その四。

 十一月□日、午後四時二十分。


 トラのエリアを抜けた先にはゴリラのエリアが広がっていた。一際賑わっているところへ行くと、ガラスの向こう側にゴリラの親子が抱き合って座っていた。遠くの方では一頭のゴリラがボロボロの布を拾い上げ、器用に羽織ってマントにしていた。

 きっと寒かったんだろうなあ。私も寒い。


 西側のエリアに移動しているときに道中で会ったアオメキバタンを見て、ふと栃木のうどん屋さんを思い出した。旅行記には書かなかったけど、確かあのお店の入り口にキバタンがいて「こんにちは」としゃべったとか。佐々木ささきさんも同じように思い出したのか、懐かしいねなんて言いながら栃木旅行の時のことを話し始めた。私があれ以来餃子不審になって五ヶ月振りに食べたとか、ゴーカートの車の中にスマートフォンを置きっぱなしにして取りに行ったとか。

 そういえば行方のわからない激辛まんじゅうは緒方おがたさんが持ち帰ったらしい。その後食べたのか賞味期限が切れて捨てたのかは謎だ。「この間行ったときは無くなってたからどっちかじゃない?」とか言っていたっけ。


「懐かしいねぇ。今日の夕飯、餃子にする?」

「ちょっと待って」

 

 暫く餃子は年に三回くらいで十分だ。

 西側のエリアに着くと、真っ先に目に入ってきたのはフラミンゴの大群だった。丁度CMで流れている曲名と同じで、佐々木さんと合流する前に聞いていたせいか、私の頭の中に唐突に流れ始めた。


「たっきー、それじゃないよ」


 佐々木さんに突っ込んで貰わなかったら最後まで再生されて口ずさんでいたかもしれない。

 二本の足で立ち尽くしているフラミンゴを見てから進むと、ほとんどの檻は空だった。閉園の時間が近づいてきている。きっと屋内に入ってしまったのかもしれない。


 屋内に入ってしまったサイ、キリン、オカピをみた後、両生爬虫類館に移動する。

 中は暖房が入っており、先程まで冷えきっていた指先が次第に暖まってくる。入ってすぐのところで亀田かめださんーーじゃなかった、リクガメがリラックスした状態でお出迎え。後ろ脚をびょーんと伸ばして、気持ち良さそうだ。

 ……カメの脚って、こんなに長いもんなの?

 温室に入ると、そこはまるでジャングルで。トカゲやワニ、ピラニアまで自由に動いていた。


「たっきー、蛙ゾーン入るよー」

「はーい」


 佐々木さんの呼びかけにすぐさま頭を下げる。トカゲやヘビ、イモリ、ヤモリならまだしも、蛙は苦手だ。蛙の入ったショーケースを視界に入れたくないので、先頭を歩く佐々木さんの鞄を軽く握り、足元だけを見て進んだ。

 ワニはいいのかって? 可愛いからいいんです。はい。


 更に進むとゾウガメが水を飲んでいた。入り口でリラックスしていた脚長のカメの何倍も大きいこともあり、こちらから見えるのは大きな甲羅と隙間から小さく見える脚だけ。頭や前脚は甲羅の向こうで全く見えなかった。


「あ、亀田さ……じゃない、ゾウガメ、大きいですねー」

「もう亀田さんでいいんじゃない(笑)」


 佐々木さんといえばウサギであるように、亀田さんといえばカメなのだ。

 

 両性爬虫類館を一通り回ったあと、アイアイのいる館に行く。

 薄暗い中一つ一つのショーケースを見て行くと、アイアイの主食と言われている昆虫の説明もされていた。ガラスの隣に掲げられた説明書きを読んですぐ佐々木さんの腕を引っ張って奥へ進む。

 実物を見たわけではないが、トラのエリアに居たときのような感覚ーー後ろから唐突に現れるんじゃないかという恐怖を感じた。

 あの昆虫は神出鬼没だから、あり得ない話ではない。あまり思い出したくないのでこの程度にしておこう。


 そうして、閉園の時間を迎えて動物園を後にした。上野駅の近くを軽く探索して、緒方さんと同じジュエリーショップを見つけて爆笑した後、夕飯を食べて上野散歩は無事に終わった。

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