01-02 始まりは自身の死から
親友の凪が飛行機事故でいなくなってからもう二年が経ち……
「ふぁ……ねみぃ」
高校二年生となった俺は、今日も変わらない帰路を歩いていた。
いつも一緒に歩いていたこの道に、凪の姿はなく。
そんな二年前の光景を、あいつの家の前を通る度に、懐かしく思う。
「やっぱりいつ見ても。家ないね」
そんな俺と一緒に歩く、ポニーテールがよく似合う俺の彼女が、空き地の前で立ち止まって呟いた。
「巫女。見てたって家が生えてくる訳じゃないぞ」
「そうなんだけどねー」
その空き地は。
俺達幼馴染みが、小さい頃からよく遊んだ場所だ。
水原家宅。
今はそこには、家はない。
「綺麗さっぱり。にんにんすれば出てきますかね?」
「やってみろよ。出てきたら誉めてやる」
「誉めるだけならにんにんしないですよ」
そんな俺達の少し後ろで一緒に帰る男の、『にんにん』を久しぶりに見たいと思ったのだが断られたので睨んでおく。
俺らのもう一人の幼馴染み。
忍者のような神出鬼没なこいつは、いつまで経っても
「私だけ……その思い出ないのは、何だか寂しい……」
無月の隣には、俺らの会話に混ざれず悄気ている可愛い眼鏡っ娘がいる。
この眼鏡っ娘を手に入れるためではないかと思ってしまうほどに、最近は特に技に磨きがかかっているのだから、そのうち本当に家とか生やしそうだとか、実はこっそり期待している。
「ごめんね、みっきー。凪君知らないからねー」
「巫女さん……その呼び方はネズミ思い出します……」
「いいんじゃね? 夢の世界の皆の人気者」
そんな眼鏡っ娘は自分のあだ名に不満があるようで、「人気者じゃないです」とぷくっと頬を膨らませて不平を現わす。
「にんにん。
「むっくん。やっぱり優しい……大好き」
そんな神酒――
中学時代からずっと好きだった同級生をやっと一年前に射止めたわけだが、どれだけ凪に相談したのかは分からないが、色々とアドバイスをもらって、無事に実らせたわけで。
中学時代にストーカーから凪の義妹の碧の護衛をしていて、付き合っているのかと噂されていたあの時は、とにかく冷たくされていたらしいが、
「むっくん……」
「
今ではこのように……。
それはそれで無月にとってはぶるっと恍惚の表情を浮かべるに値していたみたいだが、今は彼女となって同じプレイに勤しんでいると聞かされるこちらの身にもなって欲しいところだ。
「……こんなのを凪はいつも聞かされていたのかと思うと……ご愁傷様だ」
「? 何の話?」
俺の呟きに質問してきた巫女と、俺もやってみようかと誘惑に駆られつつ、「なんでもねぇよ」と返し、今はもう何もない空き地から目を離す。
隣に、慌てて無月が追いかけてきていつもと変わらない道を歩き出す。
「にんにん。神夜、何考えてます?」
「いやぁ……凪がいなくなってからもう二年かぁってな」
そんなことを思いながら、男二人で、昔俺達の隣にいたもう一人の男の思い出話をしながら歩いていた。
後ろで、何が起きていたかなんて、全く気付かずに。
「ねえ、みっきー」
「……ん。なんでしょうか」
「そんなに凪君のこと知らないの辛い?」
そう巫女が聞いた時。
神酒は、男二人が先に歩いているところに追いつこうと早足になっていた足を止めた。
「うん……ほら。中学一緒だけど、よく知らないから」
「じゃあ……二人も知らない話、聞いてみる?」
「……?」
そう言うと、巫女は神酒の耳元にこそっと。
「実はね。――、――みたいなの」
立ち止まるだけでなく、巫女が囁いたことに硬直し。
「え……それ、ほんとですか」
神酒はそう聞くことしかできない程に衝撃を受けた。
「うん……ちょっと困ってる半分、嬉しい半分、かな」
「……はぁ……それ、御月さん、知ってるんですか?」
「知らないよ。みっきーに話したのが最初」
そう言うと、巫女は二人を追いかけるように数歩前を歩き出した。
高校時代から、無月の彼女となってからずっと一緒にいることになったとはいえ、三人の仲と、時々話に出てくる、『水原凪』という有名人と中学時代から交流を持っていれば、三人の会話に入れるのではないかと思うこともあった。
ただ、そうだったとしても。
小さい頃から一緒にいる幼馴染との思い出が共有はできるわけでもない。
「……そう、ですか……おめでとうございます」
でも、そんな話と今の巫女から聞いた話は全く関係ない。
それこそ、これからが心配だとは思うものの、喜ばしいことなのだし、これからもっと長い間付き合うことになるのだろうから、これから関係を築いていけばいいのだとも思う。
それに、今聞いた話が本当だとしたら、これから自分が無月とそうなったときにアドバイスももらえるかもしれない。
「じゃあ――」
そこで、神酒の目の前は真っ暗になった。
(あ……れ? なんで?)
そう考えたのが最後。
神酒の意識は、途切れていく。
「うん。ありがとう――」
少しだけ照れくさかった巫女が、数歩後ろにいた神酒にお礼を言おうと振り返った。
「――え?」
振り返った目の前には、ゆっくりと力なく倒れていく同級生。
首から上より、赤い噴水のように飛沫を上げる同級生。
「し……しんやぁぁっ!――ごぷっ」
緊急事態。
思わず、口から出たのは、近くにいる自分の大切な人。
こぷっと、口から零れるは、赤い血。
そして、自分の腹部から生える、辺りの電柱の光に照らされて赤い化粧をする、鈍い銀色の刃。
(あ――お腹は……だめ――)
そして、巫女もまた。
するりと背後から抜き取られるように、ゆっくりと自分の腹部から腹部を通って抜けていく銀色の刃を見ながら、意識を閉ざした。
「っ!? 巫女!?」
叫び声に気づいてすぐに背後を見た。
後ろにいるはずの巫女と神酒はいない。
そう言えばさっき、曲がり角を曲がった。その先にまだいるのか。
だとしたら、さっきの叫びはなんだ?
「神夜っ! 逃げてっ!」
振り返って走り出そうとした俺は、隣から押されて地面を転げてしまった。
「無月!?」
俺を押した無月の必死さに、驚きすぐに体勢を立て直して何が起きているのか見た。
「し――や……神酒を……」
そこには、喉元から刃を突き出し膝をついた無月と。
「……避けなければ、苦しまなかったのにな。あの二人のように」
背後に強烈な光を浴びてよく見えない黒い影。
その影は赤い瞳のような二つの光だけがよく見える。
「二人?……お前、まさか……っ!」
二人――巫女と神酒になにかをした。
こいつは今、そう言ったのだ。
思わず振り返って走り出す。
無月が言ったから逃げるわけじゃない。
あの二人が無事なのか、ただ確認したいだけだった。
とすっと音が体の内部から聞こえたような気がした。
力がすっと抜けていく感覚を覚え、走り出した足は止まる。
その音の出どころを確認しようとした時。
目の前の景色がくるくると変わった。
(あれ? 俺、なんでくるくる回って)
目に映る景色が地面を映し出す。
どうやら俺は倒れてしまったようだ。
だがそれにしては目の前の景色が低い気がする。
「さよなら。御月神夜」
黒い影が自身の手に持った、手から延長上に延びた棒のようなものを振り払って消える。
その黒い影が消えた先に見えるのは、
(無月……)
光を失ったかのように虚ろな瞳で俺と同じように倒れ込む無月と――
――俺の、体。
(は?……はぁ?)
何があって、何をされて。
どうして俺が、皆が、こんなことになっているのか。
「ふざ――けん――なぁぁぁぁーーーっ!」
口からそんな叫びが出たかは分からない。
でも、俺の頭や心は、ただただそう思うことしかできなかった。
そして、俺の意識はそこで途絶える。
見えるのは闇。
何も映さない――闇だった。
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