第2話来訪者
「あいている」
まるで誰が来るのかわかっていたように、男はそっけなく返事をしていた。
ゆっくりと開けられた扉を一切見ることなく、その視線はモニターに向けている。
そこには少年の姿だけが映し出されている。
「ああ、しってるよ。お前さんにとっては、残念な結果だったな。なに!? 嘘はついてないだろう? 嘘は! それにしても……。なに!? お前なぁ……。仮にも俺は上司だぞ? ああ、わかった、わかった、好きにしろ。どうせ『次も参加する』って言ったんだろ? なあ……。いや、なんでもない。じゃあ、切るぞー。生きているだ、報告書はちゃんと提出しろよ」
扉を開けた来訪者は、扉を開け放ちつつも、廊下で違う誰かと話していた。
やや薄暗いながらも、廊下の明かりが部屋の中に差し込んでくる。闇の中に手を差し伸べるかのように、それは淡い光の道を作っていた。
「お前、よく目が悪くならないよな。電気くらいつけろって。陰鬱な顔が余計にしっくりくるぜ、真鍋……、課長。いや、今は内務省特務機関・国家保安局・戦略人材開発部保護課、真鍋三佐殿と言うべきかな?」
照明のスイッチを探しつつも、おどけた敬礼をする大男。廊下の光が届かぬまでも、淡い光の中にいる男に向けて話していた。
大男が探し出したスイッチは、闇の中に応接セットだけを浮かび上がらせる。そのテーブルの端に置いてあるスタンドの光が、そこに新たな景色を生んでいた。
「なんだよ! それっぽっちかよ! たいそうな割につかえねーな、こいつはよー!」
扉のすぐ脇にあるスイッチをつけながら、大男は盛大な悪態もつけていた。しかも明滅する光が、大男の意志を表現していた。
「文句は部屋の外でどうぞ。それは、自分の役割をしっかりこなしている。それに、闇に目が慣れれば、見えるものだ。しかも、余分なものを見なくてもいい……。例えば、貴方のその暑苦しい姿とかね。ああ、同族嫌悪なのか? 限られたものだけを見せている倉田課長。いや、今は内務省特務機関・国家保安局・戦略人材調査部監査課、倉田三佐殿として来ているのかな? 貴方の用件はこちらでも確認している。まさか、監査課が介入してくるとは思わなかった。あのアンリって子か? 本当はいくつだ、あの子?」
扉を閉めた倉田が、灯した明かりを頼りに進んでくる。その様子を一部始終、真鍋の視線が追っている。
暗闇の中、淡い光が二つの姿を映し出す。
「誰が同族嫌悪だ。そうやってはぐらかしてくるのは、お前の常とう手段だからな。まあ、お前の質問には答えてやるさ。さっきの会話は聞こえてたろ? お前の考えている通り、アイツはお前と同類だ。だが、昔のお前とは違う。精神的にアイツは立派な大人だよ。わかるだろう? アイツはちゃんと『自分の中の責任』ってもんを身に着けている。生きてる長さの大小なんて、お前らには関係ないだろ……。だが、そんなアイツも『死に、逃げられちゃいました』って笑ってたぜ。参加する時は『これで死ねる』って言ってたのによ。あの結果を、そんな風に報告してくるなんてな……。これも議論の結果ってやつか? 表向きのプロジェクトも、効果ってもんがあるんだな」
おそらく部屋の中央よりも、やや入口側に設置してある応接セット。
なんとかそのソファーの端にたどり着くと、倉田は足を大きくテーブルの上に投げ出していた。
「さあな。それより、その臭い足をどけてくれないかな」
モニターから片時も目を離さずに、真鍋の文句が倉田に飛ぶ。しかし、それを受けても、倉田はその態度を改めようとしなかった。
「なあ、今回の結果もそうだけど、お前の上は何を考えてる? あのサトシはこれで三回目だって言ってたな。それは、あの個体の記憶なのか? それともクローン間の記憶がつながってるのか? いや、そもそもあの人が記憶を植え付けてるのか……。それって、いったいどんな気分なんだろうな? お前の目から見てどう思う?」
まるで世間話でもするかのように、倉田は自らの疑問をぶつけていた。だが、その視線は天井を見据えたまま、一切真鍋を見ていない。
「アンリに盗聴器を仕掛けたのか……。何を探ってるのかは知らんが、『あの』も『この』もない。サトシという少年が企画した『つどい』。それを利用して、将来国家に役に立つ人材を育てているだけだ。たまたま、サトシ少年達は三回失敗している。もし、最初の一回で死んでいれば、サトシ少年の人生はそれまでだった」
真鍋もモニターから目を離さずに、倉田の質問に答えていた。モニターの中では、サトシが数字を金庫に納めている。
「あのなぁ、その説明には無理がある……。って、まあいいや。少なくとも、俺は監査課の人間だぜ? 今更隠そうとしたって、ある程度の情報はもっているぜ? サトシがお前のクローンだってことも含めてな。まあ、秘匿事項だから、お前も話すわけにはいかんのだろうが……。なあ、この部屋は盗聴もできないんだ。お互い腐れ縁なんだ。いい加減腹を割って話そうぜ、坊主」
ここにきてようやく、倉田はその視線を真鍋に向けていた。相変わらず足は投げ出しているものの、鋭い視線を真鍋に向けている。
その視線をPC越しに堂々と受け止める真鍋。
二人の間で、沈黙という名の刃が激しく火花を散らしていた。
しかし、それも長くは続かなかった。
「まあいい……。『沈黙もまた、雄弁なり』ってか? で、今回のターゲットはあの探偵少年か? まさか、芸能少女ってわけないよな?」
これ以上議論するつもりはないとばかりに、倉田は肩をすくめておどけて見せた。しかし、その視線はまっすぐに、真鍋をとらえて離さない。
「相変わらず、せっかちなオヤジだな……。報告書が待てないのか? ――まあ、いいさ。貴方の想像の通りだよ。シンジロウ君の頭脳は、治験薬の成果で驚くべき変貌を遂げている。若干、希死念慮の状態になることがわかっている薬だけに、対策が必要だった。しかし、これで三例。いずれも成功したこの方法なら、薬の副作用に対処できるだろう。まあ、髪の毛だけはあきらめてもらうしかない」
倉田の視線を受け止めながら、最後には小さな笑みを浮かべた真鍋。しかし、その態度とは裏腹に、目だけはまったく笑っていない。
「ふーん。でも、それだけじゃねえな。前の二回とちがって、その治験薬だけじゃないはずだ。情報じゃあ、二人って話しだぜ?」
投げ出した足を床に戻し、体ごと真鍋に向き合う倉田。凄みを増した、その視線は、ますます真鍋を射抜いていた。
「まったく……。その情報はいったいどこからくるのやら……。どうだ? その出所を教えないか? 私の秘密と交換でどうだ?」
「男のお前に興味ねーよ。それより、さっきの質問だ。あと一人はあの男か? いや、あっちは意識がないな。そうなると、妹の方か?」
ゆっくりとテーブルに手を置いて立ち上がる倉田。
そのまま真鍋の机の前まで来ると、凄みのある視線を向けていた。
「とりあえず、仕掛けた盗聴器は回収しておけよ。見つけ次第、破棄する。だが、それも貴重な国家財産だ。壊すのは忍びない。それに、この部屋の妨害機構は知っているだろ? 忘れ物したと言って取りに来る気か? 手ぶらで来て、あからさまだな」
その様子を見守りつつも、真鍋の視線は倉田が足を投げ出していたテーブルに向いていた。
「あちゃ、ばれてたか……。昔っから、お前は敏感だな。まあ、完全に隔離されているとはいえ、内部で録音くらいできる。もっとも、回収するのが問題だな。あとでやるよ。俺も始末書は面倒だし。で、教えろよ? 報告書読めばいいことだが、俺は今知りたいんだ。お前の言葉遣いはもう諦めたが、長幼の序って知ってるよな?」
右手をポケットにいれながら、倉田は左手で真鍋の机に手をついている。
その手をじっと見つめたまま、真鍋は小さなため息をついていた。
「まったく……。ああ、通称ゼロ番の少年も我々の観察対象だ。だが、あの少年の参加は想定外だ。正確なターゲットは、その妹のユキだ。あのゼロ番君にはコールドスリープ状態にするナノマシンが施してある。家族には植物状態として説明しているが、いつでも元に戻せる。問題は妹のユキだ。あの子は同じ措置を施しているが、何故か抵抗し続けている。まあ、局所的には効果は出ているが、『うまく作動せずに、意識を保っている』状態だ。ユキは麻痺と思っているがな。だが、問題はそこではない。通常は寝ているから問題にはならないが、ナノマシンによるコールドスリープ機能は希死念慮を発生させる。つくづく、人間の精神は死というものを目指すらしい。しかし、それも今回の成果で回避できる可能性が生まれた。もっとも、こちらはまだ他にも検証の余地がある。あと何例か重ねる必要があるだろう」
「こういっちゃなんだが、お前らえぐいことしてるよな」
間髪入れない文句と共に、盛大なため息をつく倉田。そのまま真鍋に背を向けて、今度は両手で机の淵を握りしめている。
「勘違いするな。あの子たちを作り出したのは、戦略人材開発課とその上位組織である戦略技術部の連中だ。私たちは被験者の保護部門だ。あくまで結果としてだが、死なせてやるのも一つの保護だと、個人的には考えている」
倉田の右手を見ながら、真鍋は静かに告げていた。
「なるほど、見たくないわけだ。しかも、自分のクローンもその中に入ってるってわけか。大変だねぇ。保護課様も。だが、それならうちのアンリちゃんをよろしくな。アイツのことだ。参加するために、毎回テストを受けるだろう。でも、あれは根気がいる。ちょっとだけ見たけど、俺は投げ出したぜ。そこんとこ、元締め権限で何とかできないか? あと、俺とお前の仲だ。できれば一緒にそのモニターを見たいぜ。音だけじゃ、想像しにくいものがある」
くるりとその身をひるがえし、倉田はそう告げていた。
「寝言は外で言ってくれ。サトシ少年の『つどい』自体は、あくまであの子自身でやっていることだ。我々は多少状況を整えているだけだ。あの子はそれも偶然としか思っていない。当然、観察されていることなど知らない。試験の結果にしても、あの子はその人数しか集まっていないと思っている。『つどい』自体はすでに何回もやっている。それが毎回十二人しかいない偶然など、普通起こるものじゃない。そして、もう一つの話の答えだ。こうして話しているのは、貴方が後でレポートを読むことがわかっているからだ。『つどい』の経過を、人とみる趣味はない」
鋭く射抜くような視線を倉田に向けて、真鍋はその答えを伝えていた。
「おーこわ。いいぜ。だが、見たくないってのと仲に関して否定しなかったのは少しうれしかったぜ。ただ、ウチのアンリは死ぬまで参加するだろうよ。お前のクローンもいい体験だっただろう。なにせ死をゴールだという考え方に、生まれる前から終わらせるという考え方に出会っちまった。自分をお前のクローンだと認識したら、サトシ少年は何を思うだろうな?」
すでに背を向けた倉田は片手をあげて扉の方に向かっていく。しかし、思い出したかのように振り向くと、笑顔で真鍋を指さしていた。
「嬉しいついでに、お喋りだ。まあ、あれだ。この『つどい』ってのは、純粋に面白かった。単純に、価値観の相違をぶつけることはありふれている。目的のために議論する重要性も知られている。だが、これには、特筆すべきことがある。まあ、いわゆる常識のぶつかり合いだな。ある常識の中で行き詰って、『死ぬしかない』と思い至って集まるわけだ。だが、異なる常識に接した時に、それが大きな衝撃となった。古今東西、争いは『異なる常識』の衝突から生じている。異論はあるだろうが、俺はそう考えている。だが、それは無意識に『生』を目的としている。当たり前だな。しかし、今回のように『死』を目的として共有していれば、それは解決の糸口にもなるわけだ。『死ぬしかない』と思っていた子供達が、『生きること』を選択した。この選択の意義は大きい。ウチのアンリが楽しそうだったのも納得いく。アイツなりに『それしかない』が無くなったのかもしれんな。ほんと、楽しかったぜ!」
そう言いつつ、さっさと電気を消して扉を閉める倉田。そのすべてを見守りつつ、真鍋は黙って扉を見つめていた。
「何年たっても、くえないオヤジだ。しかも、言いたい放題だな」
まるで倉田の痕跡を消すかのように、真鍋はゆっくりと真っ暗な部屋の中を歩き回る。小さな抗議を闇が呑み込み、静かな時間が流れていた。
再びPCの前に現れた真鍋は、無表情で回収した盗聴器を机の上に並べている。
さっきまでそこにいた真鍋はもういなかった。倉田の痕跡と共に、最後に垣間見せた雰囲気も消し去ったようだった。
「さて、珍客の掃除は終わりました。入ってきてもいいですよ」
引きだしから小さな箱を取り出して、その中に盗聴器を丁寧にしまい込みながら、真鍋は静かに告げていた。
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