第4話 守秘義務

 そうして彼女が目を瞑ると、魔法石を握りしめていた方の手が淡く光り出した。

 炎のように揺らめくその光は、ちよこの体を這いまわり、やがてエルの耳をも包み込んだ。

 そして、その光は耳たぶの上あたりに集約し、何やら文字を浮かべる。

 これが術式か、と目を凝らしたのも束の間、文字が赤く光って砕け散った。


「……どうかしら」


 耳から手を放し、ちよこがエルに問いかける。

 手に握られていたはずの魔法石は、消えてなくなっていた。


「聞こえるようになった?」


 何の反応も示さないエルに、ゆうたも声をかける。

 彼女は呆然とゆうた達を見ていたが


「……聞こえる」


 そっと呟き


「聞こえる、聞こえるよ‼」


 立ち上がって歓喜に震えた。


「そうだった!立ち上がると音がするんだ!わたしの声も聞こえる!やっほー!やっほー!すごいすごい!聞こえるよ!」


 両手を挙げて飛び回るエル。

 はちきれそうな彼女の笑顔に、ゆうた達の顔も綻んだ。

 しばらく跳ねまわっていたエルだが、満足したのかこちらに駆け寄って


「本当に、本当にありがとう!いくら感謝しても足りないよ!」


 二人の手を取ってブンブンと振り回す。


「気にしないで。出来ることをしたまでよ」


「僕にいたっては何もしてないしね」


「そんなことないよ!二人に会えて本当に良かった!ありがとう!ありがとう‼」


「あはは、わかったから落ち着いて」


 興奮しきりのエルをなんとか椅子に座らせ、


「深呼吸しようか。はい、吸ってー、吐いてー」


 何度かエルに深呼吸をさせた後


「どう?落ち着いた?」


「ふふ、うん。落ち着いた!ふふふ。誰かの声を聞くなんて久しぶりだなあ」


 楽しげに肩を揺すらせるエルに、そういえばとちよこが口を開く。


「あなたは歌手だったわね。今後は音程がとりやすくなるんじゃないかしら」


「そういえば、よく耳が聞こえないのに歌えてたよね。すごいよ」


「えへへ。これでもっとたくさん歌って、ちゃんとお金払うからね」


「期待してるよ」


 ゆうたの言葉に、エルは任せてと笑顔を見せた。





 エルの楽屋を後にして、ゆうた達は先程のテーブル席に戻っていた。

 エルはまだ準備が残っているだとかで、楽屋に残っている。


「遅かったな。ほらよ」


 ゆうた達が着席して五分と経たないうちに、店主が料理を運んできた。

 ちよこの前にカルボナーラ、ゆうたの前にハンバーグ。


「わあ、美味しそう」


 目の前の料理から漂う香りは二人の空っぽの胃袋を刺激する。

 いただきますと言うと同時にフォークを手に取って、食べ始める二人。


「あっつ!」


「急いで食べるからよ。気をつけなさい」


 慌てて口に放り込んだせいで、ゆうたは舌を火傷してしまった。

 冷ますために水を口に含み、遠ざかっていく店主の後姿を見ていると、ふと疑問が沸き上がる。


「これ、出来立てなのかな?」


「そりゃあそうでしょう。こんなに熱いもの」


「でも僕たち、エルと結構話しこんでたよね?注文してからかなり時間経ってたと思うけど」


「客が多いから料理を出すまでに時間がかかるんじゃないかしら。ちょうど良いタイミングでよかったわ」


「そうかなあ。もしかして、もう一度温め直してくれてたりして」


「さっきのこと忘れたの?あんな低俗な人間がそんなことするとは思えないわ」


 ちよこの一睨みで、ゆうたの疑問はねじ伏せられる。


「それに比べて、エルはとっても良い子だったわね。この街に似つかわしくないくらい」


 卵の黄身を潰し、麺に絡めながらちよこが言った。


「しかも酒場の看板娘だからね。きっと、周りの悪い大人たちを黙らせるくらいの実力があるんだろうね」


 そこまで言って、ゆうたの手が止まる。


「……耳が聞こえるようになってお客さんが離れちゃわないかな?」


「どういうこと?」


 首を傾げるちよこに、


「今まで来てくれたお客さんは、耳の聞こえない女の子が歌うのを目当てにしてたんじゃないか、ってこと。言いたくないけど、看板に『静寂の歌姫』なんて書いていたくらいだし。聞こえるようになったら、そこらで歌っている人と何も変わりは無いからさ」


 ゆうたの説明に、憮然とした表情でちよこは


「いくらこの街の治安が悪いからって、そこまで最低な人いるわけないでしょう」


「だといいけど」


 ゆうたは嫌な考えをハンバーグごと口に押し込み、めちゃくちゃに噛んで飲み込んだ。

 食事も進んできた頃、ゆうたの後ろで声がした。


「さっきの団長さんじゃねえか。エルの依頼は終わったのか?」


 振り返ると、先程声をかけてきた酔っ払いがこちらに歩いて来ている。友人を迎えに行っていたようで、数人の男女が後ろからついて来ていた。

 彼らは各々着席し、メニューを手に取り料理を選び始めた。

 男は一人、ゆうたの傍に来て


「あいつの依頼って何だったんだ?」


「守秘義務があるから答えられないです」


「おうおう。一丁前に団長やってんじゃねえか」

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