01-13 ひと時の休み


 タダシの町でハシタダさんに保護されてから数ヶ月。

 巫女のお腹も少しずつ大きくなってきて、本当にお腹に俺の子供がいるんだなって実感してきたとき。


「神夜っ! 動いた!」


 巫女がハシタダさんの二階建て庭園付きの大きな屋敷――ハシタダさん、この町の町長さんだから、一番大きい屋敷に住んでいるらしい――でぽかぽか陽気を浴びながら、何かに気づいて嬉しそうに巫女が俺を呼ぶ。


「え、何が?」


 自分のお腹を撫でる巫女を見て、そりゃ巫女だってお腹おっきくなったけどまだまだ動けるだろうと思う。


「あんたねぇ……お腹の子が動いたって言ってるですっ!」

「……ああ、うん?」

「うん……って。もー……」


 どうやら俺は巫女が望むような答えを返せなかったようだ。

 巫女が不貞腐れだした。


「ミコ君。男からしてみるとそういうのってよく分からないんだよ」


 ハシタダさんが俺達を見て笑いながらそう言った。


「えー。あー、でもそっかぁ……。お腹にいるわけじゃないから実際にお腹の中に何かが蠢いてるってわからないよねぇ……」


 なんか……そんな蠢くとか言われると、ちょっと怖いんですけど巫女さん。

 でも言われてみれば、そのお腹の中に、小さな生命が生きているのかと思うと、少し不思議で。


「うん。おっきくなれよ」


 巫女のお腹を撫でながらそう声をかけてやると、心なしか、「とんっ」と撫でている手に軽い衝撃が届く。


「……お、今のって……」

「ほら、この子も嬉しがってるんだよ。大丈夫、お父さんですよー」

「そして私の後継者ですよー」

「どさくさに紛れてなにいってんだあんた」


 ハシタダさんが何かの洗脳をしだしたのだが、それはお腹の子供に対してなのか、それとも俺に対してなのか。


 いや、俺に対してなんだろうなぁ。

 この人、なんでそんなに俺をこの町の門番にしたがってるんだろ……。


 この町の象徴でもある、大きな樹の下で拾った『神剣・宿り木』より一番の謎だと思った。




・・

・・・

・・・・





 そんなのんびりとした暮らしをしている中。

 俺も、お世話になっているハシタダさんと町に対して何かしてあげようと思い、ハシタダさんの門番の手伝いをしてみることにした。


「シンヤ君……シンヤ君……っ!」

「あんたさっきからそれしか言ってないぞ」


 門番の仕事をやってみると言ったら、もうそれしか言わずずっと泣き続けるハシタダさんがうざかったので、金輪際門番の仕事をやるのはやめようと思った。


 そんなハシタダさんは、本当に町長らしく町長の仕事をしに泣きながら屋敷へ戻り。


 そもそも、門番の後継者って何かよく分からないし、何したらいいのかさっぱり分からないので説明してほしい。


 ハシタダさんは後継者として俺を選んでくれているのは嬉しいが、本当の後継者がいるのに何で俺なんだろうと思う。


「なあ、シンヤ君」

「どうしましたか? シラさん」


 その後継者ってのが、この「シラ」って人だ。

 俺がこの町に来る前にハシタダさんに憧れて門番に志願したそうだ。

 もう一人、「コノハ」って女性の門番さんもいるんだけど、最近みないのはなんでだろう。


「シンヤ君は、何でシンヤ君って呼ばれているのかな?」

「はい?」


 そんな、ハシタダさんの真の門番後継者が急に哲学的なことを言い出したのだが。


「いや違う違う! ハシタダさんにどうして名前を呼ばれているのかって!」

「……大丈夫ですか? シラさん」

「なんか僕がおかしいみたいに思ってないかな!?」


 いや、おかしいだろ。

 むしろ、今のシラさんの発言におかしいと思わないほうがどうかしてる、ZE!


「あのね、シンヤ君。ハシタダさんは、名前を覚えないんだよ」

「……痴呆、ですか?」

「流石にそんな歳ではないんだけどね……とにかく、人の名前覚えてくれないんだよ」


 とか言っているが、考えてみてもシラさん以外の人の名前は――いや、門番に関わっている人以外の名前は普通に呼んでいたような気がする。


「つまり、門番やってたら名前覚えてもらえないってこと!?」

「多分そうですね」

「なんで!?」

「しらねぇよ!」


 俺に聞くな!


 つーか、シラさんといい、ハシタダさんといい。

 門番に命かけすぎじゃねっ!?


 なんて、本当にどうでもいいよく分からないことを話していたら、


「大変だっ!」


 必死の形相で町へと向かってくる冒険者風の男が、門番である俺とシラさんを無視して町へと入り込もうとした。


「町に入るには通行証が必要だ! 何かあったのなら俺を通して話せ!」


 シラさんが入り込もうとした男の肩を掴んで引き寄せると、どんっと壁に叩きつける。


「おおっ、壁ど――」


 その勢いがあまりにも滑らかで、俺がもしそれされたらちょっとトキめいちゃうのも分かりそうな動きだった。

 それこそ、あのいなくなった親友にでもされたら「あら、私どうなっちゃうの?」みたいな気分でドキドキしたかもしれないなんてあり得ないことも考えてみる。


 まあ。俺、もう、お父さんだしな。


「お前、先日町の外からダンジョンに向かったパーティだなっ!」


 急に怒声のような声が聞こえて、思わずびくっと体を震わせる。


 俺がよく分からない妄想に耽っている間に、シラさんが急に怒りの形相でその男の胸倉をつかみ、男に名乗らせるまでもなく怒鳴りつけていた。


 んん。なんだかきな臭い話になりそうだなと思いながら、シラさんの男らしさと、その強引さにドキドキしていると、


「あの、ここ通ってもいいですか?」


 と、外から帰ってきた人が俺に遠慮気味に声をかけてくる。

 いつも門番仕事をやってるシラさんがあんなんだから入りづらかったのだろう。


「ああ、いいですよ。どうぞどうぞ」


 その人は俺に何か見せようとしていたが、よく分からないので顔だけ見て素通りさせた。


 そんな人が何人かいて、俺が一人通すと、外で沢山の人がまっていたようで、ぞろぞろと俺にカードを見せながら素通りする人も多くなってきた。


 しかし、素通りするみんながちらちらと俺に見せる、あのカードみたいなのはなんなんだろう。


 シラさん側も少しずつ白熱しだした。

 シラさんがなんであんなに威圧感たっぷりに壁どんしてるのか早く確認しないと。

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