第2話
「また、次の春な」
その日は毎年、唐突にやってくる。彼がいる間は、絶対に桜の樹を見ないようにしているから。
囁く声に目が覚めたけれど、目を瞑ったままじっとしていた。しばらく私の頭を撫でていた彼は、こめかみにキスを落としてベッドから立ち上がる。
いつもなら、遠ざかっていく足音を聞きながら、追いかけたい衝動をひたすらに堪えていた。しかし今年は、なぜか堪えきれなかった。
勢いよく身体を起こし、手を伸ばして彼のシャツを掴む。顔を上げないままでも、彼が動きを止めたのが分かった。カーテンの隙間からは、まだ濃い夜の気配がする。このまま永遠に光など射さなければいいのにと、掴んだ布に彼の存在を感じながら願った。
「また、1年、待てって言うの」
彼は何も言わない。
「来年の春まで、一人で、待ってろって、言うの」
彼は、シャツを掴む私の手に触れた。その手が、撫でるように腕をのぼってきて、無言で抱き寄せられる。ベッドが軋む音がする。私は、彼が離れていかないようにぎゅっと腕に力を入れた。
「ごめん。待たなくても、いい、から」
さっきよりずっと掠れた声で、そう言う彼はずるい。切なくて悔しくて、唇を噛んだ。
別れ際の彼はいつも優しい。そっと私の身体を押し戻すと、流れた涙をそっと拭ってくれる。私を見つめる目には、しっかりと、私が映っていた。寂しそうに笑った顔に、私は力が抜けてしまう。彼は、柔らかく私にキスをして、部屋を出て行った。
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