01-06 『俺』の正体


「――それから、その弓って人に色々教えてもらってな」


 大豪邸の一室。

 そこで俺達は、夕食を食べながら話し合っていた。

 話し合っていたと言っても、それは俺が今まで何をしていたかであって。


「こことは違う世界なんだって理解した後は、チートで無双な世界が――」

「黙れ俗物。貴方ごときがチートで無双でハーレムな異世界ものなど出来るわけないでしょう」


 目の前に座る親友にメイドらしくといって親友の給仕をしながらぎろりと俺の言葉を遮り睨むメイドの、俺の呼び名がまた戻っているのは何でなのかと思えなくもない。


 俺へのアタリが激しいこのメイドは、きっと俺のこと嫌いなんだな、まぢで。


 後、ハーレムは言ってないし、やってもない。

 むしろやってるのはそっちだろうと。


「姫、口が悪いぞ」

「ではその口をこの口で塞いで頂ければ静かになりますよ、御主人様」


 つつっと、親友の口に優しく触れながら妖艶な笑みを浮かべて顔を近づけるメイドの動きが妙に艶かしく。


 ごくりと喉を鳴らしかけたところで、


「しんやぁ?」


 隣の『鬼』がにこやかに俺を見つめてきて、ひくっと口元に笑みを浮かべるしかなかった。


 さっきまでは、また会えたことに赤子のように泣きじゃくっていたポニーテールの似合う俺の恋人は、何を背中に飼っているのかと常に思う。


「おにぃちゃぁん……?」

「お兄たぁん……?」

「おい。俺がなにか怒られるようなことしたか?」


 こちらもこちらで。

 会ったこともないお嬢様とちっちゃな少女に睨まれている親友と目が合い。



 巫女と仲良くやってて何よりだ。

 いやいや、そっちは大変そうだな。

 大変すぎて困っている。

 俺の親友が久しぶりに会ったらハーレムとか。楽しそうなことで。

 ……てめぇ……。本当に大変なんだからな。

 はいはい。羨ましい羨ましい。



 なんて、目で会話していると、二人揃って隣の恋人に睨まれた。

 親友に至っては俺の三倍だな。



「はぁ……あなた達、もう少し静かに食べられないのかしら?」

「「すいません」」


 この豪邸の持ち主である貴美子おばさんに怒られて皆揃って静かに。


「あー……まあ、なんだ」


 かちゃかちゃと皿に乗った霜降り肉を切り落としながら、親友が静かな食卓で声を出した。


「お前がどうなったのかは、俺達は少し把握してはいるんだがな……その……」


 言いづらそうにしている親友の背後に立っていたメイドが、タイミングよくグラスに飲み物を注ぐと、お礼を言いながら一口飲みだした。

 そんな親友を、妙に優雅だなと思いながら、『把握している』のはなぜなのか疑問が沸いた。


「御月神夜」


 そんな親友の続きを気にしていた俺は、いきなりフルネームに昇格し直したことに驚きながらメイドを見る。


「その男は、本当に『青柳弓あおやなぎゆみ』と、名乗ったのですか?」

「聞き間違えるわけないし、色々教えてもらったから、忘れるほど薄情じゃねえよ」

「……よく、分かりませんね」


 よく分からねぇのはお前だよ。と、ツッコミたかったが、俺からしてみると、この場にいる誰もに疑問点がありすぎて分からなすぎる。


 巫女については誰よりもわかってはいるが、親友である凪の周りについても、この二年――体感的には三年だが――に何があったのかと思える程に変わっていた。


 まず、何がって言うなら――


「姫ちゃん、知り合い?」


 凪の隣に座る美少女。この豪邸の主人である、水原貴美子おばさんの娘の碧だ。


 俺が知る凪の義妹は、可愛らしさのある、ハキハキと明るく活発で、凪が好きすぎて傍を離れない犬っぽいボーイッシュさが少し残る子だったと記憶していた。


 なのに、今は艶やかなストレートな黒髪に、はんなりした見た目。それらが加わり、可愛いと綺麗が両立した美少女お嬢様と化している。

 まったくの別人と化した中学時代に仲良くなった親友の義妹が、今は姿を変えて親友の恋人になっていることに、どこから驚けばと。

 いや、驚くべきところは、姿を変えてるってところだってのはわかってはいるんだけど。それも説明ないし。


「知り合いと言えば知り合いですね、碧様」

「姫、説明なの」

「説明、長くなりますよ?」


 そんな命令口調のちっこい娘っ子に優しく語りかけるメイドが信じられないが、それよりも信じられないのはそのちみっ娘だ。

 誰だって? なんだって? この子が凪の実妹とか言われても信じられるわけがない。

 俺の知ってる『水原直』は一歳児だぞ?

 なのに何をどうやったら俺等と同じくらいの歳の子になるのかって、そんな発育促進剤みたいなものがあったら誰でもつか――いや、使わないな。


「青柳弓。裏世界の住人でございます。この辺りはご当主様が詳しいかと」

「……裏の世界? 何の話だ?」

「地下に拡がる独立国家で無法地帯の世界よ。そこに私の財閥は一時期出資していたから分かるわ」


 俺の話から、俺を助けてくれた弓さんの話にシフトしてしまい、俺としては微妙な気分を味わっているが、弓さんの正体にも興味があった。


「その出資先は『月読機関』ですね」


 その機関の名前に、俺はぴくりと体を震わせてしまう。


「あなた……よく分かったわね」

「伊達に一年、皆さんから離れて一人寂しくしていたわけではございませんよ」


 そんなやり取りをする貴美子おばさんとメイドに、誰もが追い付けていない。

 案の定、凪は置いていかれた様子で、こめかみを指で揉みながら二人の話に割って入りだす。


「姫、ちょっと待て。待て待て。お前、何言ってるんだ? なんで貴美子おば――」

「お義母さんと言いなさい」

「……義母さんがその、裏世界ってところと関係してるような口ぶりだし、その裏世界ってところの響きからして、妙に危なそうなところに聞こえるのだが」

「ご当主様は直接的な関係はありませんよ。財閥が出資していただけですから。推察の通り、危ないところです。今は丁度、とある試験中なので特に」


 そう言うと、メイドは俺を睨む。

 先程、体を震わしたのをしっかり見られていたらしい。


「出資先も。月読機関というより、一人の男に対して、ですね。そうでしょう? そこの俗物」

「お前……」


 この話があったからか。

 だからこのメイドは俺のことをここまで嫌っているのかと。


御月夜壱みつきよいち。貴方の父親は、月読機関の科学者。遺伝子工学の権威ですね?」

「正しくは。遺伝子工学、異端能力研究の第一人者だ」

「だから、あのような研究をされていたのですか」


 ……やはり、このメイドは。

『俺』を、知っている。


「姫。その話は」


 親友が話を止めようと、メイドに声をかけた。


「いいえ、御主人様。この時だからこそ、はっきりさせておきたいのです」


 一度凪を見てから再度俺を見つめるメイド。

 会って間もないとはいえ、このメイドが凪に反抗したことに驚いた。

 だが、それよりも、このメイドの追求に考えが募る。


 このメイドは、やはり関係者?

 だとしてもあの研究は。

 俺が産まれたあの時に、終わったはずだ。


 話を聞く限り、このメイドが関わっているとは思えなかった。


「月読機関で行われていたのは、遺伝子組み換えと、その実験によって産み出された新たな人類の研究、ですね?」


 ……当たりだ。

 その施設は、俺達のいるこの世界から。自分達のいる世界から。

 ありとあらゆる人を拉致し、集め、実験体と称して、消耗品扱いにしていた。


 その実験によって生まれたのは、人とも言えないものであったり、人ではあるが意志のない人形だったり。最初から不適合とされて廃棄処分となった命もあった。


「品種改良。食物等にはできて、人に出来ないわけがありません」

「……ああ」


 ……実験の結果は散々だった。

 だが、成功体はあったから失敗とは言い切れない。


 その成功例の一つが――



「貴方は、その品種改良に成功した成功例、ですね?」



 異端能力発現研究。通称『S』。


 紆余曲折しながら至った最終研究は。

 親の遺伝子に仕掛けを作り、その親の遺伝子を持って産まれくる子の遺伝情報を組み換えて超能力を得させる実験。


 人類の新たな可能性。

 人類が新たな力を持って、次の種へと至るため、能力者を強制的に作り出す計画。


 世界さえ滅ぼしかねない超能力を持って、糞みたいな計画で生まれた存在。


 それが、俺だ。



 まさか、このメイドは……

 処分された中の、一人、か?


 だとしたら、俺は……。


 俺は、俺の親が起こした大罪に、このメイドに、謝罪しなければ。




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