もう一人の物語

01-01 さあ、『俺』の話を始めよう


 いきなりどたどたと騒ぐような足音と、勢いよくドアが開けられる音に目を覚ました俺は、音が聞こえた方をすぐさま見た。


 そこにいたのは、絶世と言っても過言ではないメイド姿の美人さん。


 視界に入る、妙に懐かしい――二年前にいなくなった親友の部屋にそっくりな部屋にいて。


 懐かしく思いながら、目覚めた時に美人がいるのも悪くないな。と何気なく思っていた。


 ま、どっちがいいかと言われたら勿論俺は巫女を選ぶけど。


 なんてことを考えていたら。

 ずかずかとメイドが部屋に入り込んできて。



「……  ぁ゛あ゛ ? 」



 殺される。


 なぜ、俺はメイド服の美人に頭をアイアンクローされて持ち上げられているのかさっぱりだった。


「ひ、姫。とりあえず、さ……落ち着け」

「はいっ! 御主人様ぁぁっ!」


 ぽいっと、ゴミを捨てるように捨てられた俺には何が起きてるのかさっぱりだ。


「いってぇ……なにし――ん?」


 ずきずき痛む頭を撫でながら、メイドから助けてくれた懐かしい声に動きを止めてしまった。


 聞こえた声の主を探すとすぐ。


 ベッドの上でメイドに馬乗りをかまされている男が見えた。


「……凪?」

「ちょっ。ちょっっ! ま、まてまてまて! 姫っ! 今は待てっ!」

「御主人様御主人様ごしゅじんさまぁぁ!」

「待ってってのぉぉぉーーーっ むぐっ、ぷはっ! まっむぎゅぅ! おわぁっ!? ちょ、ちょっと、そこ触るのまてぇぇーい! いやぁ! 待って! 待ってってばぁっ!」


 ……なんともまあ……

 熱い抱擁だことで。


「だぁ! 神夜がそこにいるからやめろってのっ!」

「……では。消せば心置きなく堪能できますね?」

「「消すなっ!」」


 ぴたっと。親友の声に止まったかと思えば物騒なことを言い出して睨んでくるメイドが怖い。


「……まあ、なんだ。その……久しぶり? だな?」

「……何で疑問系?」


 先程まで、ベッドの上でふんふんと鼻息荒いメイドと致してしまいそうな状況だった久しぶりの親友は、ぽりぽりと恥ずかしそうに頬を掻き、腹部にタックルするように抱きつくメイドの頭を撫でている。


 なんだこいつ。

 会わない間に、猛獣使いならぬメイド使いとかにクラスチェンジでもしたのか?


 だがそんなことよりも。


「お前なぁ……二年間いなか――っ!?」


 ちょっと呆れたが、二年前の飛行機事故で一家全員行方不明となった親友が、目の前にいきなり現れていることに驚きも隠せず。嬉しさと怒りが混ざって文句の一つでも言ってやろうかと思って声を荒げようと――。


「くっ……つぅっ!」


 そう思ったとき。激しい頭痛に襲われた。


 目の前で様々な光景が浮かんでは消えていく。

 俺が知らない知識や記憶が、頭の中に刻まれていくように。

 次々と現れては消える知識の渦に、少しずつ自身の状況を、理解し、そして思い出していく。


「あー……」


 全てがインストールされるように終わった後は、頭痛もなかったかのようにすっきりとして。

 こんなとき。便だな、と思った。


「……とりあえず、お前にも話したいことが色々あって……今の状況をすり合わせしないか?」


 親友が懐かしそうに。

 だがどこか悲しそうな顔で俺を見つめている。


 どうやら、親友は。

 俺がどんな状況だったか、少しは知っているようだ。


「なるほど……あー……そういうことか」


 ……こいつの悲しい顔もなんとなく理解できた。

 あの世界の基本のことくらいしか分からなかったが、に、失っているものがある。


 そこのメイドも、どうしてあんなに感極まっているか。

 はないが、多分失ったんだろう。


「とりあえず、状況を、話していいか?」

「いや、お前がどんなところにいたのかくらいは理解した」

「……相変わらず、チート野郎だな」

「いやいや。お前のほうも十分チートじゃねぇか。なんだ『刻の護り手』とか。世界護る気かよ」

「……お前」

「断片的だけど、持ってるよ」


 全てではないが、想いは受け取った。


「所々だけど、弥生の記憶。さっきした。だから――」


 まだ体は重いが、立ち上がって、弥生の想いを告げようと思う。


「『凪君。僕はここにいるから。これからも一緒だよ』」


 そんな弥生の想いを伝えたとき。


「お前……卑怯だぞ……」


 親友の目から涙が零れた。


「卑怯も何も。弥生の精一杯の願いなんだから受け取れよ」


 俺――こいつがいたギアが蔓延る世界にいたは、こいつと一緒に観測所ポートへと至ってそこで死んで。この世界には来れなかった。


 そこで消えるはずだったその想いは、俺が掬い上げて、俺の中に息づいた。

 だから、俺は。弥生でもあり、こいつの親友の神夜でもある。


 ちょっと、俺の今までのことを考えると、記憶にある、こいつと仲良くしていた弥生が羨ましかった。

 だけど、これからはこいつとまた一緒にいられる。

 弥生と一緒に。

 弥生の分まで。



「やっぱりお前の……『S』の力はチートだよ」

「かもなー」



        『S』



 俺のこの体を構成するのは、遺伝子の改良と改竄によって生まれた禁忌の力。


 俺――御月神夜は。


「改めて考えると、すげぇよなぁ」


 人類全てを凌駕する、人類の最終ともいえる存在。

 際限なく拡がり続ける超能力を、母親のお腹の中にいる頃から植えつけられた、この世界が生んだ、世界さえも壊せる忌むべき存在。



「だから、まずは。俺の方の話を聞いてくれよ」


 そして――



「俺なぁ……巫女を護れなかったわ」


 こんな圧倒的ながあっても。

 最愛の人さえ護れない愚か者だ。


「……何が、あった?」


 俺の想いを汲み取ってくれたのか、親友は居住まいを正す。


 ちょっとした愚痴に付き合ってくれる親友との再会は嬉しくて。

 あの時にこいつがいたら、もっとやりようがあったのかもしれないと思うと悔しくて。

 でも、過ぎ去った刻は戻せるわけもない。


 だから、共有したくて、話す。



 さあ、俺の話を。

 ほんのちょっとだけの時間に起きた、俺の話を始め――





「どうでもいいですが。その穢らわしいソレを御主人様に向けるの止めなさい」





「「……は?」」



 ……え。今話しだす感じだったよね?

 なにこのメイド。

 こんな時になにいってんの? 穢らわしいソレってなに?


「なんですか。切り落として欲しいのですか?」

「あ……あー」


 親友がぽりっと頬をまた掻いた。


「切り落とすってなにを」

「ソレ。御主人様に至ってはで足りなく愛しいのでむしろ見ていて飽きませんが。貴方みたいな御主人様の貞操を狙う輩のは、切り落としたほうが私のためです」


 親友も、顔を隠して「もうちょっと言いようあるだろう……」と嘆いた。


 指差す先は、俺の股間。



「……おおう」



 そう。


 俺――いや、俺と凪は。



 素っ裸だ。



 とりあえず、凪さんよ。


 俺とお前のためにも。

 真剣な話する前に。



 服、貸してくれ……。


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