アニマのうたがきこえてくるよ
寧々(ねね)
第1話 汚い街
薄汚れた街並みは、夜の闇でも隠しきれない。
それどころか、ほとんどの街灯が壊れてその役目を果たしていないせいで、より一層街のみすぼらしさが際立っていた。
「なんかこの町汚いよね」
口を尖らせそう言ったのは、ルバンガ団団長のゆうた。
上までボタンをしめた長袖のブラウスにリボンタイ、膝上のズボンとハイソックス。柔らかな髪は品良く整えられており、その顔はまだまだ幼い。
ルバンガ団といえば、依頼を受けてそれをこなす――いわば便利屋のようなものだ。
他にもそういった団体は多々あるものの、ルバンガ団がその中でも頭一つ抜けて有名な理由は所属団員の実力が高いことと、団長であるゆうたが幼すぎることが原因だろう。
奇異の目を向けられることもあるが、周りを気にすることなく着実に依頼をこなす姿勢が評価されているのも事実。
ゆうたは団長として恥ずかしくないように、先程の依頼もまた誠実にこなしていた。
が、今はその帰り道。
疲れ切った体で歩く街並みがこうも汚ければ、愚痴の一つも言いたくなる。
「そんなこと言っちゃだめよ」
返したのは、ちよこ。
褐色の肌に顎先で切り揃えた癖のない黒髪。
ざっくりと胸元が開いた、長袖ニットのミニワンピースはかなり体にフィットしているが、細身の彼女は綺麗に着こなしている。
ルバンガ団団員の一人である彼女は、かけていた眼鏡をぐいっと押し上げ
「……でも否定はしないわ。それに、治安も良くないし」
そう言っているそばから、ヒュウーッと口笛の音がする。
見ると、通りの向かい側から数人の男がニタニタとこちらを見て手招きしているではないか。
勿論行くわけもなく。
無視してゆうた達は歩き続ける。
「仕事が無ければこんな街、来ることもなかったでしょうね」
「そうだね。……あー、それにしてもお腹空いた。腹ペコで死にそう。早くどこか
でご飯食べようよ」
その言葉を証明するように、ゆうたの腹が大きな音を立てた。
「帰るまで我慢しなさいよ。この街で食事なんて、何を食べさせられるか分かったもんじゃないわ」
冷静に言い放つちよこだが、彼女のお腹は正直で
ぐううぅ
大きくはないが、決して小さくもない空腹の合図を鳴らした。
ゆうたは彼女の顔を見上げるが、その視線から逃れるようにちよこはあらぬ方向へと目を逸らす。
「あ、もうあそこでいいじゃん!入ろうよ!」
ちよこへの追及をあきらめて、ゆうたは目についた酒場を指差した。
ちよこは不満げな表情だったが、手を引っ張って酒場へと向かっても文句を言うことはなかった。
「わあ。良い匂い」
酒場の前までたどり着くと、スイングドアの隙間から賑やかな笑い声と良い匂いが漏れてくる。
ドアの横にはゆうたの肩ぐらいの高さの看板が立て掛けてあり
「『静寂の歌姫 最高のひと時を、最高の笑顔で』?」
「この酒場専属の歌手がいるのかしら。食事をしながら歌を聴けるなんて素敵」
「ただの汚い街だと思ってたけど、ここは別かもね」
二人は期待に胸を踊らせ、ドアを押し開けた。
「案外広いね」
店内は想像していたよりも広く、ざっと百席くらいある。
それなりに人が入っており賑やかなものだ。
客層はあまり良くなさそうだが、酒場とはそういうものだろう。
ゆうた達は空いていたテーブルを見つけて椅子に座り、置いてあったメニューを広げる。
「どれにしよう。全部食べられるくらいお腹空いてるからなあ」
「あんまり食べ過ぎちゃだめよ。お腹痛くなっても知らないから」
二人が悩んでいると、ウェイターが出払っていたのか、店主自ら水を持って注文をとりに来た。
良く言えばこの街らしい、悪く言えばごろつきのような彼は、ちよこを舐めるように見て
「いーい女だな。こんなガキよか俺にしとけよ。それともアレか。ガキの方が趣味か?」
ちよこの眉がピクリと動く。
こう見えて、彼女はかなり直情的だ。
加えて空腹ときている。
いつも以上にキレやすくなった彼女が店主に突っかかる前に、ゆうたは努めて冷静に言った。
「ルバンガ団団長である僕の前で、彼女を口説かないでもらえますか。彼女は大切な団員なんです」
「お前がルバンガ団?」
ゆうたの方を見て、半笑いで答える店主。
だが、彼の目がゆうたの耳を捉え
「ルバンガ団の団長は半血(ハーフ)森の番人(エルフ)のガキだっけか。本当にそうなんだな。……で、注文は?」
面白くなさそうにそういった。
これ以上絡むのは得策ではないと判断したのだろう。
「これと、これで。いいよね?ちよこ」
「……ええ」
行き場のなくなった怒りを抑え込み、ちよこは頷いた。
店主は注文を聞き終ると、特に何も言わずその場を立ち去った。
その後姿を睨み殺さんばかりに見ているちよこに
「こういうとき、見て分かる特徴があると便利だね」
気を紛らわせようと、ゆうたが自身の小さな尖った耳を指でつつく。
これは森の番人(エルフ)の血が流れている証拠。
ゆうたの体内に流れているのは半分だけだが、その血は確かに現れていた。
おどけて耳を動かしてみせるが、ちよこは店主を睨みつけたまま
「低俗な人間」
そう吐き捨てて、ようやっとこちらを向く。
「随分と気の強いねえちゃんだな。こりゃ団長さんも大変だろう」
不意に隣のテーブルから声がかかった。
見ると、一人のくたびれた中年男がケラケラと笑っている。
顔が赤らんでおり、テーブルの上には一人にもかかわらず空のジョッキが何杯か置いてあった。
席が近いため聞き耳を立てずとも会話が耳に入ったのだろう。
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