お菓子を待ちわびて:カナデとユキチカ
愛器のレスポールギターをギタースタンドに立てかけて、防音が施された作業部屋からリビングへと移動する
カナデはオニキスブラックのショートヘアを掻き毟りながら、大画面テレビの電源を入れると、チェリーレッドのカウチソファに身を投げ出した。
夕方のニュースは、ハロウィンで盛り上がる都内の様子を写していた。コスプレした男女がインタビューに答えている。
「楽しそうでなによりだな」
リモコンで別のチャンネルに変えてみるも、どこも同じようなものだった。電源オフの赤いボタンを押してリモコンをテーブルに投げると、ソファと同系色のクッションに顔を埋める。
「……お腹空いたなあ」
昼前から楽曲制作にかかりっきりで、作業部屋でギターを弾きながらパソコンとにらめっこを何時間も続けていた。口にしたのは水分補給のミネラルウォーターと気分転換のコーヒーだけだ。
(近所の定食屋にでも行こうかな)
カナデがそう考えているとスマホから着信音がした。スウェットパンツのポケットからそれを取り出すと、すばやく通話モードにして応答する。
「チカだ、トリックオアトリート」
「第一声がそれか」
通話主は同業者のユキチカだった。制作はどうだ、腹が空いただのと言い合う。
「本題だけど、腹を空かせてるだろうと思ってスイーツ買って、そっちに向かってるから」
「えっ、マジで?」
声が大きくなった。顔もニヤける。
「ホントだよ。お前の好きなチョコレートケーキも買ってあるから」
空いた左手で思わずガッツポーズ。
「やった! お礼に抱いてやる!」
「丁重にお断りする」
うんざりした顔のユキチカが思い浮かんだ。仰向けになってクッションを抱える。
「ハッピーハロウィン、ユキチカ」
一拍、間が空く。
「ハッピーハロウィン。じゃあ、また後で」
通話終了の音がなる。カナデはソファから立ち上がると、コーヒーと紅茶を淹れるためにキッチンに向かった。
今まで落ち込んだ気持ちは吹き飛んで、ようやくいつも通りになった。
いつもの調子であいつを出迎えよう。
カナデは明るめのオリジナル曲を口ずさみながら、ケトルに電源を入れた。
(終)
二人ぼっち時間 崎奈 @sakina0223
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