その弐。


三  八月◯日 午後一時


 千晴ちはると合流したところで、まずは昼飯。多くの観光客で賑わう小町通りを、人混みをかき分けながら進む。左右に並ぶ店のほとんどは海鮮丼を売りにしていて、やはりシラス丼がメインのようだった。

他にもフレンチトーストやいなり寿司などがあったが、ふと横切った店の看板に目を引かれる。


『本日入荷! 生シラスございます!』


 生シラス――つまり、取れたて新鮮のシラスが捕れたという。釜揚げシラスも捨てがたいが、とれたてがあるのなら気になる。というのも、私自身、何度か鎌倉に来たことはあるが、生シラスを食べた記憶がないのだ。私が看板を見てウズウズしていたのか、千晴が言う。


「ここ入る?」

「え、でもマグロ丼あるかわからんよ?」

「生シラス気になる!」


 自分に合わせてくれているのか、好奇心旺盛なのか。いつものことだと思いながら看板のかかっている店に入る。狭い店内は生シラスを注文する客で賑わっており、満席だった。二、三分ほど待って席に座り、メニューを見ていると、突然千晴は目を輝かせた。見ているのはマグロと釜揚げシラスが乗った二色丼だった。


「どっちも食べれるじゃん!これにする!」


 ほぼ即決。

 ドタバタしている店員さんを呼んで注文する。しばらくして運ばれてきたのは、丼の中に大きく切られたマグロの刺身と豪快に乗せられた釜揚げシラス。ご飯の上には薄焼き卵と焼き海苔が散りばめられていた。刺身が輝いていて、新鮮さが目から伝わってくるような気がした。

 そうしているうちに私が注文した丼もやって来た。生、釜揚げ、揚げの三種類のシラスを乗せた、三色丼だ。

 生シラスのプチプチっとした食感も美味しかったが、揚げシラスのあまじょっぱい味付けがご飯と合う。恐らく人生初であろう生シラスは、揚げシラスによって一瞬で攫われてしまった。


「ちーさん、この後どうする?」

「うーん……たーさんは行きたいところある?」

「コーヒースタンド……の前に、お参り行こうか」

「あ、鶴岡八幡宮? 行こう! あと食べ歩きもしたい!」

「いいね。小町通りもそうだけど、鶴岡八幡宮の前で屋台も出てた気がする」


 食べ歩き、といっても、売っているのものはソフトクリームやいなり寿司、たまにアルコールを配っている時もある。

 店を出て鶴岡八幡宮を目指しながら、左右に並ぶ店をじっくり見ながら進む。

 鶴岡八幡宮は、鎌倉の中心に鎮座する三大八幡宮のひとつで、山に囲まれながらも朱が映える社殿がある。仕事運や健康運、縁結びにご利益があるそうな。

 お参りの前に社務所に行く。お参りをする前にお守りを買い、参拝すると良いらしい。


「たーさん、何にするか決まった?」

「めっちゃ悩んでる……」


 お守りの前で暫くにらめっこ。これからはもっと仕事も頑張りたいし、趣味の小説も長編を書いて完結させたい。就職してから貧血や腹痛で困っていたこともあって、健康な一年を過ごしたいのもある。恋愛運を願ったところで、結局は自分自身の問題だし、交通安全や安産祈願は全くもって無縁だ。


「これにすれば?」


 そう言って千晴が指差したのは、「厄除け」のお守りだった。


「……これください」


 厄除けのお守りを持って参拝する。この一年は平和で平凡で過ごせますようにと。

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