01-07 そして、始ま――
「姫、お前……知ってたのか」
「いえ。こちらで懇意にして頂いた方からの情報と、私の今の立ち位置によって調べた結果ですよ、御主人様」
そのメイドの言葉に俺は少しほっとして、浮きかけた腰を降ろした。
もし、あの研究の犠牲者なら。
その結果産まれ落ちた俺は、その犠牲者の上に成り立ったものだ。
だから……
「待て。義母さんも、関係していたのか?」
「まさか。……いえ、正しくは、知ったから、資金提供を打ち切ったが正しいわ」
「御主人様。当主様はそれを止める為に動いた方側ですよ」
「……そうか……」
……そう言えば。
確かあの場所には、
準成功体が四体。
他分野の成功体として、一体いたはずだ。
準成功体を産み出す苗床とされていた、生きていれば俺と歳も変わらない女の子。
確か――
「そこの俗物。貴方は何か勘違いしているようですね」
「あん?」
「私は実験の失敗作。破棄されていた物言わぬ試験管の中で浮いていた体に生まれ変わったのは確かです。……つまりは、私のこの体は、貴方という成功作を産む為に産み出された失敗作――」
勘違いもなにも。
思っている通りのことだった。
やはり、俺は、俺という存在を産み出すために犠牲になった者達に償わなければならないと再認識しただけだ。
「――私は、成功体の一体。疑似人工生命体を苗床として生み出されたサンプル体を使っております。なぜ、私がこの体に生まれ変わったのかは分からないままですが」
「……恨んで、いるよな」
そして今。
目の前に、初めて出会った償うべき対象がいる。
恨まれても仕方ない。
だから、俺は――
「恨んでいる? そんなわけがありません。恐らくは、犠牲になった者達も恨んではおりませんよ。なぜなら貴方も、犠牲者ですからね。むしろ、生きて欲しいとさえ思うでしょう」
恨んでは、いない? 誰も?
これは、自分の生い立ちを知ってから、苦悩し続けたことだ。犠牲者の一人からそう言われたことに、本心かどうかは分からないが、その言葉は俺の心に、深く刻まれていくのが分かった。
「産まれてくる前から犠牲者と決められた貴方が、最も犠牲者ですよ」
「生きて、欲しい……?」
「当たり前でしょう。だから勘違いしているのです。犠牲となって産まれた貴方に何の罪が? ただ。そう思うなら、その人達に報いるためにも、生きなさい」
俺は、俺が産まれる前に犠牲となった人達に報いたい。そう思いながら生きてきた。
その犠牲者とやっと会えて、やっと話を聞けて。そのメイドの言うことは、今まで悩んでいたことを吹き飛ばすように心に染みていくのが分かった。
「特に私は貴方に――いえ、貴方達に感謝しておりますよ。おかげで――」
そう言うと、俺から目を反らし、凪の腕を取った。
「御主人様の子を産むことができるのですからね。救出されて今も生きているあの子にも、感謝しておりますよ」
そんなメイドの突発的な行動に、さっきまで暗く沈んでいた気持ちが霧散していった。
むにっと。
凪の腕がメイドの胸に食われていく。
以前も見たが、やはり何なのだあの胸は……。
――いや、待てっ!
俺は、はっと、気づいた。なぜ気づかなかったのかと、隣にいる巫女を見た。
「姫さんって……――ん? なぁに? 神夜」
な……なんだ。
どういうことだ!?
「おい! 凪っ!」
「ぅぉ――ちょ、やわ……ん? な、なんだ?」
「これは、どういうことだ!?」
俺はあまりの驚きに、それを指差した。
「え? なに?」
「……御主人様方はご存知ですよね?」
「え」
メイドが睨むように言うと、お嬢様もちみっ娘も凪をジト目で見だした。
「お兄ちゃん、よぉく見てたもんねぇ……」
「え」
「お兄たん、男の目線は、バレるの」
「え」
「え~っと? 神夜は何に驚いているのかな?」
巫女は皆の視線にたじたじと、何を言われているのか分からないようだ。
そんな巫女に、「お前はそんなんになってどうした!?」と、恋人の身に起きているそれに叫びたくなった。
「……な、なんなんだ、これは!」
「……あ~……その……あれだよな?」
「ああ、これだ! これは何が起きた!」
むしろ、俺は何で今になって気づいたのかと。こんなの、さっき抱きしめてた時に気づくだろっ!
「ん~……ボク達からすると違和感ないんだけどねぇ……」
「御主人様はよく七巳様を別の言葉で形容されておりましたよね? 確か――ふぐっ」
凪が、驚いているのか焦っているのかよく分からない表情を浮かべてメイドの口を塞いだ。
口を塞がれたメイドはなぜか嬉しそうなのはなんでだろうか。
あ、さっき口塞げって言ってたの実行されたからか? え、そういう塞ぎでいいのかメイド。
「たゆんでぽよんでぷるん、なの」
「うぎゃあぁぁぁっ!?」
巫女のお胸様が、巨大化しているのだ。
俺の知ってる巫女はこんな『たゆん』ではない! それは俺が一番知っている!
「……二人とも、さいってぃ」
「俺もかよっ!?」
「お兄ちゃんが最低なのは……間違って、ない、かなぁ」
「っていうかなんで知ってるんだよ!?」
「よく、呟いてましたよ?」
「ぅぉぉぉぉ……」
おい。こいつ、俺の巫女をなんて目で見てやがったんだ、この色ボケめ。
そんな怒りの籠った視線で親友を見つつも。
俺は、嬉しかった。
俺の中に消えた弥生も嬉しそうにしていることも関係しているのだろう。
俺達も、こいつらと一緒にいたらあんなことにもならなかっただろうなという想いもあるが、親友達とまた会えて、仲良くやっていたことが分かって、それはそれで嬉しかった。
「とにかくです。貴方は何も悪くはないのですよ」
いきなり話を戻され、メイドが俺のことを許すような発言をしてくれた。
ただ、それだけで。
心が救われたような気がした。
メイドには、長年の苦悩から救ってくれたことに、感謝しかない。
「なので、とっとと話を続けなさい、俗物」
なのに。その後に続いた言葉でその感情も薄れてしまう。
話を止めたのはお前だからな? と思ったのだが、俺も十分に話を止めていたので何も言えやしない。
「……で。どこまで話した――」
「御主人様」
いざ話そうとすると、また俺の話を遮るメイド。
こいつは、話を聞きたいのか聞きたくないのか、どっちなのかと。
「話を聞きたいのは山々なのですが。先程の話で気になることが出来ましたので、数日お暇させて頂きます」
「は?」
「え。姫ちゃん、また会えたのに……」
「姫、どこ行くの」
「先程の話に出ていた、裏世界の住人のことかしら」
「ご明察でございます。当主様」
貴美子おばさんに恭しく頭を下げると、メイドは、
「A級殺人許可証所持者」
と。物騒な言葉を出した。
「コードネームは『紅蓮』。彼は、裏世界では知る人ぞ知る、殺しのエキスパートですよ」
「あなた……何でそんな裏世界に……」
貴美子おばさんが驚きの声をあげた。
だが、それよりも、他の皆は唖然として声も出せていない。
「私も、同じ裏世界の住人だからですよ」
裏世界。
この世界の地下に広がる広大な別世界。
俺は、そこで産み出されたから知っている。
そこは確か、高天原という組織が統括している、無秩序の名を持つ、独立国家だったはずだ。
弓さんはそんな裏世界の殺し屋だったのかと。では、なぜあの時、ノヴェルにいたのか、謎過ぎた。
裏世界はあっちと繋がっているとか?
そんな訳がない。
「こちらで私は、B級殺人許可証所持者。弍つ名は『鎖姫』で通っております。以後、お見知りおきを」
そんな、目の前のこのメイドも。
殺し屋だった。
・・
・・・
・・・・・
「なので。御主人様に手を出したら、殺しますよ」と、何の手かは分からなかったが、捨て台詞を残してメイドは去り。
「どっから話したもんかね……」
メイドがいなくなって静かになった食卓で、俺はそう皆に聞こえるように切り出した。
「いや、その前に。殺人許可証って……合格者がいるかどうかさえ分からない国家試験だったよな」
「何であの子がそんなもの……。姫は確か、ギア、よね?」
あれ? あれ?
おーい。俺の話はー?
「ん? 待った。……義母さん。さっから気になってたんだけど……」
「ん? なによ」
「記憶、あるのか?」
「何を今更。あっちの記憶がなかったら、あまりにも変貌遂げてるこの二人に気づいて保護なんかしないわよ」
「……はぁ!?」
「気づくの遅いの。お兄たん」
なんだなんだ?
話がまったく見えないぞ?
「やっとあなたに義母さんって呼ばせたわよ」
「いや、そりゃ……こっちでは義母さんだから……」
「そうねぇ……両方の記憶があるのは不思議よ?」
なんだか、家族間で色々あったみたいだが。
それにしても……
「なぁ。そろそろ俺の話をだな?」
「あー、神夜。悪いがちょっとこっちのほうも整理させてくれ……」
そして、俺の話は。
始まらない。
―――――――――
作者より
この話より数話ありますが、この話以降別作品『ライセンス!』のほうへ若干話がシフトしていきます。
あちらの作品が終わるまで、こちらの作品が書けなくなったということもあるのですが、向こうを是非お読み頂けると嬉しい限りです(^_^)
刻旅行は『刻を巡る話』
そして、全てを『繋げる話』
ライセンス!は『刻をやり直す話』
そして、全てが『繋がる話』
そんなコンセプトで深く関わる二作品、是非に。
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