二月十四日のお返しに:颯と秋明

 店仕舞いを終えて、店舗を後にする。秋明しゅうめいは後方の従業員出入口で退館を済ませると、ダブルライダースを羽織り、喫煙スペースへと足を運ぶ。

 そこにははやてがスマホを操作しながら、煙草をくゆらせていた。ベージュのチェスターコートのポケットからは、ライトブルーパッケージのハイライトが覗いている。

「お待たせ」

 秋明が声をかけると、颯は顔を上げた。灰皿に吸いかけの煙草を押しつけて、秋明の側に歩み寄る。

「お疲れ様。近くまで車持ってくるから、少し待ってて」

 颯はそう言って、愛車を停めた駐車場に向かった。しばらくすると近くにブラックのヴェゼルが停車する。秋明は助手席に乗り込むと、鞄を後部座席に置きシートベルトを閉めた。

「あ、晩飯って、もう済ませたんだっけ?」

 颯はそう問いかけると、サイドボートに置かれていた、ラッピングされた小さな箱を秋明に手渡した。

「これは……?」

 包装を解いて、箱の中を確認する。ビターチョコレートの詰め合わせだった。

「バレンタインのお返し。秋くん、甘党じゃないからビターチョコにしたけど、問題ないよね?」

 話しながらエンジンをかけて、車を走らせる。表通りへ出たところで、秋明が口を開いた。

「甘すぎなけりゃいい。晩飯まだだけど、一つだけ食べてもいい?」

「いいよ。個包装のやつ選んで正解だったな」颯は笑みを浮かべた。

 チョコレートを一口食む。程よい苦味とコク、控えめな甘みが、口内に広がった。

「うん、美味しい。これは当たりかな」残りを口にして、秋明は箱を片す。

「いつもありがとうって、お礼言いたかったけど……なんか、口にすると、恥ずかしいな」颯がひとりごちた。

「そうだな、いつも一緒だし」秋明が返す。

 視線を運転席に向ける。颯は照れているのか、顔が真っ赤になっていた。秋明はクスリと笑って、耳元で「お返しくれて、ありがとう」と囁いた。

 さらに顔を赤らめた颯が運転に集中できなくなって、秋明に運転をかわったことは、ここだけの秘密。

(終)

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