第2話 カエルのエル

 再びちよこが反応したのが分かったが、酔っ払い相手だ。ゆうたは苦笑いで返す。

 こちらの反応など関係なく、ただ話しがしたかっただけなのか。

 男はジョッキの酒を喉に流し込んで、気にせず話し続ける。


「お前さんたちもエル目当てかい?」


「エル?」


 受け流すつもりだったが、思わず反応してしまった。

 それに気を良くした彼は


「外の看板に書いてあったろ。『静寂の歌姫』っつー大層な名前が」


「ああ、確かに。どんな人が歌うのか楽しみだな」


「いつ頃始まるんですか?」


 まだ完全に機嫌が直りきっていないちよこだが、興味をそそられたようだ。


「さっき準備が終わったみたいだから、もうすぐだろ。準備も歌うのも全部、あいつ一人でやってんだ」


 顎で指した先にはステージ。

 幕など大したものは無く、ただ客席より一段高くなっているだけの簡易の物だ。

 大小さまざまな風船で飾り付けられており、その一角だけ酒場の雰囲気とは大きく異なる。

 が、そこには誰もいない。


「あ?さっきまでいたはずなんだが……」


 首を傾げて男が辺りを見渡す。

 ゆうたも同じように見渡していると、不意に肩を叩かれた。


『こんばんは!店主さんに聞いたよ。あなた達、ルバンガ団だよね?』


 振り返ると、そう書いてあるノートを広げた女の子が立っていた。


「ああ、こいつがエルだ」


 そう言って、男が顎で指す。

 緑色の大きな二つのお団子頭に、くりくりとした赤い目。大きめの口に、指先が丸くなった水かき付きの手。

 人間の言葉を解しながらも人間にあらざる存在、いわゆるアニマだろう。

 見たところ彼女は蛙のアニマといったところか。


「うん、そうだよ。君がエルなんだ。話は聞いてるよ」


 頷くゆうたを見て、嬉しそうにエルがノートに書きこむ。


『お願いしたいことがあるの』


「それはいいけど、……なんで喋らないの?」


「こいつ、耳が聞こえねーんだよ。声はでるが、聞こえないせいで上手く喋れない。だから『静寂の歌姫』ってな」


 ゆうたの疑問に、男が答える。


「ああ。なるほど。……それじゃあ『とりあえず話を聞かせて』っと」


 エルのノートとペンを借りて、ゆうたが返事を書く。

 その文字を見て、彼女は満足そうに笑った。




「お邪魔しまーす」


 話が長くなるからと、ゆうた達二人が招かれたのはエルの楽屋だった。

 小ぢんまりとした部屋で、中央に四角いテーブルと椅子、壁には今日着るであろう衣装がかけてある。

 薄汚い店内にあるのが信じられないくらい手入れの行き届いた部屋だった。

 ゆうた達が促されるまま椅子に座ると、


『お客さんなんて初めて。うれしい』


 そう書いてエルが笑った。


『それで、お願いって?』


 ちよこが筆を走らせる。


「いきなりだなあ。世間話とかしようよ」


 ゆうたの言葉も耳に入らないようで、ちよこは険しい顔のままエルを見つめた。

 エルはしばらく悩んだ後


『私の耳を治してほしいの』


 聞こえるようにして欲しいということだろう。

 この街の医者ではお手上げだったのか。

 ゆうたはノートを受けとって


『ルバンガ団で、ってことだよね。それなら一旦拠点に帰って、専属の医師に診て

もらうことになるよ』


「その必要はないわ」


 ゆうたの手を止めて、ちよこが言った。


『それ、魔術師にやられたんでしょう』


 ちよこの文字に、エルが大きく頷いた。


「よくわかったね!」


 ゆうたが驚いてちよこを見る。


「小さくて見辛いけど、彼女の耳に術式が浮かんでいるの」


「何も見えないよ」


「あなたは魔術師じゃないもの。見えるわけないでしょ」


 ずるい、と唸るゆうたをよそ目に、ちよこがペンをとって


『私は魔術師よ。確約はできないけれど、その術を解けるかもしれない。話を聞かせてもらえるかしら?』


 そう書く彼女の左手中指に光る、楕円型をした乳白色の宝石が付いた指輪は魔術師である証。

 ちよこの言葉に、エルは安心したように笑ってペンを走らせた。

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