その弐。

 〇月△日、午後一時十五分


 駐車場に車を停めると、小雨がパラパラと降ってきた。休憩を含め、五分ほど目を瞑る四人。(その間しっかりタイマーをかけていたのは飯塚いいづかさん)

 最初の目的地は緒方おがたさんのお目当ての「江戸村」。ここでは江戸時代にタイムスリップして、とある村を歩き回れるという。村に入る手前で記念撮影と三色団子を食べるとは思わなかったけど。

 江戸村に足を踏み入れると、古い木造建築の家や店がずらりと並んでいた。入ってすぐ、噂の染物屋を見つけると、緒方さんは様々な着物を吟味しながら選び出す。

選んだ着物を持って奥へ行くと、店の人が「お着替えに二十分程かかります」と教えてくれたので、他のメンバーでフォトスポットを散策。赤い橋の下にはたくさんの鯉が泳いでおり、馬屋には一頭の馬が子供達からニンジンをもらって嬉しそうに食べていた。

「ここ、いいんじゃないですか」

 そう言って飯塚さんが見つけたのは、黄金の茶室。一室が全て金箔で埋め尽くされていて眩しい。

 とりあえず先に四人で記念撮影。佐々木ささきカメラマンの腕が鳴る。

「その縁側いいね。飯塚君、そこに座って! 視線こっちに!」

 そうこうしているうちに時間が過ぎ、緒方さんをお迎えに。

「…………カツラ、無かった」

「殿おおお!!」

 水色の着物に銀色の羽織、腰に刀。新選組――ではなく、殿様姿の緒方さんが染物屋から出てくると、私以外の三人が跪く。ノリ良すぎだろ、と戸惑いを隠せないのは私だけではないようで。

「うえ、っと……誰かワックス持ってない?」

「あ、俺持ってるよ! 殿、どのような髪型になさいますか!」

「ま、前髪を上げていい感じに」

「かしこまりました!」

 ノリに乗れない緒方さんを座らせ、亀田かめださんがテキパキと髪型をセットする。そしてしっかりと決まった緒方さん――改め殿を案内する。

「殿! こちらです!」

「段差がありますので、お気をつけて!」

「殿、お味はいかがですか?」

「う、うむ……」

 本当にノリが良すぎて皆が怖い。

「緒方さん、なんで忍者にしなかったんですか?」

「忍者はね、なかったんだよね……最終的に農民と迷ったけど殿にしてみた!」

 緒方さんは何になりたかったのだろう。

 途中、昔馴染みのコマ回し体験をすることに。

 ぐるぐるっと紐を巻き付けて投げる。一見簡単そうに見えるが、これが結構難しい。土俵の上どころか、自分の足元に落下してしまう。しっかりコマが土俵の上で回ったのは、佐々木さんだけだった。

「たっきーもやってみて。もしかしたら傍観している人の方ができるかも」

 後ろで写真を撮っていた私に、佐々木さんがコマと紐を渡す。とりあえずやってみるが、土俵に投げるどころか紐が引っかかって宙ぶらりんになってしまった。

「あ、そっちいった!!」

「へ? ちょ、うわあああ!?」

 最終的に亀田さんの投げたコマが私の足元めがけて剛速球で飛んできたのは、移動中に無視してしまった仕返しなのだろうか。滅茶苦茶怖かった。


 その後も村の探索を続けた。屋根や地面に向かって投げた手裏剣体験、牢屋敷では飯塚さんが処刑台に登り、村を収める領主をモチーフにした舞台を観劇。花魁道中にうっとりしているその隙に煎餅焼き体験。

 途中、鬼や将軍の顔出し看板でひと悶着。

「たっきー早く! もっと顔出して!」

「知ってる? 時間経つと恥ずかしいヤツ。放置プレイっていうんだよ」

「絶対嫌!」

 ……まあ、私が頑なに嫌がったからなんだけど。(その後ちゃんと撮りました)

 殿の支度中に出会った篭屋のおじさん達と再会すると、早速殿を乗せて運んでもらうことになった。

「せーの! えい!」

「ほっ!」

「えい!」

「ほっ! ……ちょっとこれくらいにしておこうか!」

 子供を乗せて結構な距離を歩いていた篭屋のおじさん達。流石に大人一人はきつかったらしい。

 そうこうしているうちに殿の着替えの時間がやってきて染物屋に戻った。


 この日最後の忍者劇場を観るにはまだ時間があったので、ボディペイントをしてもらうことに。それぞれの頬に三色団子や領主をモチーフにしたキャラクターを描いてもらう。

「緒方さん、何書いてもらう?」

「じゃあ……『悪』で」

 ……さっきまで殿様だったのが一気に下手人に成り下がったよこの人!!

 そのまま、忍者劇場を観劇。狭い舞台の上で飛んだり跳ねたり、鋭い殺陣も見ていてぞっとした。終演後、劇場にいたほとんどの観客がおひねりを投げた。後から聞いた話、細かいお金がなかった緒方さんは五千円を包んで投げたという。この日はさぞ儲かったことだろう。

 閉村の時間が近づいてきたので、来るときにくぐってきた門へ向かうと、散策中に出会った村民の人達が見送ってくれた。もちろん、写真撮影も忘れずに。篭屋のおじさん達も見送ってくれて、『悪』を頬に書いた殿を見てすぐ、(わざとらしく)嘆いた。

 村の門をくぐって出ると、丁度良いタイミングで雨が降ってきた。

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