01-08 ファンタジーへようこそ
あれから俺は、この『ノヴェル』という世界について、弓さんから色々教えてもらった。
このノヴェルは、東西南北と中央にどでかい大陸があり、俺がいるこの大陸は北の大陸だとか。この町は、北の大陸を統一しているクリム王国の王都クリムと言う、西洋風の町だとか。
……うん。
何のファンタジーだろうか。
これはあれか? 異世界転生――いや、転移、か?
何でそんなことが俺の身に起きたのかと、更に俺は混乱した。
「う~ん? 僕もよく分からないけど、君も僕も第二の人生を送るってことになるのかな?」
弓さんから言われた第二の人生という言葉に、俺はそれでもいいかも。と、思ってしまった。
俺は沢山の犠牲者に成り立った存在だ。
やり直しして、人生を謳歌するのも悪くないなんて思ってしまったんだ。
だけど。
「その第二の人生を送るにしても……」
俺の傍にいて欲しい大事な恋人が、いない。
それは駄目だ!
例え第二の人生を送るにしたって、巫女が傍にいないなんてあり得ない。
必然と、俺は巫女もこの世界に来ているのではないかと、ご都合主義よろしくな考えを持った。
「ふむ? 君は恋人を探すのかな?」
弓さんは俺よりこの世界に詳しいのは間違いない。心当たりがないか聞いてみた。
「ん? いや、君、そんな数いる女性のなかで、知らないかって言われてもすぐに分かるわけないよ?」
ごもっともっ!
仕方がない。
とりあえずは巫女を探しながら町を転々とするしかないかと、これからの目的を定めていると。
「あ。もしかしたら」
「弓さん、何か心当たりがっ!?」
「この町から離れた場所に、『タダシ』って町があるんだ。そこには魔物が棲息している迷いの森って大きな森があるんだけど――ん? どうかしたかい?」
そこまで聞いて、俺は頭を抱えながら弓さんの話を指一本で遮った。
……魔物? なんだそれ。
普通に話す弓さんが物騒な単語を発言した。
魔物って、あれだよな?
粘着性のぷよぷよした可愛いやつだよな? どろどろと服溶かしたりするやつじゃないよな?
「どっちかって言うと、どろどろと服を溶かす女性の天敵かな」
「そっちかっ!……くっ……見てみたい」
「本音が出てるねー」
そんなのいるなんて、本当にファンタジーじゃないか。
そういえばさっき騎士もいるって言ってたな。
女騎士もいるはずだ。……くっころさんもいるかもしれない。
そんな魔物が当たり前にいることや、俺は何を考えているんだと自分に呆れてしまうが、弓さんが言った町の名前にツッコミどころ満載だとも思った。
「タダシって……日本人の名前かよっ!」
「うん。面白いよね。だから、そこにいけば他にも日本人いるんじゃないかなって」
つまりは、日本人っぽい名前の町だから、俺の探し人の情報も手に入る可能性もある、と。
本当にそういう名前の町で、だからこそ関連性があるのだと、弓さんは冗談でもなく、親切心で教えてくれたようだった。
「君のやりたい最初の目的はできたかな?」
弓さんから聞くこの世界は、まさにファンタジーだった。
世界の均衡を保つと豪語し、他の大陸に最新兵器を輸出する商人達が集まる大陸が南にあり。
自治区と帝国が大陸の覇権を争い続ける戦乱の大陸が西にあり。
奴隷を戦わせて催すギャンブルの大陸。他の大陸にも傭兵を派遣する統一国家が支配する狂乱の国が東に。
なんか物騒な国ばかりだなと思っていると、俺がいるクリム王国が治める北の大陸は、
スライムもいるのだから、ダンジョンさえもある。
未知の世界に旅立つ冒険の日々が訪れるのかと、ダンジョンに宝箱とかあるのかな、なんて、わくわくが止まらなかったが、冒険をするにしてもまずは巫女だ。
この世界にいるはずの巫女を探して傍にいてくれないと落ち着かない。
巫女がこの世界にいるなんて知らないけど、俺はいるって信じるしかなかった。それとともに、俺と一緒に死んだ無月だってこの世界にいるはずだとも信じることにした。
巫女とみっきーが死んでいるかは不明だが、癪ではあるが、俺と無月を殺したあいつの言うことを信じるなら、あの二人も一緒に死んでいる。
だったら、俺のようにこの世界にきっといるはずだ。
巫女とその他を探すことを目的として、俺はここから旅立つことを決めた。
そう思わないと、一人だけっていうのも嫌だったし、あの時みんなが死んだことが無意味になると思ったからこそ信じたかった。
第一目標は巫女。
第二目標も巫女。
第三、第四がなくて、なにより巫女。
みこ みこ みこ みこ みこ みこ みこ みこ みこ。
なんて。俺の頭の中はどれだけ巫女に支配されているのかと思った。
ある意味洗脳だな。
「他の町に行くにしても、これからの冒険の為にも。まずは身分証が必要だね」
「……みぶんしょう?」
「紹介してあげるよ」
色々優しく接してくれる弓さんに、巫女のことばっかり考えていた俺は頭が上がらない。
これで、実は俺を奴隷商に売るとか、油断させるために接してくれているとかだったら、俺はもう人を信じられなくなるだろう。
ラノベでよくみるパターンだ。
とはいえ、俺が不思議な力に目覚めるとか、ステータスとか言って覚醒することはないだろう。
だって、すでに覚醒してるようなもんだし。
歩きながら「ステータス」とか呟いてみたが、もちろん出てくるわけがない。
弓さんに「ん? 何か言ったかな?」と質問されて慌てて何も言っていないと伝えたが、「ステータスとか、ゲームじゃないんだから」と、しっかり聞こえていたことを伝えられて顔が真っ赤になった。
そんなやり取りをしながら。
弓さんに連れて行かれた先は、酒場のような場所だった。
周りの平屋のような建物とはまったく違った大きな木造建築の三階建て程の建物で、いかにも重要な施設という匂いがぷんぷんする。
中に入ると、部屋の奥には長机があって、その向こう側に綺麗なお姉さんが立っている。
その長机から少し離れた場所には、紙がいくつも貼られた掲示板のようなボードがあって、その前にいくつかあるテーブルで、おっさん達が真昼間から酒盛りしていた。それぞれが自分達の武器なのか、西洋風の剣や槍を机に立てかけながら「がはは」と笑ったり、妙に陽気な印象を受けるが、中には、ちょっと際どい軽装の女性や、神官のような衣装に身を包んで静かに飲み物を飲んでいる女性もちらほら見えた。
二階からも声が聞こえるが、そちらでも同様に酒盛りをしているように見える。
そんな中、弓さんは気にせず前進していく。後についていくが、周りからじろじろと値踏みするように見られるのは流石に気持ちがいいものではなかった。
「この子、冒険者になりたいんだって」
弓さんが、周りにいる荒くれどもを無視して奥の長机でにこやかに笑顔を向ける綺麗なお姉さんにそう言った。
「あら、お久しぶりですユミさん。ようこそ、冒険者ギルドへ。新規の方ですね」
にこりと、綺麗なお姉さんから告げられたことに。
そりゃそうだよな。と妙に納得してしまっている自分がいる。
魔物がいる。ダンジョンがある。くっころさんがいる。
だったらあるはずだ。
異世界ものの定番。冒険者ギルドが。
この建物――クリム王都の冒険者ギルドで、弓さんは有名な冒険者らしく、綺麗な受付嬢と軽い談話をしている横で、俺は冒険者になる為の記入をかきかきしていく。
これどうやって書けばいいんだ? と思っていると弓さんが親切丁寧に教えてくれた。
どれくらい親切だったかっていうと。
簡単に言えば、名前以外は適当に書いとけってことだ。
書き終わったそれを受付嬢に渡すと、受付嬢は奥の部屋へと消えていくが、その後ろ姿を見ながら思う。
……冒険者? 俺はラノベ定番の冒険者に……?
いや、そりゃ確かに俺は冒険にうきうきわくわくどきどきみこみこしてたけども。
これだけで簡単になれるもんなのか!?
なんて思っているうちに。
気づけば俺の手には、有名なICカード乗車券程のカード――冒険者証が乗せられていた。
「ほら、これを首からかけておけば怪しまれないよ」
「お……おぅ。ありがとう弓さん」
弓さんって、RPGに出てくる最初の町で色々教えてくれるNPCみたいだなって。
そう思ったのは内緒だ。
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