が高いわけではなくて、として、複雑な連携行動をしているように見えるだけなのでは……?




 ――と、そんな仮説を、私はカラカルとフレンズ達にかみ砕いて話した。

「かくかくしかじか、まるまるうまうま」

「ほ~、なるほどにゃ~」

 大股開きになって、ツバで顔や身体を舐めて洗いながら聞くカラカル……。しかも全裸で。人間だったらアレすぎる絵面だけど、なんかもう慣れてきた……。


 ……いやカラカル、あなた、全然分かってないでしょ?


「見事な推理を披露してもらったけど……ハナコ、結局のところ肝心な『セルリアンの弱点』は何なのよ!」

 キリンが一番重要な点を尋ねる。


「いや、その……言いにくいけど……!」

「えぁ!? マジかぁ!? ……って、それじゃあアンタ、今までのまわりくどい長い話は何だったのよぉっ!?」

 カラカルが背中と尻尾の毛を逆立てて、瞳孔を細くしてビックリしている。


「いや……セルリアンが単純なルールに従っていると仮定して……逆にんだよ! たとえば、以前に闘った戦車の……あの大きなセルリアンなんかは、頭が良くて敏感だったから、逆になんてことができたけど……。ぐぬぬぬ……」

 だが、妙案はなかった。


 ところで今座ってるこの木(正確には草本類だが)は、Musa sapientum――平たく言うと、バナナの木だ。この学名は、旧約聖書の「知恵の実」に由来すると言うが……。しかしこれを食べてても、いい知恵は浮かばないだろうな……脳に糖分補給はできるものの……。


 銭湯浴室の上層部へと立ち上る、熱い空気。その熱気の中で考えすぎて、服を脱いでハダカとはいえ、私は知恵熱で脳みそが燻製に……いや、どろどろのバターになりそうだ……。木の周りをグルグル取り囲んでいるセルリアンの連中こそのだが……。




 ばりばりばり!!


 足場が揺れて、樹冠から滑りそうになる!! 我々の載っている木々が、根元のほうで稲妻の響くような大きな悲鳴を上げ始める! 予想よりも、私たちの「安全地帯」は長持ちしなかったらしい!!


「きゃあああーーっ!!」

 樹上から落下を余儀なくされるフレンズ達!


 瞬時に体全体をひるがえして華麗に着地する、野生ネコのカラカル。手足にはサンドスター粒子でツメを具現化させて、着地時の滑り止めにして……さきほどの私のアドバイスを実行してくれている。


 そしてふたりの鳥のフレンズは、壁面や観葉植物の枝などを足のツメで掴み三角蹴りを繰り出し、そのまま飛行状態に移行して、近くにいたウォーターバックとシタツンガを掴んで救助する。




 他のフレンズ達――キリン、アードウルフ、ニシキヘビ、ナイルワニ、マナティー、そして私は――例の「重石付きロープ」にしがみつくことができた。


「こ、この『ろーぷ』は……こんなにフレンズがしがみついて、切れたりしないでしょうか……?」アードウルフが不安そうにしっかりとロープを握りながら尋ねる。


「ああ、それは大丈夫、強度は十分に――……!!」

「どーしました?」アードウルフがきょとんとして聞く。


「――と、言いたかったんだけどぉ~……」と言いながら私は、荒縄の引っかかっている配管パイプを指さして見せる。その指の先では、ロープの天井部への固定部分が……ちりちりとをあげているではないか!!


 木の倒れた衝撃で、ロープの位置がずれて……照明器具の電球がロープにほとんど接触している……。この電球って普通のLEDではなく、温室用の出力ルーメンの強い照明ではないか!? そういうのって火事の原因にもなるって聞くけど……。もしかして、さっきからやけに暑かったのもコレのせいか!?


 下はセルリアンの洪水、上はロープの大火事……答えは……。




 ぶちん!


 と! 情け容赦なく焼き切れる枯草ロープ!


「うぎゃーっ!!」

 本日二度目の落下をするフレンズ達!!


「うにゃにゃにゃーッ!! アタシに掴まって!!」

「みなさん、危ないですっ!!」

 カラカル、ヘビクイワシ、カンムリヅルの三人が、ロープから落ちるフレンズ達を救助するが……要救助者の人数に対して、手数が足りない!


 アードウルフと私は……このままでは硬いタイルの上に叩きつけられてしまうっ!!


「クソッ!! ゴメン、アードさん!!」

「うえっ?? な、何……ふぎゃっ!!」


 私はアードウルフの両肩を掴んで、足裏で思い切り彼女の尻を蹴とばす!

 すると……アードウルフの身体は水深の深い浴槽めがけて飛んでいき……高く人型の水しぶきが上がって、顔面から水面に叩きつけられる。……あれも結構痛そうで申し訳ないが、タイルの床に打ち付けられるよりかは、だんぜんマシだ。


 そして同時に、蹴っとばしたで後方へと落下する私の方は……このままでは、タイルの硬い床に身体が叩きつけられるっ!! しかも7、8mの、3階建てほどの高所から!


「ハッ、ハナコッ!!」

 カラカルやヘビクイワシ達だが、距離が遠すぎて間に合わない!


 ならばっ「五点着地」で落下衝撃を打ち消すしかあるまいっ!!

 私は、つま先・すね・尻・背中・肩と順々に身体のパーツごとに着地し……ぐるりと後転する調子で床の上を転がる!


「……フッ、我ながら完璧な着地!」

 と思った瞬間、転がりながら浴室内に設けられた「温室」の

「っでえぇえっ!! ぬうおぉッいだァ~~っ!!」

 ちょっと最後に失敗したが……大事なく着地することができた。




「蹴っ飛ばしたりしてすまん、アードさん。ケガない? 大丈夫だった?」

「……い、いえ! ……は、はい! ありがとうございます! わたしはおかげで水に落ちて助かりましたけど……で、でもハナコさんがっ!!」


「背中になんか刺さってるし! そ、それに、お腹から血が……!!」

 カラカルが近寄ってきて心配してくれる。


 背中に刺さった小さなガラス片はたいした傷ではないが……。今の着地の衝撃で……さっきセルリアンに噛み付かれたわき腹の傷が開いたか……。鋭い痛みが走り、気を抜くと意識が混濁してくる。止血で巻いたタオルが赤く滲んで、床に血がしたたり落ちる……。

「たいしたことないから大丈夫だよ、こんなの!」


 ぐぅ……腹の出血がちょっとヤバイ……かもしれないが……それよりも今はセルリアンの集団攻撃に備えなければ!


「心配してくれて嬉しいけど、みんな、これからセルリアンの攻撃が来るからっ! あの『お風呂のフタ』を使って、全員で身を守るんですっ!! を組んで防御だっ!!」

「お風呂のフタって……あれかしら? あの木の、平べったいヤツ?」

「にんじん?」




 上からこのジャングル風呂の全景を俯瞰することで、湯気の中では見えなかったものを見つけることができた……。大浴室の隅に置いてあったモノ――浴槽にかぶせて保温しておくための大きな「木製のフタ」。


 フレンズ達はこの大盾スクトゥムを装備して、丸い陣形を組んで、包囲するセルリアンの触手攻撃から身を守る! つまり木のフタを円周に配置して、持ち手の我々がその中に入って身を守る防御陣形である!


 人数ぶんだけ置かれた風呂のフタは、しゃがみこめば身体全体を覆える大きさの長方形の板。しかも業務用の厚手のものだ。

 ……さっき木を切り倒すのにも時間がかかってたし……。木製の板とはいえ、しばらくは……と良いのだけれど……。


「さっすがハナコ先生ェ♪ こんな『いい考え』をお持ちとは! カメのフレンズの使う『たて』のワザですね。これなら、どんな子でも身を守れますよ! わたくし、『どんな子でも』ってところが気に入りました!」

「まさにアレじゃな、この『まんまるのじん』は……世はまさに『せんごくじだい』というヤツじゃな!」

「ふたりとも、もっとしゃがんで! 頭上や足元への触手攻撃に気を付けて下さいっ!」


「だけど……これからどーすんだ? こーして守ってばかりじゃラチがあかないぞ? このまま戦うにせよ、逃げるにせよ、こっちから攻撃しないと!」

「そうじゃよ~! 妾もセルリアンと戦いたいのじゃ!」

 ニシキヘビとナイルワニがもっともな事を言う。

 全方位からの攻撃を防げる「方円の陣」だが……移動や攻撃には向いておらず、さっさと別の陣形に移らなければいけない……。




「ハナコ殿! で見たことがある『かくよくのじん』とかゆー作戦はどうじゃ? ツルのツバサと書いて『鶴翼』の陣! どうだ、カッコイイだろう!」

「ソレは大軍でもって敵軍を包囲する陣形ですから、頭数に差が無い今の状況には向いてないですよ……」

「そうか……カッコイイんじゃがのう……名前が」


「それよりも逆に、『魚鱗の陣』を組んで、中央突破を狙った方がいいと思います! 全員で三角形のかたちになって、セルリアンの集団の真ん中の一点めがけて突っ込むという作戦です!」

 ※ちなみこの発言では、「関ケ原の戦い」や、徳川家康と武田信玄の「三方ヶ原の戦い」では「鶴翼の陣」と「魚鱗の陣」が戦ったことを指して、「逆」と言っているのである(注釈:記録者サバンナハナコ)




「……

 ……えぇ!? そこからかよ!?

 フレンズ達ほぼ全員がその図形の意味を尋ねてくる。勉強好きのヘビクイワシだけは理解しているようだが……。


「うう……三角形ってのは、その……同一直線状に無い3点を結ぶ3つの線分で区切られた、内角の和が180度の図形……って言ってもしょうがないよね。身近なものだと止まれの標識とか、積み木とか、楽器のトライアングルとか、イカのエンペラとか……どれもこれもサバンナに無ェ! ああもう、両手が離せれば、簡単に説明できるんだけど!」

「むむむ……さばんなのフレンズは――『きかがく』も勉強しておくべきでしたねぇ……」ヘビクイワシが後悔している。


 そうこうするうち、円の陣形が乱れてきた……。

 フレンズ達は、認識や身体能力、考え方や価値観がみんな異なっていて、集団の動きの統率が取れない……。


 以前、カラカル・クロアシネコ・バーバリライオンのフレンズ三人が大型セルリアンと戦った時、彼女らはみごとなコンビネーションを見せてくれたが……それは同様の習性を共有する「ネコ科」という集団を、ネコの戦いに熟練したライオンが率いていたからであった……。

 現在の我々は、様々な動物に由来するフレンズの集まり、いわば烏合の衆……。つまりが、今は裏目に出ている形である……。


 フレンズ達は個々の身体能力や戦闘技能は高いのだが……やはりヒトのような規律の取れた集団戦はニガテのようだ……っていうか、人間ですら多人数で戦うことは難しいし……。その点では、シンプルな自己組織化ルールで「群れとしての動き」を統制する、こいつら無個性なセルリアンのほうが上手と言える、か……。




 ……などと、敵をほめている場合ではない! そう考えているうちに……べりべりっ――!! と、木材の裂ける不吉な音ともに、風呂のフタが破壊される! 木の盾に空いた穴から、セルリアンの触手の蛇の頭のような先端が顔をのぞかせる光景! まるでスティーブン・キングのホラー映画のワンシーンだ!


「うわーっ!! ヤバイッ!! もう盾がもたんっ!!」

 風呂フタの合板がもう耐えきれなくなって、セルリアンの触手がフレンズ達を分断し、方円の陣が崩壊する!


「こーなったらしょうがない! 作戦は、全員おたがいを援護しながら、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変にセルリアンに対応しつつ、銭湯脱衣所まで突っ切って突破ぁッッ!!」

「ハナコなによそれぇっ!! 難しくて全然わかんない!!」

「よーするに、このまま勢いに任せて突っ込んで行くんだぁッ!!」

「つまり、完全にじゃない!! 無理よっ!!」


「気合だっ!! ド根性だっ!! 無理を通すんだぁッ!! 私が通して見せるっ!!」

「きゃーかっこいいハナコ先生!」

「えぇ……? そうかしら……?」

「ろんりてきじゃないわね……。追い詰められて突撃するとか……やはりヒトでなくて、ヤギなのでは?」


「くっそぉーっ!! こうなりゃ破れかぶれよ!! みんなの命、私が預けてくれ!!」

「しょうがないわねもうっ!!」

「探偵というのは、毛皮が無くても正義の心で戦うのよっ!」

「こ、こわいけど頑張りますぅー!!」


 一か八の決死行!! 背後には浴槽があるのみで――つまり、退路無き「背水の陣」!!

 さあ!! どうなる!?

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